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第百二十一話 努力の結晶 ※彩音視点

 文化祭で誰が一番の功労者かと問われれば、私は真っ先に彼を指名する。

 準備期間中にいっさいの休みを取らず、動いていた。

 クラスのみならず、実行委員の仕事までやっていたのに。


「ちょっとでいいから付き合えよ!」


 それは他クラスメイトも同じ考えのようで、そのまま打ち上げへと向かっていった。

 私は打ち上げとかガヤガヤした空気が苦手だから断った。

 打ち上げへと向かった夏帆と玲奈にメッセージを送って帰路についた。


 この文化祭最中に彼に謝ろうと決意したのに、それが果たせなかった。

 神崎先輩が人が全く来ない立ち入り禁止の場所まで教えてくれたのに。


「なぜこうも彼は……」


 どうやったら彼のように人に素直に謝罪が出来るのか。私には分からない。

 一度の間違えは恥ずかしいことだし、ましてや自分が押し通したことをなら尚更に謝りづらい。

 それを彼は軽々とやってみせる。

 プライドの欠片もない、言ったことへの責任を放棄する。そう思っていた。


「彩姉? どうしたの? 具合悪い?」

「いえ。文化祭で疲れているだけです」


 彼の妹、鷹山桃は買い物袋を持って不思議そうな顔をしていた。


「あ、お兄にまたなにかされた!? そしたら手作りのスタンガンで懲らしめてやるから言ってみて!」

「そういうわけじゃありません。それに、手作りのスタンガンを人に向けないように」

「大丈夫だよ。百ボルトくらいだし」

「余裕で人は死にます」

「ゲームでは生きてるもん!」

「ゲームと現実を混ぜると危険ですよ」

「あ、それ洗剤に書いてあるやつ」


 彼はこんな取り留めのない会話をよく続けていられると思う。

 頭の体操にはいいかもしれないが、悩み事をしている時には遠慮したい。

 今がその状況なわけだけど。


「今ママ居なくて、ごめんね」

「家の中までならすぐですからいいですよ」


 静かな家。玄関に彼の靴はなし。まだ帰っているわけもないか。

 一年前の今頃、この家で彼と喧嘩をした。

 混乱していたせいか内容はほとんど思い出せない。


 もっとあの時にちゃんと話を聞いていれば今こうして自分の首が絞まることはなかったのかもしれない。

 だけど彼が必要以上の言い訳をしてこなかったのも事実。

 ならどっちが悪いとかはなく五分五分、お互い様というやつでは?


「だとしたら、彼の負い目を見つけることが出来れば優位に立てる」


 そして目の前には彼の部屋という彼の秘密基地がある。

 やましいことをするなら身近な場所だし彼だってもう高校生で、エッチな本の一冊や二冊持っていても不思議ではない。

 それを見つけ出せれば優位に立てる。


 彼のことだからきっと真っ当そうな言い訳をしてくるだろうが、持っているという事実は変わらない。

 そう思った私は彼の部屋の扉を開けようとした。

 しかし、扉は半分ほどでなにかに防がれてしまった。


「段ボール?」


 彼の部屋にあったのは大量の段ボール。引っ越しでもするのかと思ったが、本棚の参考書や棚に置かれた小物系はそのまま、引っ越すわけではなさそう。


「あーお兄の部屋は今散らかってるよ」

「段ボールの中身は?」

「漫画とかゲーム類」

「なぜ段ボールに?」

「傍にあると集中出来ないからって、遠いおばあちゃん家に送ってたんだよ」


 桃が箱を開けるとそこには漫画と据え置き型のゲーム機が入っていた。

 確かに入学当時の自己紹介で漫画やゲームが趣味と言っていた。

 だが、今の彼の本棚には参考書や教科書、コミュニケーション能力向上の本が置かれていた。

 最後に彼の部屋に入ったのは喧嘩したあの日だ。

 漫画ばかりだった本棚には参考書が並びすっかり様変わりしていた。



「お兄ってば単純だから参考書とかやれば彩姉に追いつけると思ってたんだよ? 漫画ばっかの本棚もカッコつけて参考書並べてさ、つまんない部屋になっちゃったんだよね」

 

 参考書を持ってみると大量の付箋が貼ってあった。

 解き方のコツや考え方、中には明らかに彼の筆跡と合わないような字の付箋もあった。


「これ、私が書いたやつ」


「言葉で言われても分からないから書いて」と言われて付箋に書いたものだった。

 彼が当時持っていた参考書はこの一冊だけだ。


 本棚に仕舞われたノートを開いてみれば、努力の形跡が考える間もなく流れ込んでくる。

 書かれた文字の端々が黒くなっていて、よくよく見れば指紋のようにも見える。夢中になりすぎて手の横が黒くなったまま擦ったのだろう。

 私と付き合った当時はコミュニケーション能力向上の本なんて持っていなかった。ただここ最近の本でもない。

 ベッドの下には本を入れる用の袋に入ったノート達が眠っていた。

 各単元毎にノートを作り、解けるまで同じ単元をやった結果、一単元につき三冊ほどのノートがあった。


 全ては私に追いつくために、私の横に並んでも恥ずかしくないために。

 部屋のどこを探しても出てくるのは勉強した形跡だけでエッチな本は一冊どころか紙切れほども出てこなかった。


「あんなにサラッと「勉強した」と言って裏ではこんな……」


 一年前にはこんなノート群や参考書達はなかった。

 それだけ私という目標へは真っ直ぐだった。

 趣味のはずの漫画やゲームを遠ざけてまで彼は私を選んだ。

 それなのに私は……一方的に塞ぎこみ拒絶した。

 どれだけ酷いことなのか、私でも理解出来る。


 謝りたい。けど、謝る一歩が踏み出せない。

 だから最後の最後で頼ることにした。

 頼れる友人二人に。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 連続した感想になってすみませんが、ちなみにこの122話だけでも鮫島への印象はよくないです。 事ここに至って弱みを握るために主不在の部屋に無断侵入を試みていたり、鷹山の努力は最大のライバ…
[一言] やっと鮫島がマイナス地点からゼロ方向に向いて歩き出したようで、ここからどうするのかは気になります。1年以上の溝はどうやって埋めるのでしょうね
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