第8話 魔王VS審問官……になるはずだった
「そういや詩築、さっきはどうやって鍵開けたの?」
一悶着あった後、母の作ったデミグラスハンバーグを食べ(もちろん魔王さん抜きで)、細かい事情を話す必要があるため私たちは一旦部屋に戻った。
「鍵? ちょちょいって針金差したらすぐ開いたよ。一階から飯に呼んでも来なかったからさ」
こっわ。
昼食ができたと伝えるためにわざわざピッキングする弟がどこにいるだろうか。私と同じ環境で育っていながら、全く理解できない思考回路に戦慄する。
南京錠でも買った方がいいかもしれない。
「生意気な上にサイコパsじゃなくてイカれてるとかもう手に負えない」
「ねーねー! ボクの分のお昼はないのー?」
「全然言い換えた意味無いけど。つかこの人、ただの虚言癖なんじゃねーの? 魔界云々も根拠ないから信じられないし」
「……どうやって部屋に入ってきたのか説明つかないじゃん」
酷い言い様だが魔王さんは全く意に介してないようだ。
名誉のためにも一応反論しておいた。
「ボクもデミグラスハンバーグ食べたいなー!」
「窓割ったとか、それこそ俺らの知らない技術持ってるかもしれないし、昼から部屋に潜んでたとか、知らねぇけどいくらでもやりようはあるって。疑いもせずにこいつの言うこと鵜呑みにする凪識がどうかしてるんだよ」
詩築は片手にスマホゲームでコンボを叩き出しながら、私の心にもグサグサとコンボを叩き入れる。
普通に考えれば詩築の言うことは正しいし、常人なら行き着くことだ。
でも正直、魔王さんを受け入れたのは頭の回らない夜中のことだったし、保留とはいえ一度受け入れた魔王さんをほっぽりだすのは無理だった。と、言い訳を考えてみる。
「大体、魔王ってなんだよ。役職ならわかるけど名前が魔王って明らかにおかしいだろ」
やっとスマホを置いたと思ったら小馬鹿にしたようにそんなことを言い出した。
「お腹空いたなー! キミたちだけ美味しいご飯食べたなんてずるーい!」
「いやそれは、えーと……魔王さんがそう言ったから……?」
「チッ、もっとマシなこと言えよ」
反論虚しく、詩築に一蹴される。
というか今の高圧的で人を不安にさせる舌打ち、君DV彼氏の素質あるよ。あとゾクッとしたからもう一回やってくれ……る場面じゃないよねすいません。
「なんかこいつに甘すぎねーか?」
「そうかな」
流石に腹立つ言動ばかりのこの弟をどうしてやろうかと考えていたら、詩築が合点がいったという風にわざとらしく手のひらに拳を打ち付け、意味ありげな薄笑いを浮かべる。
「……そういや、凪識って銀髪キャラ好きだったよなー?」
「ボクのこと無視しないでよー!!!」
空気と化していた少女が、机をひっくり返す勢いで立ち上がった。
「もう、誰がなんと言おうとボクは魔王なの! それとボクの分のお昼ご飯持ってきてよー!」
魔王パワーで肩を思い切り揺さぶられ、消化途中のハンバーグがリバースしそうになる。
なんてったって魔王だから平均的な少女の握力はゆうに越しているに違いない。このままじゃ私が壊れてしまう。多分。
こりゃしょうがないよね、魔王さんを宥めるのは私しかいないわけだから。
詩築だってこのネチネチした尋問を中断せざるを得ないよね。
「わかりましたよ。腹の足しになりそうなもの持ってきてあげますから」
「絶対ハンバーグだよ! ぜーったいだよ!?」
そそくさと部屋から出て、ひとまずほっとする。
詩築は母親に似たのかそこそこ勘が鋭い。
気付いてほしくないことは、梅雨の降水確率くらいよく見抜かれる。
そこも含めて誇りに思う弟なのだ。白銀髪と銀髪の違いがわからないこと以外は。だからこそ敵に回すわけにはいかない。
「……なーんで私には遺伝しなかったんだろ」
「凪識、探しもの?」
食卓の上にあるお菓子やらパンやらを物色していると、母さんに声をかけられた。
「ちょっと小腹空いただけ」
「あら、お昼食べたばかりじゃない。育ち盛りなのね!」
成長期真っ只中なのは事実だが、食べるのは魔王なのでその理由で納得されるのは不本意だ。
「そういえば、あっちの棚に賞味期限の近いクッキーがあったはずよ。今日食べないなら捨てちゃうしかないわね」
魔王様には是非ともフードロス削減に協力してもらいたい。
地球に優しくできないやつは人にも優しくできないって誰かが言ってたような私が考えたような気もするしね。
「じゃあお母さんは同窓会があるから! 明日だと思ったら今日だったのよね〜」
外行きの格好に高そうなバッグを持ったお母さんが言う。
ちなみにお母さんが予定を間違えてパタパタするのは日常茶飯事だったりする。
「あ、夜まで帰らないからお夕飯は冷蔵庫にあるもの食べてちょうだい。デミグラスハンバーグもまだ残ってるわ!」
「わかった。行ってらっしゃい」
「行ってきま〜す」
同窓会に感謝というかなんというか。魔王様って運も味方につけてるんですね!
玄関から遠ざかるヒールの音を聞き届けて、私は階段を駆け上がった。
※ピッキングはそんな簡単にできません
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