第4話 お着替え
「これからどうしますかね」
朝ごはん(昼ごはん?)を部屋に持ち込んで、作戦会議をする。
「ボクはいそーろーしたいなっ!」
少女が蜂蜜トーストを頬張りながら言う。
魔王様はあまいものをご所望らしいので、再び文明の利器電子レンジくんに登場してもらった。
「居候って……適当すぎでしょあなた」
「だってー、どーせ帰れないんだし。ボク行くあてないよ? こんな健気な美少女を路頭に迷わせたいの?」
「はあ……私一人で魔王さんを抱えるって、無理ですよ」
私もたまごサンドを口にしながら反論する。
「な〜ん〜で〜! キミが変わりたいって言うから来てやったのにさ……」
「やっぱり私が変わろうとしてるの関係あるんですね」
何故かそこで少女は口を噤んだ。
変わるんだ、と決めた昨晩の意思は嘘ではない。
魔王が我が部屋に落ちてきたというハプニングはあったものの、周りに流されてばかりの自分を変えると決めた。
「まずあなたが何者なのか、何故私の元へ来たのか、何が目的なのかを教えてください」
「だから、言わない! というか言えない!」
「困ります。答えてくれないとうちに置くことも難しいです」
「そんな……ボクは魔界から来た魔王! それ以上でもそれ以下でもないよ。ここへ来た理由は……言えない。けど、目的は強いていうならキミを支援することかな」
「私を支援する……?」
少女は真っ直ぐ私の目を見て言った。
「キミの言う通り、キミが変わるって決めたこととボクの登場は少なからず関係がある。それを色んな形で助けてあげる! ……まあ、今決めたんだけど」
私の知りたい情報は教えてくれないようだ。
「助けてほしいわけじゃないですけど……あーもうわかりましたよ。ここにいていいです! ただ、その分私の役に立ってくださいよね」
「やった! ありがと! 必ず役に立つって約束する!」
「約束、ね……」
「それで今更なんだけどさ、キミの名前はなに?」
「ほんとに今更ですね。まあ言わなかった私が悪いですけど。私の名前は────岾紡 凪識です」
「…………」
「なんでそこで黙るんですか!?」
なにが面白いのか、少女はケラケラと笑った。
「なつねかぁ、良い名前じゃん」
「なんか改めて言われると照れますね」
「いや無表情で言われてもね?」
「話戻しますけど、魔王さんはこれからどうやって生活する気ですか」
この少女と会話すると、どうしても話が脱線してしまう。
「うーーー」
「あなたの素性は置いとくとして、学校とか戸籍はどうするとかお金とか問題は山積みですよ」
「この世界にも学校はあるんだね」
「そっちの世界は魔法学校とかありそうですね」
「なんでわかったの!?」
「……また脱線する予感が」
「ある意味才能だと思うよね。ボクに本題を話すことなど絶対に不可能!」
口の横にパンくずを付けたまま魔王様がドヤる。
「とりあえず目立つので服は替えましょうか」
「スルーしないでよ……あ、ボク着替え持ってないよ?」
「となると、私のを貸すしかないですね」
私は立ち上がってお皿を片付けた。
部屋に戻り、私はクローゼットを開ける。
少女は私より一回り小さい。何を着せてもぶかぶかになるだろうから、サイズが多少合わなくても大丈夫であろうパーカーとジャージのズボン、ショートパンツなどをいくつか選び取った。スカート? そんなものはない。
少女に渡そうとしたが、ハンガーにかかっているワイシャツが目に入ったので手に取る。
「じゃあ、まずこれ着てみてください」
もちろん渡したのはシャツ。気になるだろうから私は後ろを向く。
「着替えたけど……こ、これ、下はないの?」
首だけ回すと、そこにはなんともいじらしく頬を赤らめた少女が立っていた。
「バッチリですよ。……これぞ彼シャツ」
「かれっ、え? なに?」
「なんでもないですよ」
私は親指を立てて、笑顔を貼り付ける。
「なにその笑み……、この世界の住人はこんな恥ずかしい格好をして生活してるの?」
「まあ、そうとも言えますね。今あなたが着てるのはこの星で一番オーソドックスな服ですよ」
何か問題でも? という風に少女を見ると、ワイシャツの裾を握りながら不服そうな声を漏らす。
「嘘だけど」
「はっ!?」
さすがにそんな格好で過ごさせるほどの趣味は持っていない(ほんの出来心だったんです)。
準備していたジャージやパーカーを渡す。
「最初からこれを渡しなよ!?」
「居候させてあげるんですからこれくらいの横暴いいじゃないですか」
「横暴って自覚はあったんだ……。あっこの服の手触りいいね。あとこれも」
彼女が選んだのは紺色のパーカーと白いホットパンツだった。それに着替えている間、私は再び後ろを向く。
「それにしてもさあ、キミの服地味な色が多いね。明るい色ないの? あと、ボクの服みたいな可愛いのとかさ」
「私に女子力を求めないでください。消しますよ」
「ひっ……魔王たるボクがキミに消されるわけないじゃん、やだなぁ……はは」
これでもれっきとした女子だぞ! ふざけるな!
「でも、魔王さんこそ普段からゴスロリ着てるなんて相当な趣味ですよね」
「ふん、ボクの一張羅をバカにしないでほしいなあ。魔王城では専属の仕立て屋だっていたんだよ」
「スゴイデスネー」
やっと着替えが終わったらしく、私は少女の方を向く。
「似合ってますね。侮辱された気分です」
「なんで!? ま、まあ、ボクは魔王だからなんでも似合っちゃうんだよね」
美少女なだけあって、誰でも着れるようなデザインの服も憎たらしいほど似合っている。
白銀髪ずるい。
「ボクの一張羅汚しちゃったらどうしようか心配だったから別の服くれて助かったよ。あの服、特注品だし高かったんだよね」
「感謝して出て行ってくれて構わないですよ」
「感謝はするけど、追い出そうとするな!」