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第十五話 「いーけないんだーいけないんだー」

放課後、痛む肩を押さえながら昇降口を出た。

 その瞬間に黄色い声援が聞こえてきた。

 声の方を向けば、嘉川が空中から分厚いマットの上へと背中から落ちたところだった。

 飛び越えたであろうバーは揺れるが落ちる気配はなくそのまま静かになった。


「走り高跳びか」


 バーの高さはここからじゃ正確には分からないが、隙間的にかなり高い。

 こういう光景を見ると、勉強より運動を極めた方がいいんじゃないかと思うことがある。

 

 勉学で全国二位の実力になったところで、凄いと言われるのは一位の鮫島彩音で、二位の俺はついで。

 それなら、他の人より運動が出来るようになっていれば俺もキャーキャー言われたかもしれない。

 少なくとも、良いところを見せたかっただけで肩を痛めたりはしないだろう。

 後悔のようなイラつきが俺の中で渦巻く。


「嘉川だからか」


 ボソリと呟いた一言で俺の中で渦巻いた感情は落ち着いた。

 今キャーキャー言われているのも嘉川だからと考えれば簡単に諦めがつく。

 クラス中が認めた顔面偏差値と飛びぬけた運動神経があればこそ。

 俺が飛びぬけた運動能力を手に入れたところでキャーキャーは言われない。


 俺の悪いくせ。

 ありとあらゆる可能性を考えて、俺にとってマイナスなことが多い様に感じてしまう。

 それでへこんだり落ち込んだりする。


 校庭を横目に見ながら正門を出て駅まで向かうその道中。


「ん?」


 黒い革財布が道端に落ちていた。

 持ち上げてみると重さはなく、中には現金とカード類がしっかり入っていた。

 申し訳ないと思いつつ財布を漁っても電話番号らしきものは入っていなかった。


 免許証からこの辺りの住所だということが分かったが……。

 面倒事になりそうだ、交番に届けよう。

 そう思って歩を進めた時、後ろから凛と澄んだ声が聞こえた。


「窃盗罪は十年以下の懲役、または五〇万円以下の罰金刑に処されます」


 振り返れば青色の瞳がじっとりと俺を捉えていた。

 まるで「いーけないんだーいけないんだー」とでも言うよう。


「人聞きの悪い、交番に届けるんだ」

「とか言って」

「いや本当だって」

「最寄りの交番は十七時を過ぎると誰もいませんよ」


 腕時計を確認すると十七時十分。少し遅かったか。


「届ければいいじゃないですか。それとも遠方とか?」

「いんやこの近く。昔に財布届けて中身抜いたって言われたことがあるんだよ」


 あのババァ絶対許さない。

 久々に人に殺意覚えたからな。


「免許証はないと困りますから。届けましょう」

「ついてくるおつもりで?」

「ええ、途中で投げ出さないように監視します」

「まさか」


 俺が笑い飛ばそうとしても鮫島は真顔。

 あ、これ本気で俺が盗むって考えられてるやつだ。

 観念してまた歩きだすと鮫島は横に並んできた。

 文字に起せば仕方なく一緒に帰るイチャイチャ男女だが、実際は窃盗容疑をかけられた男とその容疑をかけた女というギッスギスな一場面。


「なんでこの時間まで?」

「本屋で参考書を」

「模試対策か」

「ええ、貴方こそ、同じ順位をキープ出来そうですか?」

「ああ、できそ……勝手に負けるって決めないで貰えますかね。負ける気は毛頭ない」

「何度目でしょうね」


 クスッと笑う鮫島

 そんな些細な笑いでも喜びを感じられる。


「さぁ。十回は行ってる。確実に」

「それでも私に一度たりとも勝ててませんが」

「過去に負けたからって今回負けるとは限らないだろ」

「そうですね。今回も一位の座から高みの見物してますね」

「引きずり降ろしてやる」


 負ける負けないの言い合いをしているうちに免許証に書かれた住所まで来た。


「鮫島行ってくれ」

「私が行ったのではどこに落ちていたのか、どういう状況だったのか分かりません。意味がないです」

「くっ……腹くくるか」


 緊張で震える手でチャイムを鳴らすと数秒の間の後、男性の声が聞こえてきた。


「はい」

「すいません。先ほど道で財布を拾った物なんですけども」

「私のですか?」

「そうですね。免許証の住所を見て来ました」


 ぶつりと切られまた数秒後に自分の祖父代の男性が出てきた。


「これです。お間違いないですか?」

「ああ。そうです。そうです。いやぁありがとうございます。気が付きませんでした」

「それはよかったです」


 お礼を言って貰えて俺の中にあったつっかえ棒的なものが外れた。

 その後、どこに落ちていたのかや中身が全てあることを確認してもらった。


「いやホント、ありがとう」

「いえいえ。それでは」


 男性と別れ、鮫島のもとへと戻ると優しい笑顔をしてくれた。

 誰にも向けない、向けたことがない優しい笑顔。

 この特別感がさっき考えていたことを馬鹿バカしくさせた。


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