第6話 魔法
そう言って少女は右手をかざし、呪文らしき言葉をブツブツ呟いた。
すると、手から目が眩むほどの光が拡散する。
収まりきらずクローゼットから溢れ出て部屋中が白に染まる。
「まぶしっ……、何してるんですか魔王さん」
「はい、これで完成!」
塞いでいた手を退かして目を開けると、クローゼットの中に空間が広がっていた。
…………え? 広がっていた?
「どう? すごいでしょ! これがボクの魔法だよ!」
「すごい……じゃなくて、何したんですか」
「キミが狭いって言うからクローゼットの中を広げたんだ。上級の生活魔法に空間拡張魔法ってのがあるんだけどね、使える人はあんまりいないんだよ! それにさ、」
その後も少女は魔法について熱弁していたが、よく理解できなかったので割愛する。
クローゼットの中に入ってみると、元の三倍くらいの広さになっているのがわかった。
ぺたぺた触ってちゃんと確かめたところ、壁に穴を開けたわけではないらしい。
折りたたみ式のミニテーブルを立ち上げ、隣の部屋から持ってきた布団を敷くとギリギリになってしまったが、華奢な少女一人が寝泊まりするには十分だろう。
光源は、卓上にスタンドライトを置くことにした。
間に合わせにしては上出来なくらいだ。
「わーい! これでボクの部屋の完成だね!」
「部屋にしては狭いけど問題は解決できましたね。ってかこれ、物理法則どうなってるんですか」
「んーと、じくう? を歪めて、いくうかん? に繋げて…………わかんない!」
ちょっと残念な魔王様だ。
要するに、物理法則なんてものは無視したということらしい。
「まあいいです。部屋もできたので今夜はここで寝てくださいね」
「えっ!?」
「いや、えっ!? じゃなくて」
「ボクと添い寝するの嫌なの……?」
「は? シングルベッドに二人で寝るのは無茶なんですけど」
少女は上目遣いに目をうるうるさせている。
何が言いたいんだ……
「ボク、誰かの隣で寝たの昨晩が初めてだったんだよね……」
「…………とりあえず今すぐその顔やめてください」
「キミが嫌ならいいよ……ボクは一人寂しく眠るもん」
「そうしてください。何はともあれ、母さんたちが帰ってくるのでここに隠れててくださいね」
よく分からない言動は放置。これ大事。
「薄情だな! 昨日は二人で寝たのに!」
「そりゃ床に転がすわけにもいかないでしょう。でも今は布団も用意してありますし昨日とは違いますよ」
少女は頬を膨らませた。
段々分かってきたが、この魔王様は箱入り娘として育てられたようだ。
そんな状態から、いきなり見知らぬ場所に飛ばされて色々と不平不満が出てくるのもわかる。
だからといって、寝床と食事を提供してあげた私が薄情だと罵られる筋合いはないだろう。
「めんどくさ…………。小学生だって一人で寝付けるのに魔王さんはできないんですか?」
「いつもは一人で寝てる!」
「なら、いつものようにしたらいいじゃないですか」
「ここがどこかも、ちゃんと帰れるのかもわからないのに、安心して眠れるわけないよ……」
目を伏せてじっと涙を堪えているような、妙に大人びた顔。
影を落とす白銀髪がきらきら光を反射している。
わがままばかりの少女に僅かな怒りを覚えたが、深刻な顔されると私が悪者みたいで狡い。
それに、歳相応の表情を見せてほしいとも思ってしまうのだ。
「……帰れなくてもいいんじゃないですか」
「え?」
「魔王さんは不安でしょうけど、思い詰めてもどうにもなりませんよ」
「そうだけどっ……」
「野垂れ死にするような目に合ってないだけラッキー、くらいでいいんですよ」
私は魔王様がお気に召さなかった服を畳み直してクローゼットに戻した。
「着替えはここの服から適当に取ってください」
「…………」
「今日はベッドの隣に布団敷いて寝てもいいですよ。家族にバレても知りませんけど」
「いいの……?」
「はい。ほんと、手のかかる魔王様ですね」
少女はまだ不安そうだったが、ほんの少しだけ元気を取り戻した気がする。
私は薄情かもしれない。けど、無理に取り繕った優しさよりずっといいと思った。
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