第百五話 天才でも出来ないこと
「悪い。遅くなった」
体育館では、演者と創作班に別れて作業していた。
演者は台本を手に演技の練習。創作班は、背景に使う板に線を書いているところだった。
創作班は口出しをしなくてもサボっている様子はない。
問題があるのは演者班。
「バスケットボールは仕舞え」
創作班の横でバスケットボールでいた伊波達へと声をかけた。
「だって暇なんだぜ? 出番中盤からだし」
「なら演技を見て学べ。来たのが鮫島だったらどうするつもりなんだお前ら」
なんの感情も出さないまま無言の圧を受けるんだぞ。
小学生の時によく先生にやられたわ。
一応監督というか、監修の立ち位置にいる藤堂は声がでずにナレーター席で縮こまっていた。
「真面目にやってんのは少数か」
「そう硬くなんなって。まだ四週間もあるんだろ? 平気じゃん!」
「四週間でセリフ覚えて演技出来んのかよ。学校にいる間しか出来ないんだぞ」
「いけるべ!」
こういう時に鮫島の圧が欲しくなる。
「俊。台本アリで出番あるからこっち来い」
清風のような声は体育館のような響く場所ならより美声となって俺達の耳へと届く。
カリスマなら嘉川の方が上か。
勝てそうになから白旗あげるけど。
舞台へと向かうと丁度殺陣のシーン。
「藤堂。少しでも違うなってシーンがあれば言ってくれ。俺が指示を飛ばす」
「う、うん。分かった」
といっても、嘉川は薙刀を初めて触るためか視線が土屋と全然違う。
「結構難しい」
「嘉川さんの動きからすると右足を前に出して腰から前に倒すようにすると薙ぎやすいと思います」
「おお。そうか。ありがとう」
流石新人を教える立場にある土屋。言葉だけでも分かりやすい。
一通り殺陣のシーンでの問題は、初めて薙刀を持つ組の動きがバラバラで危ないってこと。
当然刃がついた本物を触るわけではないが、木の薙刀でも当たれば痛い。
主人公役の嘉川と敵役の伊波達で慣れるところからやることに。
「胴着姿なんだな」
横に来た土屋にそう言った。
「はい。制服だと激しい動きは出来ませんから。あ、それとも舞台の上でヒラヒラと舞うスカートから下着見たかったですか?」
「曲解がすぎる。ジャージでもよかっただろうが」
なんならスカートの下にジャージの半ズボンを履くのでも良かったはずだ。
「ところで、本当に私がヒロイン役でもいいんですか?」
「嫌か?」
「いえ……鮫島さんのが方が適任なんじゃないかなと思いまして」
鮫島の中学時代の演技を知らない人はそう思うよな。
「あの美人さだからな、中学の演劇みたいな奴でも話はあがったよ。でも結果、違う女子生徒となった」
「つまり?」
「演技についてはド下手くそ。不慣れだからとかそんなレベルじゃない。笑う場面で持前の鉄面皮で楽しい場面でも声のトーンは一定」
「意外ですね。私達の前では結構感情を出していると思いますけど」
「中学の時はそれくらい尖っていたというか、冷たかったんだよ」
それをふにゃふにゃになるまで溶かしたのは土屋と近藤という友人だったわけだが。
「だから嫌じゃなければ、ヒロインとして頑張って欲しい」
「鷹山さんが主人公ならもっと頑張れるんですけど」
「カフェと演劇の進捗チェックと実行委員やりながらとか死んじゃうって」
「サービスしますよ?」
「なんの!?」
え、安らかに死ねるサービスってこと?
そりゃ死ぬなら安らかに死にたいけどまだやらなきゃいけないこととかやりたいこと終わってないし、しばらくは利用しないかな。
「明日も来ますか?」
「あー明日は午後になるかな。一日事に午前と午後で変えてるから」
「そうですか。待っていますね」
演劇上演時間外は土屋に呼び込みをしてもらうか。
土屋が本気出せば集客数三桁は硬い。