第二十七話 耳栓をください
ゴールデンウイーク二日目を再びオープンスクールの手伝いで潰した俺。
三日目となる今日を迷宮のような屋敷で過ごしていた。
「ここ、どこ」
特別方向音痴でもない俺が迷うほどの広さ。
そもそも人が迷うほどの家とはなんだ。
鮫島高校とほぼ同程度の敷地面積を持つ土屋邸。
土屋曰く、少し古いだけの名ばかりの家柄だと言う。
そうは言うがふすまに描かれる筆絵は芸術にはからっきしの俺でも貴重なものだと分かる。
「ここは……通った覚えがない……」
キョロキョロしながら歩いたが故に元の道とは違う道に入ってしまい、そこから出られない。
家の構造が分からない俺では自分がどこにいるのかも分からない。
スマホは土屋に案内された居間に置いてきてしまった。
「ん?」
ふと目に止まったのは少しだけ開いたふすま。
今までピッタリと閉めきられていたのにそこだけ開いていた。
昼間だというのに廊下は暗く、少しだけ開いたふすまの先はここからでは見えなかった。
ふすまの先は誰かの部屋のようで、内装や小物から女性だ。
見てはいけないとふすまを閉めようとしたとき、一冊の本が目に入った。
「なんだこれ」
本と言っても書店で売っているようなもではなく、どちらかと言えば卒業アルバムに近い。
だが卒業アルバムほどの厚さはないという不思議なもの。
二つ折りにされた冊子を開いてみると、イケメンの写真が貼ってあった。
これはひょっとして……。
「鷹山さん」
後ろから声がして肩が一瞬ビクついた。
大人しく、感情が読めない土屋夏帆が入口に笑いながら立っていた。
「ダメですよ? 女性の部屋に勝手に入っては」
「悪い、道に迷ってさ」
近づいてくる土屋が怖いのか俺の足は思うように動かなかった。
「っ!?」
土屋はすばやく動くと俺の後ろにあった例の冊子を隠した。
「み、見ました?」
「……それは写真のことか? それとも、イケメンに書かれた落書きのことか?」
「忘れてください! その出来心というか、むしゃくしゃした故の所業というか! 悪意はないんです!」
必死に弁明する土屋だが、俺はその男がどこの誰か知らないし人様の関係にどうこう言える立場でもない。
「そのイケメンは婚約者か」
「……そう……なりますね」
俺が聞くと重々しい返事が返って来た。
誰が聞いても婚約にウキウキしているという声音ではない。
「早いな。まだ高校生になったばかりだぞ?」
確かに土屋は今年誕生日が来れば法律上は結婚が出来るけども。
数か月前まで中学生だったんだぞ? おまわりさん呼んでおこうか?
「早くもないですよ」
「別に話したくないなら話さなくてもいいぞ。無理して聞きたい内容でもないし」
人様の家の事情だ。他人に言えないことの一つや二つあるだろう。
「……鷹山さんには話しておきます。もしもの時のために」
「どんな時だよ。怖いんだけど」
「人生を賭ける程度なのでご安心を」
朗らかに笑う土屋。耳栓をください。
しかし俺の願望は無慈悲なまでに棄却された。
「最初に説明しました通り、土屋家は名ばかりの名家です。具体的には、ギリギリこの土地があるから名家と名乗れている状態です。その崖っぷちの状態を抜け出すには力のある名家の傘下に参入しなければなりません。しかし、どの名家もいつ潰れるか分からない人達を入れたくはありません」
「それで土屋夏帆を差し出す代わりに延命というか、生き延びようってことか」
「流石です」
その言葉に力はなく、ただただ諦めているように聞こえた。
「理屈は分かる。だが延命させたところで、土屋家は終わるだろ? 意味あるのか?」
「潰れるよりは吸収された方がまだ名誉は守られます。お父様とお母様はそれを望んでいるのです」
名家というのも中々に闇が深い。
ゲームやラノベの世界の『お金持ちでなんでも出来ちゃう~だから主人公にちょっかいかける~』みたいな名家とは違う崖っぷちの名家。
「完全興味本位だが、もっといい方法はないのか? 例えば、相手が名家じゃなくてもそこそこいい線行ってる奴とか」
「一番に考えるの血筋です。一般人でも可能と言えば可能ですが、お父様とお母様は嫌がると思いますしその後の援助は見込めないと思います」
俺の親は完全放任主義で、なりたいものになればいい。ただし自己責任。という方向性だ。
だからここまでがんじがらめになったことはないし、抜け道がなさそうでもよくよく探せばあるのが俺の家庭。
土屋の家庭とは根本から違っていて実感が湧かない。
「それで? 俺はなにをすればいい予定なのかな?」
それを知っているのと知らないのでは心の準備が出来る分精神的負担は軽減される。
「駆け落ちしましょう?」
愛らしく首を傾げて甘えてくる土屋。
超絶可愛い。
普段お淑やかで甘えることがない人が全力で甘えるとこれほどまでの破壊力を有無のかと恐怖すらする。
思わずイエスと言いそうになるのを鮫島の絶対零度を思い出して踏みとどまった。
「駆け落ち以外に案を」
「私を孕ませるか処女を貰ってくれさえすれば」
「もっと安全な後味スッキリするものない?」
仮に俺と土屋の肉体関係でその問題が解決できたとしても、その後すぐに大問題が待ち受けてしまっている。
そんな確定された未来は嫌だ。
「分かりません。これ以外に考えられないのです」
「俺とこうして喋っているのも」
「鷹山さんの優しさに漬け込んで、もしかしたら情に動かされて助けてくれるかもと期待しているからです」
感情の籠っていない機械のような声で全てを吐き出した。
それに対して俺はびっくりするほど何の感情も湧かなかった。
当然嬉しいとは思わないしプラスの感情はなく、かといってマイナスの感情が湧いたかと言われればノーである。
「そうか。なら、俺が土屋に情が湧くように頑張ってくれ」
「……いいんですか? 大切なものを失うかもしれないんですよ?」
「それは無視した場合でも一緒だろ」
土屋夏帆という、高校に入って友人となった人との繋がりをぶった切るんだから。




