第百二十八話 「なんで放課後に残されたか分かる人ー!」
「はい。なんで放課後に残されたか分かる人ー!」
どこから持ってきたのか分からない、メガネをした近藤と土屋が教卓へ。
外では運動部の掛け声が聞こえ、教室には俺達以外に誰もいない。
「さあ。皆目見当もつかないな」
「模試の勉強したいので手短にお願いします」
「おめーらのことだよ! 他人事ちゃうぞ!」
「夏休みに事情を聞き文化祭後に仲直りを果たしたのは分かります。おめでとうございます」
「そこ! そこから! 問題は」
俺達になんの問題があるというのか。
多少ぎこちない部分はあっただろうが、それでも多少だ。
「初夜迎えたわけでもないのにギクシャクでさ! 二人じゃなかったら殴ってたよ!」
腕を組み、薄い胸を張る。身体全身で不満を表現する近藤。
「そんなことないとないと思うが?」
「では今日一日普通だったと言えますか?」
「「……」」
土屋の問いに俺と鮫島は黙ってしまった。
その理由が俺が着ているセーター。裾の端が濡れていてほんのりと麦茶の匂いがするのだ。
「今日、鷹山は自販機に行こうとしたときに鮫ちゃんに麦茶をかけられました。その理由が驚いて。鷹山がバランス崩して少し近づいたのに驚いたってのは分かる。けどさ! あんな顔真っ赤にして照れてさ! 見せつけてくれちゃってさ!」
「明らかに普通ではありませんでしたね。鷹山さんは装っていましたが鮫島さん。おかしかったですよ」
土屋に指摘され鮫島は気まずそうに目を逸らした。
「単刀直入に聞くけどどうしたいの? どうなりたいの?」
「出来れば私達にも聞かせてほしいです。でないと、どうサポートしていけばいいのか分かりませんし、このままの放置は関係の亀裂になる恐れがあります」
なにが面倒って近藤と土屋の意見を全て突っぱねることが出来ないことだ。
二人は俺達を応援したいと思ってのことだし、関係の亀裂についてもまんまそう思う。
長谷川のような絶対女王として鮫島が俺達と繋がっていれば近藤と土屋は口出ししてこなかっただろう。絶対女王の周りに集まるのはイエスマンだけだからだ。
仲良しこよしだから亀裂の修復は早いだろうが、そのまま割れてしまったら二度と元には戻らない。
土屋はそれを知っているのだろう。
「……俺は一年前のような関係に戻りたいと思っている」
「……えっ」
「つまり恋人関係ってこと?」
「そういうことになるな。そのために今まで諦めずに居られたわけだしな」
まぎれもない本心。
鮫島の顔を見ても青い瞳を小刻みに揺らすだけ。
「鮫ちゃんは?」
「わ、私は……」
鮫島がいいかけて教室が静まり返る。
聞こえるのは運動部の掛け声のみ。
「すいません……すぐには答えられません」
「そっ……か」
ズンッ! と沈む気持ちをなんとか持ち上げて俺は声に出した。
「ごめんなさい」
鮫島は机の横にかかったスクールバックを手にすると足早に教室を後にする。
鮫島が出て行った教室で俺は椅子の背もたれに脱力しながらよりかかった。
「た、鷹山? なんか……ごめん」
「ああ、別にいいよ。遅かれ早かれこうなってただろ」
鮫島と一番長い俺ですら鮫島の言動が読めないんだ。
近寄ることは出来なかったし、そうなればこのままずるずる行くよりここでバッサリ切られた方が後味スッキリで俺にも鮫島にも得はあるだろう。
「落ち込んでいますか?」
「だいぶ」
「考え方が柔軟な鷹山さんにしては硬いですね」
「どういうこと? つちやん」
ショックが大きすぎて頭が働かない。
「鮫島さんは「すぐには答えられない」と言いました。つまり返答を保留にしたわけです。彼女の性格なら、嫌なら今の時点でハッキリ言ったでしょう。その後のごめんなさいも鷹山さんを振ったのではなく、「私だけ保留にしてごめんなさい」といった具合ではないですか?」
土屋の考えを聞いた瞬間にじわじわと喜びの感情が湧き上がってきた。
それと同時に釣りあがる口角。
勉強不足が如実に出ているな。
「あー確かに。そうとも取れるね。でもいいの? 今の言わなければ鷹山独り占めに出来たのに」
「あ」
本当に気が付いていなかったのか、土屋はマヌケな声を出した。
「すいません。今の聞かなかったことにしてください」
「ありがとう」
気が付いていなかったということは、本気で落ち込む俺を見ていて居ても立っても居られなくなったのだろう。
それは土屋夏帆自身の優しさだ。
ほんと俺は土屋の優しさに救われてばっかだ。
白紙の件も今回の件も。
「本当に大丈夫鷹山。無理してない?」
「俺は平気。心配なのは鮫島の方」
真面目過ぎて悩んだ挙句に身体を壊すなんてこの間の二の前になる。
「近藤。俺に悪いと思っているなら一つ頼まれてくれ」