第7話 母譲りの観察眼
「たっだいまー!」
元気良くドアを開け放して、騒々しく帰宅を告げる母。
「凪識ー? ちゃんと起きてるー!?」
「母さん、おかえり。あと詩築も」
私はゆっくり階段を降りながら答える。
「あーそうそう! アーモンドミルク買ってきたけど、これでよかった?」
母さんはダイニングテーブルに買い物袋を置いて、大きなパックを取り出す。
詩築は早速自室に篭ってしまった。
「うん。ありがとう」
「凪識、ちゃんと朝ごはん食べたの?」
「もうお昼だし、流石に食べてるよ」
母さんは満足そうな笑顔で頷いた。
美容院帰りの母に感想を述べたりと他愛もない会話をしながら、買ってきた食材を片付けるのを手伝う。
見た感じ、今日のお昼はハンバーグだろうか。
「それにしても珍しいねぇ、凪識が自発的に部屋から下りてくるなんて」
唐突にそんなことを言い出した。
母のおっとりした性格を表しているような黒縁の丸眼鏡が光る。
「偶然、水飲みに来たら母さんたちが帰ってきただけだよ?」
「そうなのね!」
…………母恐るべし。
部屋に入ってこられて居候の存在に気付かれるのを危惧しての行動だったが、危なかった。これ以上の追及を避けられてほっとする。
「じゃあ、これからお昼作るから待っててね! 今日はデミグラスハンバーグよ〜」
予想的中。やったぜ。
母さんがキッチン向かったのを見届けて、二階の部屋に戻る。
部屋から出たのを珍しいと言われてしまった。そんなにずっと篭ってたかな……?
でも、変に意識しても墓穴を掘ってしまいかねないので気をつけなければ。
「凪識のお母様はエネルギッシュなんだね」
ええ、そうなんですよ────っておい。
「なんで、許可なく、クローゼットから、出てるんですか?」
ぼーっと部屋に踏み込んだ途端に話しかけられ、飛び上がった心臓を宥めながら少女に尋ねる。
もちろん、後ろ手にドアを閉めて念には念をと鍵までかけた。
「今のセリフ、ちょっとボクが監禁されてるみたいだったよ」
何故か少し顔を赤らめながら少女が言う。
受け取る側に意味不明な癖があるからそう聞こえるんだろ、と反論したいところだが、一応己の態度やら言葉を改めようと思った(思っただけ)。
「魔王さんの声が母さんたちにもし聞こえたら、誤魔化すのに苦労するのは私なんですよ」
「ごめんって〜。次から気をつける〜」
少女は私のベッドに寝っ転がり、私が定期的に購入している私の漫画を読み、私のポテトチップスを貪っている。
寛いでますね。厚かましすぎですね、この魔王様。
「──って、ちょっ!? ポテチをボロボロこぼさないでください!」
「へ?」
「へ? じゃないです! ああっ、脂だらけの指でページをめくるなぁっ!」
血管が何本かブチッといく音がした。
「こればかりは我慢ならないんですけど。ねえ、魔王さん? 居候という大層なご身分で非常に楽しくお過ごしのようですね?」
「あ、あははー…………ごめんなさい」
「ごめんで済んだら警察も要らないし戦争も起きないし罪も償わなくていいんですよ」
「こここここわいよ! ボクが悪かったからペンを逆手に持つのやめて!?」
「これは魔王さんの為なんです。私だって心苦しいですよ? でも口で言っても聞かない子には躾が必要だと思います。ちょっとチクッと……いえ、グサッとしますね」
「ひ、ひぃぃいい! すみませんでしたーっ!!!」
少女がスライディング土下座したあたりで我に返った。
はっ!? 私は今何を……!? とまあ茶番はこんくらいで。
「次同じ過ちを犯したらぶっ刺します」
少女はぶるぶるがたがた震えている。
魔王様の威厳(笑)はどこへやら。
「今回は綺麗に掃除したら許してあげますよ」
「わ、わかったよ。こんなところにキミの逆鱗があるなんて……」
────と、突然ドアが開いた。
「凪識、母さんがご飯できたって」
鍵をかけていたはずのドアを開け、弟の詩築が無遠慮に入ってきた。
「え、あ、うん。ありがとう」
競技かるたの選手にも勝る反応速度で魔王様を背中の陰に隠した。
「…………」
「な、なに? 用が済んだなら出てってほしいんだけど」
「そいつ誰?」
……バレてた。まあ、そうだよね。
詩築が私に、というより少女に詰め寄ってくる。
「誰?」
背後の少女が私の服の裾を力強く握りしめて離さない。
予想外のことに驚いているのか怯えているのか、固まっている。
「えーと、私の友達。二人がいない間に遊びに来てて」
「玄関に靴無かったけど? どこから入ってきたんだろうね」
「え、いやそれは……」
靴の有無なんて確認する!? しますか、そうですか……。
「キミ! 言い訳下手?」
「うるさいですね。自分のことなんだからあなたが答えたらいいでしょ」
相変わらず隠れたままの少女に小声で責め立てられた。
「ボクを隠すのも遅かったし!」
「それは競技かるたの選手に失礼です! 魔王さんはかるた大会の怖さを知らないんですね!」
「なにいってんの? とにかく、弟君にどうやって誤魔化すの!」
「知りませんよ!」
魔王様は、状況から闖入者が私の弟だと察してくれていたらしい。
蚊帳の外に置かれた当の弟君は、感情の読めない顔でこっちを見つめている。もしかしなくても怒ってるよね?
「あー、この子は色々と訳アリで……母さんには言わないでもらえると助かる、かなー」
「凪識……同性同士でも小学生相手じゃ犯罪だよ?」
「いやそんなんじゃないから!?」
考えうる限り最悪の誤解だ。
「もう誤魔化す必要は無いんじゃないかな」
背後の少女が思案顔で呟いた。
「だってほら、キミの弟君はボクに危害を加えるようには見えないし……。そもそも姿見られたから関係ないよ」
元々は精神異常者と思われたくないから隠そうとしたわけで。その点、我が弟なら心配無用と言いたいのだろう。
「わかりました。じゃ、詩築も今から共犯者ね」
「横暴な姉がいつも独断的すぎる件」
「小賢しい弟がいつも生意気すぎる件」
そんなこんなで、少女をここに居させることとなった経緯を詩築に話した。
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