第二十五話 ある意味勉強になった日は?
「あ、お二人とも、おはようございます」
ゴールデンウイーク初日の朝、休みのはずの今日。
俺と鮫島はいつものように制服を来て学校にいた。
担任の雨宮先生は小さな体を折り曲げてお辞儀をした。
ランドセルだったら中身が出るところまでセットだったと思う。
「おはようございます」
「おはざーす」
挨拶を済ませたところで俺は本題に入った。
「今日は誰の指示に従えば?」
「オレ達だ!」
後ろから声をかけられ振り向いて見えたのは肉の壁。
視線を上に持っていけば大巨漢の男が立っていた。
制服越しでもわかる筋肉は男なら一度は憧れる。
「生徒会長の真野剛だ! よろしく頼む」
手を差し伸べられ、合わせると折れるんじゃないかという勢いで握られた。
この人のあだ名絶対、ゴリラだと思う。
「よろしくお願いします。私達はなにをすればいいでしょうか」
「うむ。まず来校する親御さんや中学生への挨拶を頼めるか。オレ達はそれまでに資料のセッティングを行う。その後の指示は追って出す」
「分かりました。……いつまで痛がっているんですか」
「握れない」
ピリピリと痺れる手は放置するしかなく、先に歩く鮫島のあとに続いた。
時刻は午前九時前。
もう十分もしないうちにオープンスクール参加者が入ってくる。
それまでにやらなきゃいけないことが一つ。
「鮫島。笑顔な? 笑顔」
仏頂面の鮫島彩音を笑わせることである。
「笑う必要がありますか?」
「今日一日はな。大抵の生徒は俺達が一番最初に会う鮫島高校の生徒だ。印象は大事だろ」
「こんな笑顔でいいですか?」
「怒ってらっしゃる?」
なぜだろう。
鮫島彩音が二コリと笑うと喜びや嬉しみより怒りを真っ先に感じてしまうのは。
「笑顔は貴方に任せます。いつもみたくヘラヘラしててください」
「やっぱり怒ってる……」
いつもヘラヘラしてるわけじゃないけども。
時に愛想笑いというのも大切だと、俺は思うわけですよ。
そう思うだけなのでいい加減その怖い笑顔を引っ込めてください。
チャイムの音と共に鮫島彩音は真顔に戻り入口に人影が。
「おはようございます! 一階、一年一組の教室から順番にお入りください」
中学時代に鮫島彩音の対比として身に着けた社交性が今輝いているのが分かる。
鮫島彩音が不得意とする人間関係の摩擦を無くすのにこのスキルは必須だった。
高校入ってすぐにこの仏頂面ではこのスキルはまだまだ活躍しそうだ。
「よく知らない人に対して笑顔を作れますね」
「よく知らないから笑ってられるんだよ」
その人の闇を知ってしまえば簡単に笑えなくなるかもしれないからな。
「鮫島は苦手だろ」
「そうですね。最後に笑ったと記憶があるのは……誕生日の時ですね」
「あー、ああ。あの時な」
約半年前、九月十二日。鮫島彩音の誕生日であり、俺が失敗した日でもある。
「修正液と間違えて染み抜き買って来たのは貴方が初めてです」
「商品名と修正液の所に染み抜きを置いた店側にも非はあると思う」
商品名は『+』がついているかいないかの違いで、初見で見破れた人は凄いと思う。
「パッケージにちゃんと染み抜き剤と書いてありましたけどね」
「それを言われるとなんも言えん」
指摘されてようやく気が付いたんだ。あの時は。
初めて彼女になにかプレゼントするということで、中学生のお小遣いとあまり深い意味を持たないものということで選んだものだ。
ある意味勉強になった日だ。
「ふふっ。思い出したら笑えて来ました」
「半年前のことをよくもまぁ……」
「あの時に貴方のやってしまったという絶望の顔は最高でしたね」
「その感想は最低だと言ってやる」
口元を手で隠して控えめに肩を揺らす鮫島。
失敗を笑われているにも関わらず、俺の中ではまだ俺の前でも笑ってくれていることに安堵していた。




