第百八話 もっと綿密に情報交換を
次の日、午前はカフェでの細かいところのチェック。
ただ流石鮫島、ミリほどのミスもない。
あるとすれば、料理班への指示くらいか。
そして交替間近の時間。
「ああ、そうだ。俺は演劇の方に行く。持って行って欲しいものがあれば持ってくぞ。この人数じゃ胃袋は正直足りないだろうし、味覚のデータは多い方がいい。当日はこの倍の人数だろうからな」
「え、焦げた奴も納品していいの?」
「いいんじゃないか? 男ってのは単純だからな、同級生女子が作ったってだけで十分なんだよ。それに、失敗から見せるだけで成長を強制的に感じさせることも出来る。一つのテクニックだ、男を落としたいなら覚えておくといいぞ」
最初から上手く作れたものを出せという男も一定数いるだろうが、大半は失敗して上手くなってという過程を見せた方が惚れやすい。
「んじゃあ、これつちやんと食べてよ。味は一応ついてるからさ」
そう言って近藤は大きめの皿の上にパンケーキを乗せた。
「長谷川はいいのか? その枚数を三人で食べるのは辛いだろ」
「じ、じゃあ持ってけば?」
恥ずかしがり屋め。
大して料理に自信があるわけじゃないのに料理班に立候補するってことは作りたい相手がいるのだろう。
長谷川グループの皿から三枚ほど持っていき体育館へ。
道中鮫島とすれ違い、情報交換。
といっても、異常のありなしだけで細かいところは任せてしまっている。
俺が体育館へと足を踏み入れると昨日の教室のような重々しい空気がのしかかってきた。
一体半日でなにがあったというのか。
「なんか皆疲れてるな」
「鮫島さんの指導がスパルタでして」
「鮫島が演劇の指導?」
自分が全くできないのに?
出来なければ見本を見せることも出来ない。
最大の悪手じゃないか?
「はい。なにか焦っているようでした。といってもあからさまではないのでそんな気がするというだけですけど」
「模試で俺に追いつかれて焦ってんのか? いや、流石にメリハリはつけるか」
鮫島はメリハリが上手いことに定評がある。
単純にあれか、シングルタスク故の一途さというか一つのことに真剣になってしまうのだろうか。
「ま、疲れているなら丁度いい。カフェの料理班が作ったパンケーキだ。今日はまだだがそのうちクッキーとかも作る予定らしい」
紙皿をいくつかの班用に分けて配っていく。
勿論、長谷川グループのやつは嘉川達のもとへ。
「いじめじゃね?」
「なにをいうか。長谷川、藤山、本田が一生懸命作ったパンケーキをいじめなんて言ってやるな。それにどれも大して変わらないから」
いやもうホント、装飾班の内田と池本の図書委員コンビが上手かったのにはビックリしたけど。
男でパンケーキ綺麗に作れるとかほんと羨ましい。
「あーうん。でも上手いよ」
「いや苦いよ」
キングのお世辞も事実までは曲げられなかったか。
感想も聞けたことだし昼食取って演劇練習再開。
「鮫島の指示はどんな感じだった?」
「全体を通すと言った全体重視でしたね」
「なるほど。藤堂、鮫島に指示はしたか?」
この演劇の台本は藤堂が考えたものであり、どんな演出が入るのかは全て藤堂しか知りえない。
だから俺は極力口を出さずに殺陣などの怪我のおそれがあるものを練習して貰っていた。
といってもまあ、まだ二日目で完全に掴めていないのは俺達も役者も同じ。
鮫島の対処法はカフェの時と同じ。メモだ。
「ま、鮫島で全体を見て俺の時にそれぞれの不安な箇所をやるっていうのでどうか。俺の方も打合せ不足だった。鮫島を責めないでやってくれ。あれでも良いものにしようと必死なんだ」
もっと綿密に情報交換をしなければ。
俺ら二人が混乱する分にはまだいいが、他クラスメイトが混乱するのはいけない。
しかし、鮫島の指導を受けただけあって演技の質というか全体の完成度はあがっていた。
「おお、この半日で見違えるようだ。セリフの感情も殺陣の精度もまるっきり違う。すげー」
「み、皆頑張ってて、文句ひとつ言わなかったんだよ?」
「それがなにより凄い。俺なら絶対反抗する」
鮫島が優しく聖母のような指示をするとは思えないし棘というか言葉が鋭いのは確実だ。
そんな鋭いものを向けられて無言でいられるほど俺は素直ではない。
「まあ、演技が荒いのは事実だしさ。鮫島の言うことも一理というかだいぶあるんだよ」
「いやーでも心抉られるものあったけどな」
「俊が遊ぶからだろうが」
鮫島の前で遊べるとかこいつ本物だ。
本物の馬鹿だ。
伊波が遊び過ぎているのは確かだが、鮫島の棘もどうにかならないものか。
カフェの方で刃傷沙汰になってないといいけど。向こうは包丁あるから。