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第百十六話 なぜなら、それらは彼がやってこなかったことだから ※彩音視点

 がやがやした雰囲気の中、実行委員の腕章をつけて私は見回りをしていた。

 といっても文化祭が始まった直後で問題は起きていない。


「回る必要があるのは模擬店辺り……となると……」


 人が少なくより短時間で見回りが出来るルートを探していると後ろから声をかけられた。


「すいません。一年一組の教室ってどこでしょう」


 まるで大人が初対面の大人と話す時のような事務的な口調。

 しかし、その中にはしっかりと感情が込められていた。


「それなら……」


 答えようと振り返ると見覚えのある顔がそこに立っていた。

 見間違えるはずもない。

 その女性は去年、近所のスーパーで彼の腕を掴んでいた人物。

 市川鈴音本人だったからである。


「帰って来たんですね」

「どーも。鮫島彩音さん。ま、一時的にだけど。また向こうに行かなくちゃいけないから半年ほど」

「そうですか。一年一組の教室ならここを真っ直ぐ行った教室です」


 私がそういうと鈴音さんは青ざめて言った。


「今来夢に会うと殺されそうだからどっか静かに話せるところない?」

「……あります。ついてきてください」


 私と鈴音さんが向かったのは生徒会室。

 今は実行委員本部ということで誰かが常駐している。

 

 移動している間にもどんな会話がされるのか内心ドキドキだった。

 今こうして現れたということは、やはり私が間違っていたのだろうか。

 だ、だけど説明がつかない部分も多々ある。


 誤解だというのならなぜ追ってこなかったのだろうか。

 あの場で説明していればこうして一年もの間が空くこともなかったのだ。

 そして、なぜしつこくしてこないのだろうか。

 しつこくされるのは確かに嫌だが、初めての恋人と破局するかもしれないとなればなりふり構ってられないと思うのは私が人のことを考えられていないのだろうか。


「福部副会長。少しの間だけ本部を使わせてください。完全私用ですが大事なことなんです」

「いいですよ。もし邪魔なら出ていきますよ。人が着替えているとでもいえば誰も入ってきませんし」

「そうして貰えると助かります。鷹山来夢が来た場合、出来れば遠ざけてください」


 いたのが福部先輩でよかった。

 真野会長や神崎先輩じゃ事情を聞きに来るだろう。

 福部先輩が出ていき隣に座った鈴音さんに向き直った。


「えっと……」


 こういう時になにから聞けばいいのか分からなくなる。


「なんでもいいよ。龍輝くんから「絶対に嘘つくな。聞かれたことは全部答えてこい」って言われてるから。まったく、お姉さん使いが荒いんだから」

「そうですか。では鷹山来夢との関係をお聞かせください」

「うわー取り調べみたい。従姉だよ。十九歳離れてるけどね」

「……本当に従姉ですか? ほぼ二十歳離れているなんて珍しいですけど」

「でも有り得ない話じゃないよ? 私の親と来夢の親が二十歳離れてて、私の母が二十歳の時に私を産んで、その時に来夢の母親も産まれてるのね。んで、来夢が産まれたのがその十九年後。だから私と来夢は十九歳離れた従姉弟になるってわけ」

「理解は出来ます」

「流石」


 ベビーブームが日本で起きて九人や八人兄弟が当たり前の時代があったのだ。

 今は少ないとは言え、有り得ない話ではない。


「これは疑問です。なぜ彼はあの時追いかけてこなかったのでしょう。従姉弟という関係なら引き留めたりはしませんよね?」

「え? 来夢は追いかけたよ? 買い物した荷物全部私に押し付けて」

「で、でも追いつかれませんでした!」

「……突然だけどスポーツ得意?」

「はい。前回の模試で彼に追いつかれたので現時点で彼に勝っているのは運動くらいで……」


 まさか。


「追いかけた彼氏より逃げた彼女の方が足が速くて追いつけなかったパターンだね。記憶が正しければお互い私服だったしローファーとかパンプス、ヒールが似合うような服装ではなかったし」

「そ、そうですね。私服はランニングシューズが主です」


 スキニーをよく履く私にとって似合う靴というのは少ない。

 脚への負担も考えたらやはりランニングシューズというのが最適解なのだ。


「知恵をください。彼は私と揉めた次の模試で普段と変わらない順位につけています。その事から私は開き直ったのだと判断しました。普通は恋人と別れるって辛いことではないのでしょうか」

「んーそうだなぁ……意地じゃない? 来夢がどう考えたか分からないけど競ってきたわけじゃん。それは二人において特別なことなんじゃないの? 上手い言い回しが思いつかないけど、ライバル同士の戦場というか、誰も邪魔しない二人キリの場的な意味合いがあったんじゃないかなぁ」


 それを聞いて私はまた一つ気が付いた。

 高校に入って最初の模試。

 夏帆の妨害により彼は模試を受けられなかった。

 それについて夏帆と仲違い寸前まで行ったこと。そして怒った理由が邪魔されたからだと彼自身に指摘されたこと。


「辛くても立ってしまった戦場で棒立ちでいるほど、来夢は弱くなかったってだけだと思うな。この考えはダメ?」


 ダメもなにもその通りだと思う。

 少しでも違うと思うなら最適な答えを探そうと思ったのに一発で最適解を出されてしまった。


「いいえ。その通りだと思います。あの場で順位を落としたらそれはそれで怒ったと思います」

「順位キープしても落としても怒られる来夢可哀そー」

「元はと言えば距離が近いのが悪いと思います」

「その点は反省してるよ。龍輝くんにこっぴどく怒られたからね。「従姉でも人様の関係をぐちゃぐちゃにするな」って」


 聞きたい情報は聞けた。私が間違っていたと客観的に決定づけられた。

 そして私がなにをすべきかも分かった。

 言い逃れや責任転嫁はいくらでも出来る。

 だが、それをすれば私は彼と同じ戦場には二度と立てない。


 なぜなら、それらは彼がやってこなかったことだからである。


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― 新着の感想 ―
[一言] 鮫島さんがちゃんと誤解だと理解して、このあとの展開がめちゃくちゃ楽しみです!
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