脱退宣言
もう、ここにはいられない。
ギルド狩りの間も、まざまざと痛感させられた。
拠点のある街から西にある遺跡群の一角。それが今回のギルド狩りの舞台だ。エリアによって幅広いレベルのモンスターが棲息しており、ギルドメンバーたちはいくつかのパーティーを組んで戦う。
この時もライアンとウィリアは同じパーティーで、リルフィーナは別のパーティーに組み込まれた。
二振りの短刀を舞うように振るうウィリアと、立派な拵えの長剣を振るうライアン。
前衛の二人は当たり前のように時に寄り添い、時に連携し合って魔物を仕留めていく。
自分が不在の時も、ああして一緒に狩りをしていたのだろうか?
周りの人たちもその様子を当たり前に受け入れて。
(……知らなかったのは、私だけなの?)
ライアンとリルフィーナが恋人関係にあることは、特に公言していた訳ではなかった。元々兄妹のような間柄からの発展だったから、仲睦まじくてもそういうものだと、付き合っているなんて思わずに見ていた者もいるだろう。
――今もし、ライアンが相手を乗り換えたと、或いはウィリアが彼を奪ったと発覚しても、誰も自分の味方になってくれる人なんていないのでは。
悪い方にしか考えられない。
絶望的な思いが、リルフィーナの胸に吹き荒れていた。
薄暗い遺跡の影、周りに仲間たちがいる筈なのに、まるで自分ひとりが取り残されてしまったかのような感覚。
「危ない!」
鋭い声が聞こえてリルフィーナがはっとすると、崩れた壁の影から現れた素早い甲冑姿の骸骨、スカルソルジャーが迫るところにパーティーの剣士が割って入ってくれたところだった。
彷徨っていた思考が一瞬で切り替わる。
「〈ファイアバレット〉!」
短い詠唱で生じた無数の炎の礫が、吸い込まれるようにスカルソルジャーに直撃した。
苦悶の声を上げるように見を捩り、炎に焼かれる骨のモンスターを前衛職たちが囲み、あっという間に倒してしまう。
「あ、ありがとうございます」
自分の迂闊さを反省しながら例を言ったリルフィーナに、剣士は笑って首を振る。
「いやぁ、俺が出しゃばらなくても大丈夫だったかもな。詠唱早いし」
「そんなことないです」
確かにこのエリアで通常遭遇するくらいの敵だったら、ソロでも戦えるだろう。けれどそこまで強くなったのは自分ひとりの力ではないし、今だって気を抜いている状態では危うかったのは確かだ。
仲間が必要であることは、痛い程感じている。
それにみんな、気のいい人たちだ。
ひとりひとり、ギルドを盛り立ててくれる素敵な人たち。
悪い人なんていないと分かっているのに、それでも。
それでもリルフィーナは、ギルドの面々を信じきれなくなっていた。
同時に自分が嫌になるし、惨めさが滲む。
(だから私は――私じゃ、ダメなんだ……)
だから、きっとライアンの隣にいるのも認められなかっただろうし、だから彼も自分以外を選んだのだ。
起用貧乏の小娘なんかよりも、ウィリアのような大人の落ち着いた女性の方がその場所に相応しいと、誰しもが思うだろう。
だけど、そんな光景を見続けるのは耐えられない。
大切な人が自分への気持ちを忘れて、別の人を傍に置いて祝福される様子をいちメンバーとして見続けることなんて、できない。
(ああ……もう、ここにはいられない)
前衛たちが斬り結ぶモンスターに攻撃魔法を放ちながら、心は空虚だった。
このギルド狩りが終わったら。
胸の中でそう、決意は固まっていく。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その日のギルド狩りは、日が傾く前に終わった。
どちらかというと安全性重視の場所選びと指針だったから、大きな怪我をした者は誰もいない。
街に戻ってギルドの会計を担っている商人クラスのメンバーにドロップ品の清算をして貰い、レアなアイテムは必要としている者が買い取り、後はその日の感想や狩りを踏まえて「こういう時どうするか」などの話に花を咲かせる。
自分の視点にはない他者のやり方などを知ると、なかなかいい勉強になる。けれど今のリルフィーナにとっては、それよりも重大なことがあった。
「あの……」
和やかな空気を邪魔するのは申し訳なく、肩を窄めるようにして声を上げる。
「皆さんに伝えなきゃいけないことがあるんです。私……今日を最後に、ギルドを抜けます」
「えっ?」
「え……」
寝耳に水の脱退宣言に、皆驚きや戸惑いを露わにする。
楽しい空気を壊してしまったことを、リルフィーナは酷く申し訳なく感じた。
「ど、どうして? 何かあったの」
静まり返った場で口火を切ったのは、クラウだ。
「……実は、実家の家族が大変で……」
とてもではないが本当のことは言えなくて、咄嗟にまろび出たでっち上げに内心自嘲が込み上げる。
家族。確かに、『家族のような存在』はいるけれど。
「そうだったんだ……」
「だから元気がなかったんだね」
仲間たちも口々に気遣わしげな声を漏らす。
家族の問題がと言われてしまえば、引き止めることもできないだろう。
ごめんなさい、とリルフィーナは心の中で謝罪した。
「リル……」
吐息のように微かな声がした方を見ると、目を見開いたライアンがこちらを見詰めていた。
どうして。
どうしてあなたが、傷付いたような顔をするの。
そんな彼の顔を見ていると、込み上げてくるものを感じて目を逸らす。
泣いてはいけない。
こんなところで、泣く訳にはいかない。
心変わりした恋人と、沢山の人たちがいる前で無様に泣き出す訳には。
ぐっと奥歯を噛み、リルフィーナは胸から溢れ出そうな感情を殺し続けた。