第百十一話 「負けたくないんです。彼だけには」 ※彩音視点
どのくらい寝ていただろうか。
隣の温かい感触に目が覚めた。いつのまに湯たんぽを……。
「きゃあ!」
「ぐべっ!」
私に抱き着くなにかを咄嗟に突き飛ばしてしまった。
そのナニカはベッドから転げ落ちると苦しそうな声をあげた。
「あ、起きましたか?」
「お、おはよう。いてて」
「勝手にベッドにもぐりこまないでください。びっくりしたじゃないですか」
「鮫ちゃんが気持ちよさそうに寝てたものだから。こっちまで眠くなっちゃって」
「だから言ったじゃないですか、「怒られますよ」って」
それでも反省しないあたり玲奈だ。
「なぜ二人がここに?」
まさかサボって来たのだろうか。
「鷹山が休みにしようって」
「鮫島さんが倒れたので言い訳には丁度よかったんだと思いますよ」
「彼は今どこに?」
「さあ? 実行委員の仕事してるんじゃない?」
なら私だけ寝ている場合ではない。
起きようとすると二人から肩を押さえつけられ強制的に頭が枕へと戻った。
「なんのつもりですか?」
「ぐへへ。ねーちゃん。ただで帰れると思わないほうがいいなぁ。ぐへへ」
「なぜ私達がここにいるのか。鷹山さんに「鮫島が起きたら戻ろうとするから阻止しろ」と指示されて来たんです」
「私だって実行委員です。私だけ休むわけにはいきません。それに……」
そこまで出かけて私は言葉を飲んだ。
「それに? なんですか?」
「いえ、彼だって疲れているはずです。少しでも分担を」
「えっとなんだっけ、「疲れてる奴が現場に戻っても足手まといだ」だっけ?」
「たしかそうだったはずです」
まさか私の言葉全ての返答を伝言してある?
彼のやりそうな事だ。
「今はわたしと添い寝する。それが鮫ちゃんの仕事だい!」
「狭いです」
上履きを脱いでいそいそと入ってくる。
特別広いわけでもない保健室のベッドでは二人が限度。
「つちやんも入ろうや」
「いえ、流石に無理かと。それに鮫島さんには聞きたいこともありますし」
「なんですか?」
身体を起こそうとすると肩に手を置かれた。
寝ていろということだろうか。
「なぜ無理をしたんですか?」
彼に聞けと言われたのだろうか。
無理したつもりはなかった。
気がついたら身体がボロボロだっただけで。
「夏帆までそういうんですね」
「明らかだったじゃないですか。倒れる数日前からボーっとすることが多くなり、指示のキレもなくなっていましたから」
「うんうん。様子変だったよ?」
「ライバルである鷹山さんには弱みですから隠すのも仕方ないと思いますけど、私達には話してくれてもいいんじゃないですか?」
「そーだそーだ!」
話してしまえば認めたことになる。
でも認めたら楽になるのだろうか。彼の言動に警戒することも、こうして寝込んでしまうこともなくなるのだろうか。
「負けたくないんです。彼だけには」
「なんで?」
「私は小学生の時から勉強においては一位を譲ったことはありませんでした。他の追従を許さず、中学一年の模試全てで二位との差は百点以上。学校のテストでも正確な順位と点数さは分かりませんがオール百点なので一位ではあったと思います」
「そこに鷹山さんが出てきたと?」
「そんなに警戒すること? ただ鷹山が勉強頑張ったってだけでしょ?」
確かにそれだけの話だ。
たがそれだけだからこそ、警戒するに値するのだ。
「だから警戒するんですよ。急に現れた彼は初回の模試で私と十点差です。中学一年生の模試は年に五回。五回とも百点差あったのに二年生の二回目で十点差にまで詰められたのです。それだけのものを彼は隠し持っていたんですから」
それ以上の実力を持っていても不思議ではない。
そして私の目論み通り、彼は徐々にその潜在能力を発揮してきた。
「負けたくないというのは模試で同点だったからですか?」
「そうですね。私が今のところ彼に勝っているのは数値化出来るもので勉強とスポーツだけですから。勉強を負けたら私は自分に自信が持てなくなってしまいます」
その自信というのは、彼が浮気したと考える根拠や自信もだ。
結局のところ、私の証拠は彼とあの女の人が一緒に歩いているという目で見ただけの情報しかない。
「そんなことないと思うけどにゃー。鮫ちゃんは鷹山が褒めたおっぱいがあるし、手足だってスラっとしてるし……うん、いい匂いだし美人だし。鷹山と比べられはしないけどなんだけ、ポテ……なんだっけ? そういうのはあると思うよ?」
「ポテンシャルですね。私も同じように思いますよ。まあ、鷹山さんに負けたくないというのでそういうことじゃないのは理解できますけど」
そう言われると気恥ずかしい。
「鷹山に負けたくないのって過去のこと関係ある?」
「まあ、多少」
「そっかぁ。でも無理は良くないよ? それで勝てても誰も喜ばないじゃん」
「私が喜べればそれでいいんです」
模試後の順位で私だけが一位であればそれだけで頑張った甲斐あるというもの。
彼の悔しさを噛み殺す表情があれば尚いい。
「それでも身体が壊れたら意味ないと思いますよ。適度に休んでください。鮫島さんが休んでいても誰も責めませんから」
「わたしらが責めさせないから安心しな!」
「なら休むのでベットから出て行ってください」
「やだ! この温もりがええんじゃぁ~」
「今日寒いですよね~」
そう言いながら夏帆までベッドに入ってきた。
シングルベッドに三人はかなり狭い。
タイトルに※彩音視点と書くのが怖くなってきた。
熱烈な感想が多いので嬉しい限りではあるんですけども。