第百十五話 「今日からお前が店長だ!」
十月一日。
教室内はほんのりと暖かく、ある程度の湿度も保ってあった。
それもそのはず、今日は文化祭当日でホットプレートやオーブン、温かい飲み物用にケトルまで準備してあった。
そしてその全てがいつでも使えるような状況。
「ちょっと待った鷹山!」
ブレザーに実行委員の腕章をつけようとしていると近藤から待ったが入った。
「なに」
「恋人カフェなんて名前で売り出してるわけじゃん? 危ないと思わない?」
「料理班が刃物振り回さなきゃ平気だろ。特に長谷川、その短いスカートでパンツ見られたからって刃物向けんなよ」
「はぁ? 向けるに決まってんじゃん」
鮫島高校文化祭初の死者が出るかもしれない。
「ほら、危ないでしょ? 現場を管轄する人間が必要だと思わない?」
「それなら内田と池本に頼んである。最悪料理班としても動けるように頼んであるし」
なにを心配しているのか。
来校する外部の人の安全性は勿論、中で動く生徒スタッフの安全だってバッチリ考えて配備している。
「チッ、じれってぇ……やっちまいな!」
「は?」
小物臭いセリフと共に俺は誰かに羽交い締めにされ、ブレザーが剥がれた。
その代わりに黒いスーツのようなピシッとした上着を着せられた。
そしてその胸元には頭の悪そうな「てんちょー」の文字が。
「なにこれ」
「今日からお前が店長だ!」
「退職したい」
「出来るわけねーだろ。おんにゃのこ侍らせてウハウハしたくないのか?」
「刃物持ってにじり寄ってくる女の子は嫌かな」
話しかけただけで命の危機とか漫画とか物語の世界でしか許されない。
「真面目な話、俺は実行委員で動かなきゃだから教室に居られないんだ」
だから内田と池本に頼んだのだ。
「別にいいんじゃないですか、他クラスだって管理する人がいますし実行委員の出番は少ないと思いますけど」
「珍しいな。サボりを容認したようなものだぞ」
「サボったら許しませんから」
「うーっす」
自分にも他人にも厳しい鮫島さん流石っす。
そして文化祭開始のアナウンスが流れ文化祭が開始された。
それぞれ持ち場へとつき、恋人カフェが開店した。
「黒いって……文句があるなら食べなきゃいいじゃん!」
「いやいや食べるよ」
「ならさっさと食べてよ」
普段は鋭く刃物のような長谷川の言葉も私服にエプロン姿では鈍らと化してしまうのだろう。
それか相手側の客が鋭い刃すら通さない神経の太さなのか。
そして教室の一画、普段授業などで使いモニターはゲーム会場となっていた。
「にゃはははは! わたしに勝とうなど百年っ! 待って落ちた!」
「っしゃ一位! 玲奈ちゃんのお絵描きパンケーキはオレのもんだ!」
「負けたからね仕方ないにゃー」
賑やかしのために確保したゲームブースだが中々に好評。
下手な女の子が頑張って勝とうとするのっていいよね。うんわかる。
「ありがとうございましたー」
なにもしないわけにもいかず、俺は会計係をしている。
「パンケーキ二枚」
「こっちはクッキー」
私服姿の近藤と長谷川にそう言われているのは内田と池本。
「結局おれ達が作るんだな」
「はい。パンケーキ二枚とクッキー」
「悪いな。本当は接客回ってもらうって話だったのにな」
「いや、不特定多数の人間と話すより作ってる方が楽だけどさ」
「振り回されるのは中学から慣れてるから平気だよ」
なんと強い男だろうか。
決まった仕事が奪われて代わりの仕事を押し付けられたのに。
それが自分にとって楽な仕事でも文句の一つくらい出るもんだけどな。
「おれ達じゃ焦がしたパンケーキの説明が出来ないから」
「確かに」
焦がしたとしても、男が謝るのと女が謝るのでは差が出る。
恋人カフェなんて名乗っているなら特に。
「ま、本田と藤山が戻ってきたら休憩にしていいから。それまで頑張ろうぜ」
「ああ」「うん」
こうして今日もこき使われていく内田と池本だった。