第百話 従姉の所在
「ふいー遊んだ! 遊んだ!」
「鷹山さんはお疲れですか?」
「そりゃな」
「贅沢な疲れだな~。美少女三人とめいっぱい遊んで疲れるなら男として本望だろ? ん?」
それはそう。
だが実際は水鉄砲を持った過激派少年団にも二回絡まれている。
小学生の体力にはついていけない。
「ただいまー!」
近藤が勢いよく民泊の扉を開けた。
「おかえり。ハーレムプールは楽しかったか?」
「そりゃもう。普通なら明日死んでも悔いはないくらいですよ」
俺の場合は、鮫島への誤解が解けていないから現世に未練たらたらだけど。
荷物を置こうと靴を脱いで上がると猫のユキに悪質タックルを食らってしまった。
俺に抱き着いたユキはそのまま首筋をくんくんと嗅ぎ始めた。
「おーいつになく鷹山へのラブコールが熱い」
「いや、この子オスだけど」
「男同士でも恋愛出来ますよ?」
「そりゃそうだけどね?」
俺にはそのけはないから諦めて欲しい。
ふと山田夫妻を見ると二人してにやにや。過去にも同じような会話があったのだろうか。
「猫は塩素系を嗅ぐと興奮するんだ。家の中走り回ったり遊んでと甘えて来たり」
一応シャワーで落としてきたつもりだったが完全には洗いきれてはいない。
その塩素を嗅ぎつけたのだろう。
「ユキは甘えんぼさんだからね。ラブコールは凄いよ?」
「いいのつちやん。鷹山が取られちゃうよ?」
「オスならその心配はないかと」
「メスでもねぇよ」
俺のことをひとしきり嗅ぎまわったユキは部屋の中を猛ダッシュ。
走り出したと思ったら受付兼、食事台の上へと登り暴れまわる。
「ここまで暴れるんですね」
「どうよ鮫島。前に飼いたいとか言ってただろ」
「私の家はここまで広くはないので発散しずらそうですね」
ユキが暴れたおかげでカウンターからいろんな物が落ちていた。
「まったく……」
カウンターから落ちたものを元の場所へ。
「ん? これって……っ!」
それは俺達が昨日初めて来たときに書いた名簿。
土屋に書くのをお願いしたため綺麗な字で俺達四人の名前が並んでいた。
俺が気になったのはその上。
ボールペンを使い慣れたような小綺麗な字。
そこにはこう書かれていた。
市川鈴音。
と。
去年の秋ごろを境に音信不通となった従姉の名前だった。
そこで俺は合点がいった。
去年に言われた「数年家に帰っていない」という言葉。
その時単に忙しすぎて実家に帰れていないという話だと思った。
しかもジョークとか人をからかうことに極振りしたような従姉でまともに聞いていなかったのもある。
そして今、その謎が解けたのだ。
民泊に寄生するように住めば実家はおろか、自分で借りた部屋にも帰れるはずはなかったのだから。
「あのっ! この市川鈴音という女性がどこにいるか知りませんか!」
従姉への道が見えたことで俺は山田夫妻に大声で聞いていた。
「顧客の情報を同じ客に流すわけにはいかない」
当然の言葉だった。
信用第一の民泊で客の情報を簡単には引き出せない。
「市川鈴音は俺の従姉なんです。去年最後に会った時から連絡が取れなくて……どうしても連絡を取らなきゃいけないんです!」
「なぜだ? なぜ従姉探しに躍起になる? 金銭の持ち逃げでもあったか?」
「それは……」
やっぱり俺と鮫島の過去を隠し通したまま情報を貰おうなんてのは甘えだったか。
向こうは商売がかかっているし簡単には教えて貰えない。
「俺、去年の秋に彼女に振られたんですよ。理由は俺の浮気。で、その相手とされたのが従姉の市川鈴音です。カッコ悪いですけど、一年経とうとしてるのに未練はたらたらで、言い訳出来ないかと思って探しているんです。その人は物証がないと信じない用心深い人なので」
これで土屋には、俺と鮫島が過去付き合っていたことがバレただろう。
幻滅されたかもしれない、二度と口を聞いてくれないかもしれない。
それでも、今市川鈴音の情報を聞き出さなくてはいけなかった。
この五か月の間見つからなかった糸口、手放すわけにはいかなかった。
「……分かった。情報を出そう」
奥さんが旦那さんに耳打ちするとため息をついてそう言った。
「ただし、他所に情報が漏洩した場合はそれなりの処罰を受けてもらう」
「承知してます」
「市川鈴音は去年の秋から仕事で海外だ。一年と言っていたからそろそろ帰ってくる。俺達も連絡先は知らない。どこに行っているのかもしらない」
「もうすぐ帰ってくる……ありがとうございます」
見えた希望に口が緩みそうになり俺は頭を下げて隠した。
「今鈴音さんが帰って来て意味はあるのか?」
「あります。彼女は待っていると言ってくれているので。鈴音が帰ってきたら倉本市に帰るように言伝を頼めますか」
「分かった。伝えよう」
「ありがとうございます」
秋ごろ、文化祭が十月初めだからそれくらいか。
今が八月初旬。あと二か月ほど待たなきゃいけない。
だが十か月も待ったんだ。
あと二か月くらいどうってことない。
当事者でもある鮫島彩音もそれを聞いているからである。
進捗報告です。
この物語が最終話まで書き終わりました。
中々いいラストに出来たんじゃないかなと思います。
ストックが三十話あるので新作はもう少し悩もうかなと思っております。
最終話が投稿される頃には書き始めていると思いますが。
ただ書き終わったよという報告でした。