第百二十三話 「貴方に言いたいことがあります」
文化祭の次の日になにがあるかと言えば、後片付けである。
「鷹山~! 重いから手伝って!」
「プレート一つで何言ってんだ。ならオーブンと交換するか?」
「そっちの方が重いじゃん! 男ならプレートとオーブンの二つ持ちくらいしてよ!」
「落としたら危ないから分担してんだよ」
家庭科室から借りたオーブンやホットプレートを返却。
一階から二階に運ぶだけなのに近藤はぶーぶーと文句しか言わない。
普段持ち上げている小麦袋よか軽いだろうよ。
「まったく。乙女の腕が逞しくなったらどうすんのさ」
「今でも十分逞しいよ」
「ああん!?」
カーディガンをまくり上げ力こぶを見せつける近藤だが、その腕は男の俺と遜色ない。
ただ乙女的に地雷だったらしく騒々しさが増した。
「鮫ちゃん! 鷹山が腕太いってイジメる!」
教室に戻れば的確に指示を出す鮫島に悪質なタックルをかました。
「玲奈。邪魔です」
「うわああん! つちやん!」
「ダメですよ。女の子に向かって腕が太いと言っては」
「太いとは言ってないぞ。逞しいって言ったんだ」
「同じだろうがよ!」
ただ脂肪で太くなっているのではなく、筋肉で太くなっているなら誇ってもよさそうなものだが。
近藤的にはアウトらしい。さっきからちょーうるさい。
「玲奈。そんな元気なら飾りを袋に入れてください」
「見てみてーつちやん」
飾られていた風船をカーディガンの下に入れた近藤は挑発するかのようにジャンプ。
「ほら鷹山。つちやんの大きさだぞ」
「なんて言って欲しいんだ?」
「おっぱい大きいねって」
「玲奈?」
俺がコメントに困っていると近藤の虚乳を鮫島が指で弾いた。
ほんの指先が掠る程度の接触は面で割ろうとするより効果的。
結果、近藤の虚乳爆散。
「誰が遊んでいいと言いましたか?」
「鷹山に言われました」
「玲奈?」
「やめて! 名前呼ばないで! 怖いから!」
狭い教室よりも先に演劇の方が帰って来てしまった。
そんなのろのろとした後片付けも他生徒の働きにより昼頃には終わりを迎えた。
「よし、打ち上げするぞ」
「昨日やったろ」
「それは貴方だけですよね?」
「ではどこでしましょうか」
いつも通り土屋の家なのかと思ったが違うらしい。
「鷹山の家とかどうよ。無理?」
「無理じゃないけど……」
「けど?」
「狭いぞ。どの家より」
名家の土屋家は勿論、一階がパン屋になっている近藤家にも、教育者の家庭で家が豪邸の鮫島家にも劣る。
俺は特別な家庭ではなく、父親は会社員、母親は専業主婦というごく一般的な親を持つ一般家庭。
高校生が四人でバカ騒ぎするにはスペース的に狭い。
「広さは別にいいよ。その方がエロ本とか探しやすそうだし」
「目的変わってんじゃねーか」
ま、そういうのまとめて祖父母の家に送ったから探してもないけど。
探したいなら探させればいい。そして自慢気に健全男子高校生だということを見せびらかすのだ。
四人で仲良く地元の倉本市へ。駅から歩くこと二十分程で俺の家が見えてくる。
「可愛らしいお家ですね」
「土屋が言うと煽りみたいだな。人形の家だと思ってそう」
「そこまでイジワルではありませんよ。けど二階があるのは憧れます。私の家は広さこそありますけど平屋なので」
平屋で広い家か二階建て三階建てで狭い家かと言われたら絶対平屋で広い家だけどな。
その方が色々便利だ。掃除は大変そうだけど。
「先リビング行っててくれ。その扉の先。俺は着替えてくる」
いつ渡そうか考えていたから丁度いい。
この機会に渡してしまおう。
机の引き出しから小袋を取り出して忘れないように机の上へ。
部屋着に着替えて部屋の扉を開けると鮫島が二階の俺の部屋まで上がって来ていた。
「おお……どうした?」
「……」
よほどびっくりしたのか鮫島はびっくりした表情で青い瞳をぱちくり。
「さ、鮫島?」
声をかけてハッとなったかと思えば無言のまま挙動不審。
人の目線や表情から心情を読み取ることは得意だと思っていたが、流石に前情報が一切ないと無理だ。
なぜ鮫島が二階に上がってきたのか分からない。なぜ挙動不審なのかも分からない。
どうしていいか分からず硬直していると部屋に置いたスマホが着信を告げた。
着信主は近藤玲奈。
『あ、ママ? 友達と打ち上げするから遅くなるー』
「間違ってんぞ」
『あり? あ、ごめーん! 間違えた!』
電話口でも家の中でも反響するほどの近藤の声。
どうやったらマ行とタ行を間違えるのだろうか。その間に誰もいないなら分かるが、土屋がいる時点で間違えにくいと思うが。
電話を切って振り返ると鮫島が部屋に入って来ていた。
そしてこう言った。
「貴方に言いたいことがあります」