第百二十五話 思い出の誕生日プレゼント
「あの体勢は?」
「このままで」
「うす。なに」
「貴方は入学してすぐの自己紹介で漫画やゲームが趣味と言っていました。ですが今見たところ漫画の一冊も見当たりません。どこに収納しているんですか?」
まさか俺の趣味が覚えられているとは思わなかった。
「祖父母の家に全部送ってある。こうでもしないと、集中出来ないから」
「……」
「本当だぞ。俺は漫画は単行本派なんだ。時々先が気になって電子の方で読んだりもするけど」
飛行機並の距離だから送料が毎回馬鹿にならないんだ。主なお小遣いの消費先でもある。
「なんで……嘘をついてくれないんですか」
「どういうこと?」
「電子書籍派だとか、趣味が漫画やゲーム自体嘘だとか、他にも色々あるじゃないですか。なんで……こういう時だけ本当のこと言うんですか……」
「鮫島?」
俺の胸元を濡らすのは鮫島の涙だった。
「昨日、貴方が打ち上げに行っている間、私はこの部屋に入りました。段ボールが積みあがって今より狭かったです」
「来てたのか」
「付箋だらけの参考書、ベットの下のノート群。貴方が勉強した形跡が見られました」
誇れるはずなのに無性に恥ずかしい。
俺はそこまでしないと鮫島彩音には追いつけないという証拠でもあり、この先勝てたとしてもそれを維持し続けるのは難しいという証明でもあるから。
「たった数点ですがあれは、貴方が今まで頑張ってきた努力の証拠。誰も馬鹿にすることは出来ませんし、無視も出来ません。あれほどの努力をしていると知らずに私は……貴方を……拒否し続けた。蔑んできた。それがどれだけ無知で恥ずかしい行いか私は知りました」
鉄面皮だった鮫島の顔がここまで悲しみに歪み涙を流している姿を俺は一年前ですら見れていない。
一年前は泣く同学年女子の対処は出来なかった。
だが、一年経てば出来ることも増えてくる。
俺は鮫島に馬乗りにされている状態で喋った。
「鮫島。俺が一番許せないことって知ってるか」
鮫島は首を横に振った。
そりゃそうだ。鮫島には言ってないから。
誤解が起きないように、ゆっくりと俺は言った。
「俺が一番許せないことは誰かを傷つけることだ」
今回の一件、確かにそう簡単に「はい。仲直り」で済ませられるほど俺も大人ではない。
だが俺がそこまでイラつかなかった理由、ずっと鮫島を好きでいられた理由。
それが俺と鮫島以外の誰も傷ついてないからである。
もしこの件を引きづって鮫島が誰かを傷つければ俺はきっと嫌いになっていただろう。
鮫島はずっと自分の中だけに留め、考えてくれていた。
その証拠に、仲良しな近藤玲奈や土屋夏帆にすら俺との過去を打ち明けていなかったのだから。
「間違いが解ればいい。鮫島がそんなに自分を責める必要はない」
本当なら抱きしめて安心させるところだが、腹に乗られて動けない上に腕も短いため涙を拭う鮫島の手にすら届かない。
だから声で俺は安心を届けることにした。
「従姉が逃げたのは気に食わないけど、ちゃんと話をして分かってくれたならそれでいい。俺はもう怒ってないから」
「あれだけのことをしたのに?」
「あれだけのことをされたのに。さっきも言っただろうが、俺が怒るかどうかのポイントは『誰かを傷つけたか』だって。その誰かに俺は入らないの」
目元を少し赤くさせ鮫島は俺を見下ろした。
「すいません。取り乱しました。改めて、一年前のことを謝罪します。ごめんなさい」
謝罪の体勢ではないがそれでも十分だ。
ずっと言いたかったことが伝わったのだから。
「可愛かったぞ。いっ!」
嘘偽りない言葉なのになぜ爪が向けられて刺さるのか。
「あ、そうだ。机の上の小袋」
「あれがなにか?」
「誕生日プレゼント。文化祭準備で鮫島が倒れた日、丁度誕生日だっただろ」
「……そうでしたね」
鮫島の体調が悪そうだったからなにも出来なかったけど、プレゼント、といっても高校生のプレゼントに向くかと聞かれれば絶対向かない自信がある。
でも丁度いい。
鮫島は俺の上から小袋を手に持った。
「これって……」
鮫島が取り出したのは修正液。
一年前、俺が染み抜きと間違えて買った修正液だ。
「もし一年前の誤解が解けたならそれを受け取ってくれ」
鮫島は少し不服そうな顔をしながら両手で修正液を握った。
「ずるいです……でもありがとうございます」
今年最後の更新となります。
来年も毎日投稿しますので応援のほどよろしくお願いします。
それでは、よいお年をノシ