第二十二話 無防備な天才
鮫島彩音はメリハリがかなり上手い。
仕事と割り切ってしまえばどんなに憎い相手でも普通に接することが出来てしまう。
それは素直に羨ましい。
それが出来れば、俺もこんな期待に胸膨らませることをしなくても済むだろうからな。
「もう出来たですか?」
「軽くですけど。文言を選んでないんでかなり直球になってます」
「中学生向けの奴は完全に任せちゃいます。汚い言葉を使わなければいいです」
「いいんですか」
「はい。若者には若者の言葉があると思いますし、大人な、大人な! 先生は分からないので」
自分で大人って言えて嬉しそうにしてる姿はどこから見ても小学生。
「なら保護者向けの方の修正はありますか」
「全体的に文章が多い印象なのでグラフなどのデータを入れるといいと思います」
「データ……了解です」
「一週間もありますのでゆっくりでいいんですよ?」
「五月の終盤に模試があるんですよ。今から調整しないと俺は間に合わないんで」
「頑張るのはいいですが、無理は禁物ですよ? 特にパソコン室は空調が古くて不安定ですから」
「気を付けます」
職員室を後にしてパソコン室に戻ると鮫島の姿はなかった。
「帰ったか」
まあ、いなくてもデータをいれるだけなら適当に数値設定してそれに合わせて作ればいいだけで添削とかは必要ないように感じる。
とか思ったけどしっかり鮫島はいた。
「すぅ……すぅ」
睡眠中ではあるが。腕を枕にして完全に熟睡。
音を立てないように椅子を引いて座り、パソコンと向き合った。
しばらくして視界の端で鮫島が動いた。
寒そうに身を縮こめていた。
眠いなら無理して帰ってもらってもよかったのにと心の中で文句をいいつつ、ブレザーを鮫島に羽織らせた。
これで少しはマシになるはずだ。
下校時間ギリギリまで作業してチャイムがタイムリミットを知らせた。
「んっ……んん」
「鮫島。下校の時間だ」
俺が声をかけると急に上体を起した。
「すいません。居眠りを!」
「内容の変更は特にないからいいって。……無防備すぎやしないか?」
鮫島の中で俺の疑いは晴れておらず、あまり表には出さないが敵視はしているはずだ。
それなのに寝るという無防備を晒したんだ。敵にな。
「それは……なぜでしょう?」
「ま、友達作りと勉強を超シングルタスク人間がやろうとしてるんだから疲れるのは分かるけど」
「そんなこと……」
「あるだろ。俺から見てて他生徒より近藤や土屋には棘が少ないように思える」
「私だって人間関係を悪くしたいわけではありませんから」
「それを友達作りっていうんだよ」
ただ無理な価値観合わせがないだけの話。
人間関係を良好にしたいというのはイコール、友達を作りたいというのと同義だからな。
荷物をまとめてパソコン室を出ると丁度雨宮先生が迎えに来るところだった。
「すいません。保存に手間取りました」
鍵を渡してそのまま昇降口へ。
昇降口へ行くと見慣れた金髪が。
気配に気付いたのか俺達へと視線を移動させると琥珀色の瞳が嬉しそうに輝いた。
「おお! お二人さんは今帰り?」
栗毛色のバッグを背負いながら笑顔で近づいてきた。
「資料作りをな。近藤は?」
「部活のマネの仮入部」
またの名を彼氏探しと。
「あーでさ、あの恋愛心理テスト、役に立ちそう?」
「まったく」
俺は笑顔で答えた。
美少女の深層恋愛観を知れて勉強にこそなれど、あれをどうオープンスクールの資料に組み込むというのだ。
少なくとも、俺には無理。
「はぁ~折角美少女が恋愛観を抵抗もなく晒してくれたんだからそこは活用しなきゃダメだろ~。それとももっとエッチな奴がよかったか? お?」
「より反映が難しくなる」
もしオープンスクールの資料にそんなものを入れようものなら俺は呼び出しをくらい、鮫島から絶対零度の即死技を確定命中でくらってしまう。
つまり死。
「鮫ちゃんは作ってないの?」
「はい。主に軌道修正をしてました」
「相変わらず良いコンビだにゃ~」
「そんなことないと思うけどな」
役割分担は誰かと作業する基本中の基本。
むしろ、二人で同じことをすることの非効率さよ。ムズムズする。
「いやいや、お互いがお互いの能力を分かってこその分担なわけじゃん?」
「うーん。まあ、そう言われればそうだけど」
「さっすがぁ」
流石と言われても、中学の時からこんな感じだし褒められても疑問が浮かぶだけである。
鮫島と目があっても「なにか?」と視線で問われるだけで、当然といった風。
「近藤は初めてのマネージャーでなにか分かったか」
「それがさぁ、今日野球部のマネの仮入部に行ったんだけどさ、ガチすぎて全員恋愛なんて考えてる風はなかったよね」
「鮫島高校の運動部は毎年全国に行く強豪です。少なくともレギュラー入りしている人達は恋愛はおろか、勉強も二の次って人は多いはずです」
全国に行くほどの強豪なら、恋愛や勉強のみならず遊びすらも二の次だろう。
それほど真面目で学生生活をスポーツに注ぎ込んでいる。
素直に尊敬。
「真面目にスポーツやってる奴はダメなのか?」
「カッコイイとは思うよ? でも構ってくれないのは……嫌」
不満を体現するかのように道端の小石を蹴る近藤。
そのしぐさはいじらしく可愛らしい。
「意外と乙女」
「なにおう! わたしゃいつでも乙女だい!」
その乙女が蟹股で怒るなよ。




