第二十三話 「一打入魂でいいですか?」
運動部が青春の汗を流すのをパソコン室から見ていた。
「手が止まっているようですが?」
後ろから冷たい視線を鞭を打たれて渋々モニターの前に座った。
「もう出来たってば」
小学生みたいな事を言えば更に視線の温度が下がる。
「誤字が多すぎです。キーボード操作に慣れないのは分かりますが、ちゃんと直してください」
「うべぇ」
約五千字以上ある文章から誤字脱字を探せという地獄。
学校が導入しているソフトのバージョンが古いせいで誤字を誤字と認識してくれない。
それが一番俺のやる気を削ぐ。
「紙に起こしてマークをつけておいたので頑張ってください。あと少しなんですから」
「もっと応援して欲しいなぁーなんて……」
「一打入魂でいいですか?」
「よくないです」
グーだろうとパーだろうと痛いのは嫌だ。
拳を握った鮫島から視線を外して白い場面の黒いミミズ達に視線を向けた。
鮫島が紙で訂正した部分をデータで訂正していく。
必要がなければ喋らない者同士の教室というのはかなり静かな空間だ。
パソコンの駆動音と校庭の運動部の掛け声がかなり大きく感じる程度には。
しかし、その静寂を切り裂くクソでかボイスが聞こえた。
「おいーっす! 頑張ってるー?」
「お邪魔してもよろしいでしょうか」
二人の美少女が参加という俺的には嬉しいイベントだが一人は騒音モンスター。
ガムテープ用意しなければ。
「なにあのやりとり。夫婦かよ!」
近藤が膝を叩いて笑えば鮫島も釣られてにっこりと笑う。
「玲奈? 私にだって言われて傷つくことくらいあるんですよ?」
あ、釣られてにっこりしているんじゃない。怒ってにっこりしているんだ。
「ふふっ。その言葉に鷹山さんがすごく傷ついてそうですね」
「別に。面と向かって悪口言われないだけまだマシだろ」
鮫島が面と向かって悪口をいうならそれは本当に嫌っている証拠。
理屈ではなく、生物として相性が悪い。
そして、土屋? そこ笑うところじゃないのな。
「お望みとあらばいくらでも、聞かせてあげますよ?」
「生きるのが辛くなるからやめてください死んでしまいます」
真顔で呪詛のように淡々とダメだしをされてみろ。軽く死ねるぞ。
まあ、世の中にはそれを生きる活力にしてしまう猛者もいるが。
「近藤達はどこから見てたんだよ」
「んー手が止まってるって注意してる辺りから」
「鮫島が戻ってきてすぐじゃねぇか」
鮫島が自動販売機から戻って来た時にはもう近藤達は入口付近にいたわけだ。
暇かよ。
「なにしに来たんですか?」
「釣れないにゃー。頑張ってるフレンドに! ファイトの押し売りに来たんだよ! ね!」
土屋に同意を求める近藤。
普通にはた迷惑すぎる。
鮫島もため息をついて既に疲れが見える。
「邪魔はしませんので」
「夏帆が面倒を見るならいいですよ。居ても」
「あれ、わたし要監視対象?」
なにもおかしくないと思うが。
むしろ騒音モンスターを作業の場で放置しておく方がおかしい。
「鮫ちゃん暇ならトランプしよ。わたしが得意なスピードで勝負だ!」
静かにしてろって言われてすぐに騒ごうとするお祭り女め。
楽しそうなことしようとするな。一緒にやりたくなっちゃうだろうが。
「貴方も終われば参加してもいいですよ?」
「トランプなんて桃と沢山やって飽きてるんだよ」
「そう言うわりには作業スピードが上がっているような……」
気のせいだぞ土屋。
俺が黙々と作業する横。
「うぎゃあああ! また負けた! なんで!? なんで勝てないの!?」
「考える時間が長すぎです、既に出したカードを覚えていれば、どのマークのどの数字が来るのか考えるのは簡単です」
「覚えられるものですか?」
「スピードは特に順番に持っていくので数えやすいです」
「唯一勝てると思ったのに」
諦めろ近藤。
勉強のスペシャリストに記憶や瞬間処理能力で勝てるわけないだろうが。
特に鮫島彩音はシングルタスクで、自分のことだけを考えていいのなら無敵と言ってもいい。
一回だけ勝負したことあるが惜しくも勝てなかった記憶。
「と言っても、私もスピードなどの速度を求められるのは苦手です」
「普段はどんなトランプを?」
「ソリティアやコンピューターとのポーカーでしょうか」
「ババ抜きとかしなかったの?」
「する相手がいなかったもので」
「あっ……」
近藤はきっとあれだ。
地雷を踏み抜いたあとに静かに踏み抜いた足を上げるタイプだ。
「ご、ごめん、そんなつもりじゃなくて」
「いいですよ。友人が少ないのは自覚しているので」
よかったな。踏み抜いたのが地雷じゃなくてただのスイッチで。
普通の人ならだいぶ心にくるぞ。




