第一話 小魚が鮫に睨まれたらこんな感じ
入学式が終わってクラスでの顔合わせ。
俺は自席……ではなく教室後ろのロッカーの所にいた。
同じ中学なのか、それとももう友達が出来たのか仲良さそうに喋る生徒の姿もある。
「ねぇ。あの人って本当に鮫島さん?」「全国中学模試三年連続一位の?」「うわぁ。一位に会えるなんて思ってなかったぁ」
「でもなんでこの鮫島高校に?」「だよな。もっと上の高校なんてあるのに」「あれじゃね? 家庭の事情って奴」
「でも超可愛いよなぁ」
「「だよなぁ」」
入学式が終わってからというものこの手の話題でクラス中は持ち切り。
当の本人は気にした様子もなく歴史の参考書を読んでいる。
本来なら同じ中学である俺が声をかけるべきなんだろうが、生憎喧嘩別れした元カノに気軽に声をかけられるほど俺の精神は鋼ではない。
「そういえば、見間違いじゃなかったらこのクラスに鷹山来夢がいるはず」
「うっそ! 全国中学模試二位の人じゃん! やっば、このクラス学力トップクラスじゃん!」
「マジで。どいつだ~?」
二位、鮫島彩音の次というカッコ悪い順位ではあるが褒められたらそれはそれで嬉しい。
にやけそうになる顔をなんとか押し殺した。
その時だ、立ち上がる生徒が一人いた。
「貴方たち。一位だの二位だのと口にしますが、ハッキリ言って不快です。上を目指す気もない人達にもてはやされるほどに不快なことはありません。止めてください。あと、好意のない人からの可愛いと言われるのも不快なので止めてください」
その言葉に教室が氷ついた。
学内順位レベルであれば彼らも言い返せただろうが、相手は全国一位である。
「ごめん」と小さな声で謝ることしか出来なかった。
そして俺に突き刺さる鋭い眼光。
小魚が鮫に睨まれたらこんな感じなのだろうか。
しばらくして担任となる女の教師が入って来た。
小学生かと見間違うほどの小さな体で折りたたみの脚立を常備するという異様な光景。
ミルク色の長髪とクリクリとした大きな瞳が更に幼さを引き立たせる。
夜の街に一人でいたら補導確実。男の人といれば男の人が任意同行を求められるだろう。
「は~い。皆さん。席について下さ~い」
間延びした舌っ足らずな声でそういうと生徒も文句の一つもなく席についていく。
「はい。それでは、壇上でも紹介がありました通り、鮫島高校一年一組を任されました、雨宮しずくです! こう見えても先生はちゃんと成人しております」
折りたたみの上で薄っぺらい胸を張った。
「先生の自己紹介兼必須伝達事項はこのくらいにして自己紹介と行きましょう!」
成人してるってそんなに大事? 大事か。その見た目だもんな。
名前順に自己紹介をしていき鮫島彩音の番。
さっきのことがあってかクラスの空気が引き締まった。
「鮫島彩音です。趣味は読書です」
それだけ。高校入学一発目の自己紹介。自分のイメージを相手に植え付ける絶好のチャンス。
この期を逃せばクラスカーストが出来上がってしまう。
それなのに鮫島彩音はたった二言で自己紹介を終わらせてしまった。
そして次は俺の番。
「鷹山来夢。趣味は……ゲームとか漫画だけど最近はやってないし読めてない。よろしくおねがいしまーす」
鮫島のこと短いのなんのって言ったけど実際に喋る番になると分かる。
言うことがない。
自語りは得意じゃないし、そもそも自慢できるような特技、能力は持っていない。
せめて張り詰めた空気を緩ませるくらいはした方がよかったか。