第百三十一話 お見舞い
放課後、俺は近藤と土屋を連れて鮫島の家へと向かった。
俺の家から徒歩五分ほどの場所にある豪邸。
敷地が広いわけではないが、周りの住宅と比べても装飾というか、建て方がなんか違うと思ってしまう。
「でっか。鷹山の家とは大違いだ」
「そうだね」
「私は将来ワンルームでもいいですよ?」
「なんの話だ」
近藤の煽りと土屋の譲歩を無視してインターホンを押した。
たっぷり数分間があって声が聞こえた。
「はい」
鼻声なのにこの美声である。
「お友達がお見舞いに来たぞー」
「今開けます」
その言葉から数分して俺の背丈ほどの門が開いた。
俺達三人が通り過ぎると門は自動で閉まりその代わりに家の扉が開いた。
中学生のパジャマ姿というか、パジャマのせいで幼く見えるのは気のせいか。
流石にパジャマ姿を見るのは初めてだし恥ずかしいのか鮫島は少し身を引いた。
「本当に来たんですね」
「迷惑だったら今すぐ帰る」
「いえ、嬉しいですよ」
鮫島は熱か恥ずかしがっているのか頬を赤くして俺達を家の中へと招いた。
玄関入ってすぐに毛皮のようなカーペットが敷かれ、スリッパ越しでももふもふなのが分かる。
白いもふもふカーペットは本当に真っ白で汚れ一つ見当たらない。
「うっひょーい! 鮫ちゃんのベットだ!」
「おい。鮫島は病人なんだぞ。先にベットに入ってどうする」
「わたしが湯たんぽになってあげる! 体温高いから!」
「子供かよ」
子供の体温って高いらしいからね。冬には丁度いいだろ。
近藤入りベットへと鮫島はだるそうに潜った。
「あ、これ。コンビニでだけど一応水とかさっぱりしたもの買ってきた」
「ありがとうございます」
「鮫ちゃんあったけー」
熱だって言ってんのに。
鮫島は移さないようになのかマスクを着用。
そこ失念してた。本当は俺達がすべき配慮のはずなのに。
「明日は学校来れそうか」
「行きます」
「無理はするなよ」
「分かってます」
「どうして風邪を? 昨日、雨は降っていませんしこの時期そこまで冷えることもないですし」
「情緒不安定になったからだ!」
「まあ、そうだろうな。自律神経の乱れだろうよ。極度に不安だったり心が不安定だと体調を崩しやすいからな」
不摂生でもなったりするらしいが、一日不摂生をしただけで体調を崩すような柔な身体でもないだろう。
「近藤さん。そろそろ帰りましょう? あまり居ても迷惑でしょうし」
「えー出るの嫌になっちゃったよ」
「夜道に襲われたいんですか?」
「っしゃ帰ろう! んじゃ鷹山、あとよろしく!」
意味深な笑顔を向け二人は出て行った。
よろしくと言われても病人の看病を出来るほど知識はないんだが。
「貴方も帰っていいんですよ」
「親はいつ帰ってくるんだ。それまではいる。迷惑だというのなら帰る」
「……いつ帰ってくるのかは分かりません。夜中かもしれませんし」
ここで合点がいった。
鮫島が料理の腕がいいこと。
鮫島が産まれた時から鮫島家は教育部門に顔が利く家柄。
こんな状況が幼い頃から続いたのだろう。
毎日自分の夕食や昼食を自分で作っていたら嫌でも上手くなるだろう。
こんな広くて静かな家に一人とか寂しすぎる。
勉強するにはこれ以上にないくらいの環境だけど。
病人相手に話す気になれずスマホでお気に入りのネット小説を読み始めた。
しかし、妙に視線を感じ顔をあげると毛布で鼻まで隠した鮫島がこちらをじっとりを睨んでいた。
ただその睨みに覇気はなく、眠たそうといった雰囲気がある。
「眠いなら寝ればいいだろ」
「……一対一で男の前で寝るなんて無防備すぎだと思います」
「考えすぎだと思います。なにもしないから」
「とか言って」
「手くらいは握るかもしれない」
俺がそういうと毛布を握っていた手が中へと引っ込んだ。
そんなに嫌か。
「寝ますがベットの境界線から入らないでください。帰るならご自由に」
ふて寝をかますように鮫島は俺に背を向けて寝てしまった。
病人は寝るのが仕事と昔から言われていたからそこに疑問はない。
疑問に思うのは俺を帰らすでもなく寝たこと。
そんな境界線云々言うよりも俺に「帰れ」と言うのが一番安全なのに。
再びスマホへと視線を落とし、溜まっていた五話分を読み終えたところで鮫島が寝返りをうった。
ただの寝返りではなかったようで苦しそうに眉間に皺を寄せていた。
寝返りをうったことで手がベットからはみ出し境界線から出ていた。
苦しそうに呻く鮫島の手を俺は無意識に握っていた。
起きたらヤバイと思って手を話そうとするが鮫島が握り返してきた。
心なしか呻きも小さくなり呼吸も一定になってきたように思える。
「握って欲しいなら最初からそう言えよ」
俺がそういうと握っている手が不満を現わすかのように強く握られた。