第百三十話 病人のくせに律儀な奴
鮫島が先に帰ってしまった次の日。
「あれ? 鮫ちゃんは?」
登校早々に近藤が俺に聞いて来た。
「俺が知るわけないだろうが。一緒に登校してるわけじゃないんだから」
「でもいつも一緒に登校してきますよね」
「乗る電車が一緒なだけだ、待ち合わせをしてるわけじゃない」
朝のホームルームのチャイムが鳴っても俺の前の席は空席だった。
「あー風邪引いたっぽいな」
俺のスマホには「風邪を引きました」という短い一文が届いていた。
その他にも「お話はまた今度します」だとか「昨日は逃げてすいませんでした」という謝罪も次々と送られてきた。
病人のくせに律儀な奴。
「大人しく寝てろ。他は後だ」と文を送って安静を言い渡した。
「近藤、昨日は上手くいったか」
「そりゃもう。踏み荒らしてきたぜ!」
近藤の固有技「領域破壊」は鮫島にも有効のようだ。
入ってきてほしくない場所に土足で上がりお菓子を買って貰えない子供のように駄々をこねる。
それがいい方向に転ぶかどうかは分からない。
が、近藤のプラス思考なら行きつく未来は予測出来る。
「プライベートスペースを荒らせる人間がいると楽だな」
「鷹山もやってんじゃん」
「いや、俺には出来ない。相手が引いた境界線が分かっちゃうからな」
だから鮫島が「ごめんなさい」と教室を出て行った時も後を追えなかったのだ。
「なんかチーム物みたい。鷹山と私が人からの情報収集。鮫ちゃんが整理、つちやんは……色仕掛け?」
「一番強そう」
「怒りますよ?」
あら素晴らしい笑顔。
「冗談だって、つちやんは皆が絶望した時に皆を勇気づける役」
「女神様キャラな」
普段はあらあら系キャラであるものの、主人公やその周りが落ち込んだ時には傍に寄り添い精神を蘇生するのだ。
確かに言われてみれば各々に出来ることがあり役割がある点ではそう。
「ただ全員が主人公という意味不明な物語だけどな」
「視点が分からなくなりそうですね」
「恵ちゃんにお願いしてみるか」
「やめとけって」
群像劇を書こうとしている人ならいざ知らず、藤堂は完全にヒーロー活劇物だ。
方向性がまるで違う。
「あ、放課後鮫ちゃんのお見舞い行くから案内よろしくな!」
「大人数で行くのは迷惑になるぞ」
「友達のピンチに駆けつけないでどうすんだ!」
誰かこいつに有難迷惑という言葉を教えてやってくれ。
「確かに鮫島さんは嫌がりそうですよね」
「いいのかつちやん! 弱った鮫ちゃんが男の鷹山に抵抗虚しくハチャメチャにされても!」
「しねぇよ。病人だって言ってんだよ」
「嘘だ! 絶対やる! プールでわたしのおっぱい剥いだ男だぞ!」
「やめて。大声でそういうこと言わないで」
教室が静まり返り俺に視線が注がれているのが分かる。
「近藤。それ以上その話題を広げるなら水着にパッド仕込んだことを説明する必要がある」
「いーやーだ! 鮫ちゃんのお見舞い行きたいー!」
助けを求めるために土屋を見ると土屋も困ったように俺の方を見ていた。
「分かったから騒ぐな。鮫島には一応連絡しとくから」
「わたしがやる!」
近藤は俺のスマホを取り上げると慣れた手つきで操作して俺に返却した。
画面を見ると絵文字たっぷりで「お見舞い行く」という旨のメッセージが送ってあった。
いきなりの変貌ぷりにどう返信したらいいのか分かっていないのだろう。
近藤が送ったって分からんのか。
鮫島から「無理はしないでください」と言われたがその言葉で近藤が止まるわけがなかった。