魔術師たちの長
「ギルド長から、リルフィーナにご指名がありましてね」
朝食の席でニコルが告げる言葉に、スープを掬っていたリルフィーナの手が止まる。
「ギルド長というと、魔術師ギルドのギルマスさん……」
「ええ、そうです」
魔術師ギルドのマスターといえば、この魔法都市サムサラを含む地方の領主でもある大貴族だ。
一応魔術師ギルドに所属しているリルフィーナも、会ったことはない。
だが、今回の件には塔の地下に封印されていた悪魔のことも関わっている。そちらは逃してしまったが、襲来したその片割れに対抗し、封じたことでギルド内でも少なからずリルフィーナへの注目が高まっているようだった。
それだけ渦中の重要人物であれば、ギルド長が面会を求めるのも、さもありなん。
「あなたの都合がついたらとのことなので、体調に問題なさそうでしたら今日、いかがでしょう?」
「き、今日ですか……」
いきなり偉い人に会うことになってしまって、正直戸惑うところだ。
『何キョドってんだよ』
傍らでブドウを丸かじりしていたノーグが見上げてくる。
元々がぬいぐるみだったものが食事を摂るというのは、不思議な光景だったが、どうやら封じたことによって魔法生物じみたものに変容しているらしかった。
食べたものはエネルギーとなるようだが、物質的なものがどこへ消えていくのかは謎だ。
『お前は、俺様ほどの大悪魔を封じて従わせてるんだぞ? 堂々と会いに行きゃいいだろ』
「そう言われても……」
「まあまあ、あたしもニコル先生も一緒に行くから。大丈夫よ、ねっ」
励ますようなセリの言葉に、それならと頷いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
秋晴れの空は天高く蒼く、夜間に降っていた雨もすっかり乾いていた。
被害を受けた繁華街の一部は、復旧作業のさ中だ。
土属性の魔法が得意な魔術師が借り出され、補修に重宝されている。報酬の割がいいからか、中には冒険者も混じっていた。
「『ヴァンダリスの悪魔』って、二匹で昔の大きな都を滅ぼしたんでしょ。昨夜はそれが揃っててこの程度で済んだのなら、かなりいい方だったんじゃないの」
復旧の様子を眺めながらセリが言う。
確かにそうなのだけれど、家を焼け出された人々がいることには変わりないのだ。その人たちが心身に傷を負っていないかは、気懸かりだった。
「ん~、リルは優しいなぁ~」
「普通だと思うけど……」
セリは自分に甘いと、リルフィーナは思う。
悪い気はしないけれど、あまり甘やかされると自分がダメになってしまわないかと不安になったりする。
自分は孤児だったし、将来を約束した相手ももういない。きちんと自立して生きていかなければと思うのだ。
ニコルやセリは確かに頼りになる人たちだ。でも、頼りすぎてもいけないと考えていた。
「そろそろ行きましょうか」
セリと話しているところをにこにこしながら眺めていたニコルが、声を掛けてくる。
「うん、ありがとうね先生。ギルド長の家と反対なのに寄らせて貰って」
「いえいえ、私も現場周辺の状況を見ておきたかったですし」
礼を言うセリに、ニコルは笑顔のまま首を振った。
『なんだ、わざわざ遠回りしてこんなところを見に来たのか。じゃあさっさとそのギルド長の家とやらに行こうぜ』
「あなたがやったのよ?」
一方、悪魔ノーグは自分が元凶だというのに、全く悪びれた様子もなく退屈そうだ。リルフィーナは咎めるように軽く睨む。
ギルド長との面会で、この悪魔がどういう扱いになるか、今は分からない。
ただ、少しでも解って貰えないだろうかと感じてしまう。
彼のような存在にとって、人間はちっぽけな存在かも知れない。それでも、身を寄せ合って助け合い、懸命に生きているのだということを。
色々と考えているうちに、リルフィーナたちは再び上流層が住まうエリアへ移動していた。
サムサラのシンボル、中央の塔にもほど近い領域に、街並みと雰囲気を同じくしながら豪奢な装飾が備えられた門が構えられていた。
門番をしているのも、魔法の心得を持つ武人のようだ。
「ここが、魔術師ギルドのギルマスさん……サムサラ公ロイス様のお屋敷……」
圧巻の佇まいを見上げてしまう。
この国の魔術師の総元締めで、それ故にこうして街の一角に居を構えてはいるが、郊外にも城を持っているという。
皇家の傍流というだけあって、スケールが大きい。
「うはー、立派なお家だねー」
家令の案内を受けながら、セリも建物内を見物している。ニコルの屋敷も立派なものだが、もっとシンプルで落ち着く感じだった。
応接間もまた絢爛で、どこに視線を置いたらいいのか分からない。
とはいえ、お茶や軽食と一緒に華やかなお菓子が運ばれてくると、そちらを見てしまう。美味しそうなものには弱いのだ。
「どうぞ、お寛ぎになってお待ち下さい」
という家令の様子からも、今日は呼び立てられて説明をするというよりも、個人的に会って歓談でもするという感じの雰囲気を察した。
でも相手は、普通ならとても会う機会もないような大貴族だ。どう話したらいいのか見当もつかない。
ニコルとセリに挟まれて座るリルフィーナは、肩を強張らせながら薫り高いお茶をすすった。
『おっ、これなかなかイケるな! お前も食ってみろよ』
こちらの緊張を他所に、ノーグはテーブルの片隅に陣取ってスコーンを頬張っている。流石悪魔、遠慮のえの字もない。
とその時、応接間の扉が開いて侍従を伴った紳士が入ってきた。
年の頃は五十に差し掛かるくらいか、魔術師の実年齢は見た目では判断できないが、品と威厳を兼ね備えた人物であることは確かだった。
この人が魔術師ギルドのギルド長、この街で一番偉い人。
「お待たせしたね。……ああ、寛いだままで構わないよ」
カップを置いて頭を下げるリルフィーナに、ギルド長は穏やかに声を掛ける。
「リルフィーナ君だったね」
「は、はい」
名を呼ばれて恐縮してしまう。
そんなリルフィーナを見て、ギルド長は優しげに目尻を下げた。
「昨日の活躍は聞き及んでいるよ。君が早々に襲来した『ヴァンダリスの悪魔』の片割れを封じてくれたお陰で、この街の被害も最小限に抑えられた」
称賛を受けても、複雑ではあった。
自分が対抗できたのは、己の中にあった未知の力のお陰でもあるし、あの医師との共闘があったからこそだったのだ。
しかし結局彼こそが親友殺しの犯人で、その上この街に封じられていた方の悪魔と共に逃してしまった。
活躍と言われるには、あまりにも苦い。
「思うところはあるだろうが、君は立派に自らのやるべきを果たしたのではないかな」
ギルド長の言葉に、隣でニコルがうんうんと頷いている。
そしてギルド長は続けた。
「我がギルドにも優秀な若者が育ってくれているようで何よりだ。そうだな……君さえよければ当家の養子になって欲しいくらいなのだが」
「え……。えぇっ?」
藪から棒に出てきた言葉には、流石にびっくりしてしまった。
リルフィーナが目を瞬かせていると、ギルド長は軽く声を上げて笑う。
「はは……私には娘がいたのだが、随分前から行方知れずでな……後継も育てねばならんというのに、これがなかなか」
セリが小声で囁く。
「ここんちの子になったらリル、公女様ってこと? うわぁすごいじゃん!」
「ちょ、ちょっとセリ……」
流石にいくらなんでも分不相応だ。
リルフィーナはただの平民。魔術師になる時にニコルの後見を得たのだってすごいことなのに、公爵家の養子云々なんて話はとんでもなさすぎる。
「まあ、この件はとりあえず置いておくとして。君が封じた悪魔についてだが……」
ギルド長は、繊細な花の形のクッキーを無遠慮に食い荒らしているノーグに目を向けた。
「ある程度従属はできているようだし、この封印方法なら君が制御できないほどの力を出す不安もないだろうな。リルフィーナ君の使い魔として、君に一任しよう」
「本当ですか」
「ああ、それに……片割れの気配を感じ取ることもできるようだから、それを役立てて貰うことも考えている」
そう言って、ギルド長は改めてリルフィーナを見据えた。少女も思わず背筋が伸びる。
「これは魔術師ギルドとして、正式に冒険者であるリルフィーナ君への依頼とする。パルスと名乗っていた男の行方と目的を探り、よからぬことを起こそうとしている場合は阻止すること」
その身柄と悪魔の片割れの確保は可能であれば行うという形で、ギルド長は依頼を出してきた。
リルフィーナとしても、それは望むところだった。
あの男とまた会うのは怖い、悲しいという気持ちもある。けれど、今もエステルの魂を捕えたまま、何かに使おうとしている。
それを阻止して、彼女の魂を解放すること。
命は返ってこなくても、やったことの償いをして貰うこと。
どちらも必要なことだと思うから。
「その依頼、お請けします」
決意を込めた瞳で、頷いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あまり手を付けられなかったお菓子を、お土産に包んで貰ってしまった。
「ご好意なのだから、頂いていいんですよ」
とニコルが言うので受け取ったけれど、こうも高級そうな食べ物をホイホイ貰えてしまうのはすごいな、と上流層の暮らしぶりを眺めてしまうリルフィーナだった。
「依頼を受けたってことは、またサムサラを離れるんだよね」
「うん」
セリの声に頷く。
ここでの滞在はゆっくり腰を落ち着けることにはならなかったけれど、それは目的ができたからでもある。
(エステル……)
命が失われても尚自由になれない魂を、救わなければ。
「それ、あたしも一緒に行くからさ。ついて行ってもいい?」
「えっ?」
突然の申し出に、リルフィーナは目を丸くした。
それに、にっと歯を見せて笑うセリ。
「あたしもそろそろ、修行の旅に出ないとな~って頃合いだったんだ。冒険者にも興味あったし」
と言いながら、ニコルの方をちらりと見る。
「それにニコル先生もさ、『リルをひとりで旅立たせるのは心配で~』って泣いちゃうから」
「いやぁ……そんな風に言われてしまうと、恥ずかしいですね」
恥ずかしいと微笑みながら、ニコルは否定する気はないらしい。
ノーグを連れた一人旅になるかも知れないと思っていたリルフィーナだったが、セリが一緒なら心強いことこの上ない。
「ありがとう……セリがいれば百人力だよ」
『いや俺様もいるぞ?』
肩に停まっているノーグが突っ込むが、リルフィーナはプイッと横を向いた。
「だってノーグは悪い子だもん、いい子になるまで頼りになるカウントには入らないよ」
『なんだそりゃ、俺様は悪魔だってのに……』
不満げなノーグはともかく、和やかに中庭に面した回廊を歩いている時だった。
「お嬢様……!」
こちらに向かって、老いた女性の使用人が急ぎ足で近付いてきた。
「お戻りになられたんですね、お嬢様……」
「え……? えっと……」
「お嬢様がいなくなられてから、わたくしめは……!」
涙ぐんで自分に訴え掛けてくる女性に、リルフィーナは戸惑う。そういえばギルド長の娘は行方不明になっていると聞いたけれど、自分とは年も随分違う筈だ。
「ああ……その方は主人のお客様よ。あの子ではないわ」
ローブ姿の女性が現れ、メイドたちが老女を宥めながら連れて行った。
「ありがとうございます、奥様」
ニコルの礼に従って、ローブの女性にぺこりと頭を下げる。ギルド長の婦人も魔術師で、ギルドの重鎮らしかった。
婦人は「いいのよ、こちらこそ驚かせてしまってごめんなさい」と少し寂しそうに応える。
「彼女は娘が幼い頃から見てきたから……きっと現状が受け入れられないんでしょうね」
婦人やあの老女の様子を見て初めて、リルフィーナは絢爛な屋敷の様子が少し違って見えた。
どういう事情があってかは分からないし、知りようもない。
けれどこの屋敷から娘が姿を消す前は、きっと今より明るい雰囲気に包まれていたのだろう。
いなくなった者に心を引き摺られた者の様子に後ろ髪を引かれながら、リルフィーナはギルド長の屋敷を出た。
自分もきっと、長く引き摺ってしまうことになるんだろうなと思いながら。




