第十七話 一件落着……?
鮫島には鮫島のやり方があるように、俺にも俺のやり方がある。
「それではこれで朝のホームルームを……」
朝のホームルームが終わる寸前、俺は手を上げた。
「はい。鷹山くん。どうかしましたか?」
「あ、いや。クラスの皆に手伝ってもらいたいことがある。今日、俺と鮫島の上履きがなくなった。持って帰ってはいないし昨日はちゃんと下駄箱にしまって帰った。学校内にはあるはずなんだ。それを放課後探したい。時間があれば手伝って欲しい」
かなり下手に出たお願い。
だが俺は更に下手に出ることが出来るぜ。
「どんな用事を優先してくれてもいい。見たいテレビ、やりたいゲーム、眠い、巻き込まれたくない。それらを優先してもらっても構わない。だがそれでも手伝ってもいいよって人がいれば放課後残って欲しい」
俺と鮫島に近藤と土屋以外の友達と呼べる生徒はいない。
そんな他人同然の生徒に手伝いを頼むならここまでしないと手伝って貰えない。
そして放課後、教室に残ったのはいつもの面子だけだった。
大方、鮫島との喧嘩で犯人は長谷川だと全員が察しただろう。そしてその怒りを恐れたってな具合か。
本心は聞いてみないことには分からない。
「もー皆薄情なんだから!」
「なんで近藤が怒ってんだ」
「だって誰一人として残ってないってどういうこと! 嘉川だけでもいいから残れよ!」
「嘉川には長谷川の面倒を頼んだんだ。俺が」
長谷川を止められるのは嘉川しかいないから。
「どうしますか? 四人だけですけど」
「ありそうな場所の目星はついているんですか?」
「一応な。トイレかゴミ箱くらいか」
「ちゃっちゃと探そ!」
怒りが収まらない近藤を筆頭に各階層のトイレを調べた。
鮫島曰く、「女子が三人いるなら一人一階層の方がいいのでは」とのことだが見落とし防止のため却下とさせて貰った。
「まず一階! 鷹山は一人だから見落としのないように!」
「はいよ」
男女で別れて捜索へ。
ゴミ箱、大便器の中。窓の外。捨てられそうな場所は全て見た。
がしかし、ない。
「鷹山あったぁ?」
「ないな」
「一階は空振り! 次二階!」
「二階はないと思うぞ。職員トイレだし、人の上履き持ってるとこ見られたらアウトだしな」
「なら三階にレッツゴー!」
一階から三階へと上がる途中。雨宮先生とあった。
「鷹山くん。頼まれていた粗大ごみの中には二人の上履きはありませんでした」
「そうですか。ありがとうございます」
「いえいえ。四人で大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
雨宮先生には仕事に戻って貰って俺達は探し物を続けた。
「いつのまに雨宮先生に」
「ああ、朝スリッパを借りた時にな」
「仕事がはやーい」
その後、三階、四階と連続で探すがなんの成果も得られなかった。
「やっぱり外なのかなぁ」
「外の場合、目星はつきますか?」
「そうだなぁ。茂みか体育館裏みたいな人目がつきにくい場所だな」
いくら考えても実際に行ってみないことにはなにも分からない。
パカパカとして歩きずらいスリッパで階段を下りていると後ろから微かに声が聞こえた。
振り向くと鮫島彩音が前のめりになっている所だった。
階段の中腹辺りで顔から落ちれば確実に大怪我。
この時既に、俺の中で避ける判断は消え失せ、どうやって受け止めるかを考えていた。
しかし、答えが出る前に前からの衝撃がきて、背中に激痛が走った。
肺の空気を全部強制的に引き出され数秒の間、呼吸を忘れた。
「っはぁ! 痛ってぇ……」
「ごめんなさい! 足が滑って、大丈夫ですか」
おお、あの鮫島彩音があからさまに焦っているのが分かる。
愉悦。とか言ってる余裕はない。すげぇ痛い。段数的には七、六段くらいだろうに。
「だ、大丈夫。死んでないから」
「冗談は後にしてください!」
怒られてしまった。
「本当に大丈夫だから。痛いだけ」
「どこですか! どこが痛いんですか!」
「全身。落ち着けって、骨折すらしてないただの打撲だ」
運が良かったのか、打撲で済んだようだ。肩を動かしても腰を捻っても痛みはない。
打撲なんてスポーツしていれば嫌というほどする。つまり普通の怪我だ。
そんなクールを崩してまで心配することでもない。
「鮫ちゃんって結構甲斐甲斐しい?」
「ただ心配性なだけだ。念には念をいれて更に念を入れるのが鮫島彩音だ」
「その言い方はやめてください。念を全く入れない貴方よりいいと思ってますし」
「いいですね。黙ってみてしまいました」
「ねーなんか、なんかよかった」
その感覚全振りの感想でなにが伝わるのか。
スリッパを履きなおして職員室へ。
「一年一組、鷹山来夢です。スリッパの返却に来ました」
「さっき騒いでたみたいだけどなにかあった?」
デスクの間から小さな身体でとことこ駆けてきたのは雨宮先生。
純粋無垢な顔に嘘をつくのは心苦しいがごてごての嘘を投げよう。
「騒いでませんよ? 無言で来ました」
「嘘つかなくていいですから。私が足を滑らせて階段から落ちたのを彼が下敷きになりました」
「そこ助けたでよくない?」
「大丈夫ですか?」
「ああ、はい。痛みはもうないです」
「もし少しでも痛むようなら病院へ。分かりましたか?」
「わかりました」
スリッパを返却して教室へ。
バッグを回収して昇降口へ行くと、嘉川がジャージのまま誰かを待っていた。
「お、来た来た。ほい、上履き」
そう言って差し出したのは二足の上履き。
つま先が赤い上履きと青い上履き。踵部分には名前がしっかりと入っていた。
「貴方……」
「待て待て。どこでこれを?」
鮫島による言葉の暴力が始まるまえに静止をかけた。
「校庭の外周の植え込み。走り込みしてたら見つけたんだ。葉っぱとか取ったけど土は流石に取れなかったや」
申し訳ないと控えめに笑う嘉川。
もし俺が女なら惚れていたと思う。大げんかにまでなった探し物をこうも簡単に見つけ出し威張らないのだから。
「土は各々洗って落とすさ。助かった」
無事上履きも見つかって一件落着。
とはいかないのが面倒なところ。