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修羅場と回顧

「ライアン……。ウィリアさんと付き合ってるの?」


 少女の問いに、室内は気まずい沈黙に包まれた。

 ここはギルド『黒猫の足跡』が拠点としている家屋の、ギルドマスターの部屋だ。

 メンバーたち数人と集まってちょっとしたミーティングができるように、他の団員たちより少し広めな部屋が割り当てられている。

 広さの割にはこざっぱりとしていて、そこに暮らす者の質素さや素朴さを醸し出しているようだ。

 今、この部屋にいるのはたったのふたりで、なんとなく空間を持て余しているような気配も漂う。


「…………ああ」


 重い空気を吐き出すように、部屋の主であるライアンはやっと頷いた。

 予想はついていたのに――

 問いを投げ掛けた少女、魔術師のリルフィーナはすうっと頭の中が冷たくなって、気が遠くなるような感覚に襲われた。

 立っているのも覚束ないような、自分がここにいること自体も現実味がないような。

 首から上は凍りついたようなのに、心臓が激しく騒いでいる。


「……私の、ことは……?」


 どうなるの?

 そう眼差しに込めてライアンを見詰めると、彼は目を泳がせた。


 ああ、もう。

 真っ直ぐ見詰めても、同じようには返してくれないんだね。


 心に点っていた灯火が風前に消えゆこうとしているのを押し留めるように、リルフィーナはぎゅっと胸元で拳を握り締めた。

 ひとつの恋が、終わろうとしている。


「だって、リルは……ずっと『妹』だったから」


 青年は苦し紛れを紡ぐ。

 歯切れの悪い言い分には、想像していた程の衝撃はなかった。


「そう」


 少女の唇からはたった一言、呆けたように零れただけ。

 いつの間にか俯いてしまっていた顔を上げ、リルフィーナは唇を引き結んだ。

 いつものように、笑みを浮かべられない。

 自分の中で歯車が噛み合わなくなったみたいに、普通の姿でいることができない。

 ただ、今はこの場から離れたい。

 ここにいたくない。

 その顔を、見たくない。

 潰れそうな胸を震わせながら、リルフィーナはぎこちなく口を開いた。


「今日は、疲れたから……もう休むね」

「リ、リル……」


 たじろぎながらもどこか心配そうなライアンに、かかずらっている余裕はない。

 振り向くこともなく、部屋を扉を閉める。

 早く自室に戻らなければ、何もかも足許から崩れ落ちてしまいそうだった。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 リルフィーナがライアンと出会ったのは、彼女がまだ冒険者になったばかりの頃だった。

 同郷の冒険者づてに知り合った彼が、先輩としてリルフィーナを育ててくれたようなものだ。

『黒猫の足跡』の前に入っていたギルドも、元々所属していたライアンが誘ってくれたものだった。


 まだ幼かったリルフィーナから見れば、既に数々の冒険を経てきた年上の青年は眩しい存在。

 彼やギルドの仲間たちと様々なところを旅しながら、兄妹のように過ごしながら……リルフィーナは青年を慕っていた。

 やがて当時のギルドは、その長が引退を余儀なくされる程の怪我を負って解散、当時の仲間たちも別々の道を歩むことになる中で、ライアンが言ったのだ。

 新しいギルドを作るのだと。

 そして彼も、リルフィーナと同じ気持ちを抱いているのだと。


 幸せだった。

 大好きな人を支えてギルドを設立し、新しい仲間も増えて、みんなと一緒に冒険して。

 時々、ふたりきりで狩りに行ったり、各地の街や名所を巡ったりもした。


 楽しかった。

 ライアンは以前のギルドにいた頃、一緒に過ごすことの多かったしっかり者の司祭の女性からは頼りなく見られることが多かったようだったけれど、リルフィーナは彼のそんなところも好きだったのだ。

 確かに落ち込み易かったり優柔不断なとこともあったけれど、何より優しかったから。

 今思えば今回のことも、そういった部分が少なからず関わっているのだろうが……。




 とある古都の露天商から、魔除けの術が掛けられているという髪飾りを買って贈ってくれた時の笑顔を思い出す。


『これ、リルの好きな花だろ?』


 リルフィーナの故郷でもありふれた、野に咲く名もなき白い花の意匠。

 特に何か言っていた訳ではないのに、彼はリルフィーナがその花を好きだと気付いていたのだ。

 乳白色と薄緑の鉱石で作られた、素朴で可憐な花をリルフィーナの髪にすげて、青年は「似合ってる」と優しく微笑む。

 高台を流れる風が清々しく、遠くから響く鐘の音を聞きながら。

 どちらともなく手を取り合って、古い街並みを一緒に眺めていた。

 この時間がずっと続けばいいと、そう思いながら。

 ある時、教会の前で純白の衣装に身を包んだ一組の夫婦が周りから祝福されている際に鳴っていたのと、同じ鐘の音色。

 幸せそうな花婿と花嫁の笑顔に素敵だな、と羨望の眼差しを注いでいると、ライアンがそっと耳元で囁いた。


『リルが大人になったら、俺たちも結婚しよう』

『……!』

『その時は指輪と、お前に一番似合うドレスを用意するから』

『うん、うん……』

『約束だぞ』

『うん、約束』


 あの時は嬉しくて胸がいっぱいで、涙が出そうだったのに。




 やがて有力ギルドの一端に名を連ねるようになった『黒猫の足跡』は、ギルドの拠点を今の場所に移した。

 いくつもの高難度のダンジョンにも足を伸ばし易い、このブリアン王国の都へ。

 それがほんの、三ヶ月ほど前のことだったのに。


 どうしてこんなことになってしまったのだろう。




 彷徨う思考に浮かされながらもなんとか自室に戻ったリルフィーナは、糸の切れた人形のように力なくベッドの縁に座り込んだ。

 瞼の裏に浮かぶ、今日起きたこと。今までのこと。

 これが悪い夢であるなら、どんなによかっただろうか。

 その身に纏わりつく疲労感と心に受けた衝撃が、リルフィーナの瞼を微睡ませた。

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