第9話 不安になる魔王様
私は階段を駆け上がって勢いよくドアを開けた。
「わがままな魔王さんに朗報です! 食卓でデミグラスハンバーグを食べる権利ゲットですよ、おめでとうございます」
「えっと、ありがとう?」
「あ、お昼はこっちです」
少女にクッキーが入った筒の箱を押し付けた。
これでもしお腹壊したら心が痛い……いやでも魔王さんの知らないうちに社会貢献させてあげる私って女神では?
少女はというと私と詩築を交互に見てあたふたしている。獲物を変えた詩築に問い詰められていた途中だったのだろう。
テキトーなことに思考を割いて考えないようにしていたが、詩築が今にも闇堕ちしそうな負のオーラを撒き散らしながらこっちを睨めつけている。
私はエスパーじゃないから目線で訴えられてもわからない! と一応私も目線で伝えてみる。
「…………」
何も言わないんかいっ。
もしや王手だと思ってキメ顔で言ったセリフをスルーされてお怒りかしら……?
「ちょっと魔王さん、詩築に何したんですか」
「え、えぇ?」
「すごい形相で睨まれてますけど」
「ボクじゃなくてキミがね!?」
少女は、デミグラスハンバーグが食べたいとぶーぶー文句を垂れつつもクッキーを頬張り始めた。なんやかんや空腹には勝てないようだ。
冬眠前のリス並にクッキーを詰め込み、口許に粉屑をたくさん付けている。綺麗な顔も行儀の悪さで台無し。おい魔王様のお目付け役誰だよサボるな連れてこい。
「俺、もう戻るわ。そろそろ時間だから」
不貞腐れていた(予想)はずの詩築は随分あっさり帰ろうとする。恐らく友達とゲームをする約束か。彼の日課のようなものだ。
「もういいんだ?」
「なんか冷めた。そこの変なヤツもこっちに迷惑かけなければどーでもいい」
更にお小言を貰う覚悟を決めていたので拍子抜けした。
詩築は再び自室へ篭ってしまった。
「魔王さん、私が席を外していた間に詩築と何を話したんですか?」
「…………特に会話は無かったよ。キミの弟君怖いね! 威圧感が尋常じゃないよ! 魔王のボクでもちょっとだけ緊張した!」
答えるまでの微妙な間と話題の逸らし方が気になる。
「隠し事は良くないですね。吐いた方が楽になれますよ」
詩築に感化されたというかストレス溜まったので犯人を追い詰める探偵風に言ってみる。
「隠すほどじゃないからいいけど。言われたんだよね、凪識がなんでボクを置いてくれてるか判ってんのかって」
「なんででしょーね」
「理解しようとせず優しさに甘えるのはどうなんだ! って叱られちゃったよ」
決して重い話はしなかったよ──と少女は茶化すように笑った。
◇
案の定、クッキー処理担当は私になってしまった。本日のおやつは太りそうなクッキーです。
まあお昼がこれだけは可哀想だよね。
遅めの昼食ということで少女の前には湯気が煌めく白米と電子レンジで温めたデミグラスハンバーグがある。二度目の電子レンジには別段驚かなかった模様。
魔王さんは念願のデミグラスハンバーグに有り付いたにも関わらず物憂げな顔をしている。
「もう少し美味しそうに食べてほしいんですけど」
とげとげしい嫌味な口調になってしまった。
自分が作ったわけではないが、昼間のホットチョコレートミルクのような反応を期待していたのでご褒美を先延ばしされたようなもどかしさがある。
がっかりしたわけではない。ダメージはゼロったらゼロ。
「ごめん、ぼーっとしてた! ほっぺた落ちるくらい美味しいよ!」
「あんなに欲しがってた割には感想が月並みですね」
「うっ……ほんとに最高だよ! 城の食事と違ってあったかいし……お母さんの愛情ってこんな感じなんだろうな」
母の作るご飯には唯一無二の優しさが入ってるから三ツ星グルメより美味しい。料理の腕は関係なくお袋の味は幸せの味。マジで。
この説を提唱したらノーベル賞獲れるかもしれない。
「ま、及第点ってところですか」
「本心だからね!」
小分けにされたハンバーグは白米と一緒に小さな口へと吸い込まれていく。いくら魔王様でも食べる姿は普通の女の子だ。
暫くするとフォークを置いて私に向き合った。
「ボクも訊きたいんだけど、なんでキミはボクがここに住むこと認めてくれたの?」
魔王さんが脈略なくそんなことを言う。
正確には、先程詩築にぶつけられた発言がずっと引っかかっていただろう。
「うーん……。私、道端のダンボールに入れられた子猫とか拾ってくるタイプなんですよ」
まあ、猫より犬派だし実際に飼ったことはないけど。
「可哀想って気持ちよりも面白そうってのが勝つんです。だから魔王さんも私の気まぐれなのでそんなに気にすることありませんよ」
「じゃ、じゃあ気まぐれで捨てることもあるってことだよね」
こんなにも心配する理由が判らないが、不安そうに見つめられると居心地が悪い。
楽観的な私からすると過剰なくらいに見えてしまう。
「生憎小学校のときはいきもの係でした。小学校のうさぎと魔王さんとじゃ大差ないですよ」
グッピーは何匹か死なせましたけどやる気と熱意ならあります。
あの水槽って掃除めちゃくちゃ大変だよね……。加減を知らない小学生はエサをドバドバ入れるからすぐ汚くなる。だからグッピーだってお亡くなりになるんだよ。原因は私じゃない。
「……ふざけないで真剣に答えてよ」
しかし、少女はまだ安心できないらしい。
「ふざけてませんって。魔王さんは人の親切を素直に受け取れないんですか? 疑われて良い気はしないんですけど」
「で、でも、こんな目に遭って簡単に信用できない……。あの時だって親切だと思ってたけど……けど、もう人の考えてることがわかんないの! ボクはキミを、自分の目を信じられないんだよ!!」
少女の口ぶりからは、己の意思ではなく誰かの手で突然名も知らぬ土地に飛ばされたと言っているように思える。騙されて人間不信になっているといったところだろうか。
流石に内情が気になってくるが目を潤ませた状態では聞けないしまた今度でいいや。
「というか魔王さんって人の心が読めるんじゃなかったんですか」
「あ」
「『あ』ってなんですか。『あ』って」
「いやあ……てへ」
涙は蒸発したのか、少女は漫画の萌えキャラよろしくぺろっと舌を出して笑った。
「え……? エンカ早々私の心を読んで脳内に直接話しかけてきたあれ(一話参照)は……」
「だってキミ、全部口に出てたじゃん! 普通に話しかけようと思ったけどボクも焦って変なこと言っちゃったの!」
そんな…………私のマジカル☆魔王ちゃんを返して!
白銀髪のボクっ娘ロリで厨二病な設定みたいだけど妄想じゃなく間違いなく存在していたあの瞬間の私の素直な感動と興奮と歓喜を返して!!!
「あぅぇ、な、なんか、ごめんね……?」
「魔王さんなんか知りません!」
お読みいただき有難うございます。
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