第十九話 鷹山来夢に会心の一撃
鮫島に湿布を貼ってもらった次の日。
朝のホームルームで前に出たついでに脅しておくことにした。
「俺と鮫島の上履きは嘉川が植え込みで見つけてくれた。どうもありがとう」
クラスのキングである嘉川の手を煩わせたという事実と、バレにくい嘘を一つ。
「鮫島高校は、侵入者対策として校外周辺を監視する監視カメラを設置しているそうだ。見つけた場所からして、捨てた犯人も映っていることだろう。だから俺達で犯人捜しはなしだ」
実際に犯人探しはするつもりはない。
どうせ犯人は長谷川か、長谷川が脅してやらせた誰かだろう。
長谷川本人ならいつ呼び出しを受けるのかという恐怖に怯えて欲しいし、他の誰かならその重圧に耐えきれないだろう。
嘘の使い方はこうでなくては。
満足げに席に戻れば鮫島から冷ややかな視線が。
「なにか文句でも?」
「いえ、勝手に犯人捜しはしないというものなので」
「どうせ物的証拠は出てこないんだ。追い詰めるのは無理」
それこそメガネの小学生探偵か、じっちゃんの名に懸ける高校生探偵を連れて来ない限り。
「いいんだよ。それで」
「お人好し」
キッパリそう言い切って鮫島は前を向いてしまった。
お人好し。
解消されることのない恐怖を相手に植え付けた俺がお人好しならこの世全員お人好しだと思うのは俺だけか。
昼休み。
俺と鮫島は職員室に呼び出されていた。
「ゴールデンウイークにあるオープンスクールの資料作りを俺達に?」
「はい。毎年恒例なんです。お二人が見学した時も一年生だったはずですよ」
もちもちした頬をほころばせて自慢気な雨宮先生。
座る椅子から足がぷらぷらとしており、子供が親のデスクに座っているかのよう。
違和感が半端ない。
「なぜ一年生にやらせるのですか? 三年生は確かに忙しいでしょうがこの学校のことをより知っているはずです」
「そうです。三年生は知りすぎているのです」
小さな手で銃の形をつくり俺へと向ける。
いちいち行動が幼稚で可愛いすぎる。
「学校側としても不利益を教えられるのは嫌なのですよ。だから高校生活に夢と希望がある一年生にやってもらうのです。行事内容は先輩から聞くなりわたしが教えますので!」
「理屈は分かりました。いつまでに用意すればいいですか」
「一週間後までには紙で用意できているとベストです! お二人のコンビネーションは抜群なので期待していますよ」
「「失礼しました」」
職員室をあとにして一年一組の教室へ。
「なになに。なにかしたん?」
近藤玲奈が興味津々に身を乗り出してくる。
その口端にはソースのようなものがついている。
「口にソースついてる。ただの資料づくりを頼まれただけ」
「オープンスクールのですね?」
「知ってるのか」
「はい。その年の一年生が作る。そしてその質が学校の質とされますから」
そんな重要な印象を入りたての小童に任せるなよ。
失敗しても責任とれないぞ。
「といってもなー。高校に夢も希望もないんだが」
とりあえず鮫島彩音と被らないように選んだだけだし。特にやりたいことがあるわけでもなく、目標があるわけでもない。
「えーあるでしょ。恋したいとか、彼女欲しいとか」
「それは近藤だろ」
「なら! 微塵もないのか! 夢も希望も恋人願望も!」
椅子から立ち上がり未だ痛む肩を思い切り掴む近藤。
痛いからはなして欲しい。
それに、俺が恋人にしたいと思ったのは過去に一人だけだ。
その願いが叶ったにも関わらず俺の不注意で棒に振ったわけだが。
「近藤はどういう恋愛がしたいんだ?」
「そんなの決まってるじゃん。気兼ねなく話せて、帰りに寄り道したりしてさクレープとか買ってちょっと頂戴で食べたり、ホイップついてるとかいって指で拭ってそのまま舐められたらもう間接チューじゃん!」
「痛い。指、めっちゃ痛い」
近藤の目標を聞いた二人の感想はというと。
「漫画の読みすぎだと思います」
「大きな夢を持つのはいいことだと思います」
かなりドライ。
「土屋はなにかあるか? 出会いというか夢や希望について」
「そうですね……この人なら一生を捧げてもいいかなって人と出会って縁側でお茶を飲みながら余生を過ごしたいです」
「熟年夫婦か」
総じてあてにならねぇ。
まあ、情報であることに変わりはなく、改変すればいいネタになりそうだ。
「鮫ちゃんは? 恋愛についてなにかこうしたいとかある?」
「恋愛だけじゃなく夢の話な」
「特にないです。私的に恋愛はいいかなと。失恋したばかりですし」
鷹山来夢に一〇〇のダメージ。
「中学まで髪は腰まであったんですが、失恋を忘れるために肩口まで切りましたし」
「へー辛かったんだね。ごめんね。そんなこと聞いて」
「でも気になりますね。鮫島さんが好いた相手とそれを振った相手なんて。よほど強欲な人だったんですね」
鷹山来夢に会心の一撃。
「鷹山? どうしたん? 顔色悪いよ?」
「いや、生々しくてな。こっちまで気分落ち込んできた」
当然である。
俺は当事者であり、俺のせいで鮫島は女の命と言われる髪を切ったというのだから。
言いようのない重圧と申し訳なさがこみ上げてくるのは。
「資料作りはまあ、ぼちぼち出来そうだからこれ以上の恋愛談義は俺のいない所でやってくれ」
特に鮫島。
全力で謝りたくなるから。




