第百三十二話 嘘? 本当?
流石というべきか、体調を崩した鮫島はたった一日で本調子まで戻した。
「ご心配おかけしました」
「元気になってよかったですね」
素直に喜ぶ土屋とは裏腹に土屋の膝に座る近藤の目はエロおやじが憑依している。
「あの後、どうなったん?」
「どうとは?」
「とぼけんなよ! 男女二人キリの部屋だよ? 邪魔入らないんだよ?」
「もう一度言うぞ。鮫島は体調崩した病人だってな」
「それでも襲うくらいは出来るだろ」
出来るということと、実行するはまったくの別物だからな。
可能動詞を習っただろうが。
「彼は私に指一本も触れていませんよ」
寝ていたはずの鮫島にそんなこと分かるわけがない。
いや本当に触れたのはあの手くらいだから気が付かないのは当然というか、幸いなんだが。
なぜ俺が触れてないと言い切れるのか。
いつもなら近藤の冗談を真に受けて俺に蔑みの目を向けるだろうに。
「だって私、寝たふりしてましたから」
……それは嘘? 本当?
その発言が近藤に対しての『本当』なら、鮫島は寝ていて本当に手を握ったことを知らないことになる。
だが、俺に対しての『嘘』なら、俺が握ったことを鮫島は知っていることになる。
罪を犯したわけじゃないから焦る必要もないのに俺の心臓は一瞬跳ね上がった。
「うわぁ。男としてどうなん?」
「男として手を出さなかったんだ。理性ある男なんだぞという証明のために」
俺が答えると鮫島は俺の方を向いて試すように目を細めて笑った。
これが俺の弱点か。
嘘をつくことを得意とする俺だが、他人がついた軽い嘘を見抜けない。
無理してつかれた嘘は簡単な程に分かるのに。
高校の学生期間に勉強しなければいけないな。
鮫島が学校に復帰してから、驚くほどになにもなかった。
いや、正確に言えばなにも起こせなかったというのが正しい。
なぜなら、模試前という俺的クソ忙しい時期になってしまい、更にはこれだ。
「はい。あれから一週間です。気持ちの変化はありましたか?」
もちもちの頬を上へと持ち上げ俺達へと笑いかけるのは雨宮先生。
そう、生徒会への勧誘である。
しかもただの役員ではない。会長職への勧誘だ。
「真野会長のみならず福部先輩からも入らないかと勧誘されましたよ」
「私もです」
「それほどお二人は学校運営するに相応しいということです。先生達からしてもどちらかが会長になってくれれば安心できますし」
言いたいことは分かるし、その期待は物凄く嬉しい。
だが、俺的に懸念がある。
模試前の勉強時間のこともそうだが、鮫島彩音との関係である。
今俺にあるのは、土屋がくれた希望的観測しかない。
つまり鮫島本人の気持ちを聞いていないのだ。
もしこれでフラれでもしたら俺はしばらく全てのことに手がつかない。
生徒会選挙は十一月半ば。
それまでに復帰できるかも怪しい。フラれれば副会長を鮫島にすることも難しい。
そんなガタガタで不安定な奴が会長とか示しがつかない。
「すみません。折角のお誘いですが、見送らせてください」
「分かりました。あ、理由って聞いてもいいですか?」
「今個人的に立て込んでるんで、それが解決しないことにはどうにも動けないんですよ。しかも悪い方向に行った時には会長なんてやってられないと思います」
俺がそういうと雨宮先生は笑顔で頷いた。
「なるほど。そういうことであれば、また来年でも立候補して貰えればと思います! 鮫島さんはどうですか?」
「私は……もう少し考えさせてください。前向きではあるんですが、やはり不安がありますので」
「具体的な不安は分かっていますか?」
「文化祭準備期間中に、自分のクラスと実行委員の仕事だけで私は倒れました。生徒会長になればもっと忙しいと思います。ちゃんとやれるか心配なんです」
鮫島の心配がごもっとも。
少し前なら「私なら出来る」と出所不明な自信に満ち溢れていたというのに近藤や土屋との生活で変わったのだろう。
俺が中学の三年で変えられなかったものを、半年で変えるあの二人マジでパネェ。
「分かりました。準備など諸々考えて十月終わりには答えを出してほしいです」
「近日中に出します」
そう言って俺と鮫島は職員室を後にした。