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ヴァンダリスの悪魔

 それは、ぬばたまの闇を切り取ったかのような、黒い獣の姿をしていた。

 大きく曲線を描く、一対の角を持つ獅子のような影。

 二本の足で立ち、腕組みするように前足を絡め、石畳の上に降り立ったそれは、計り知れない禍々しさを滲ませていた。


『……この辺りだと思ったんだがなぁ』


 喋った。

 ただのモンスターではなく、知性があるらしい。

 それに、この姿も何かの書物で見た覚えがある。

 リルフィーナが記憶を浚う間に、緊迫した顔のディノが黒い獣からリルフィーナたちを守るように立って杖を構えた。


「お前は『ヴァンダリスの悪魔』!? 地下の封印が解かれたとは聞いていないぞ!」


 ヴァンダリスの悪魔。

 ディノの言葉に、リルフィーナの頭の奥にしまい込まれていた知識が引き出される。

 太古の時代に築かれた、巨大都市を一夜にして滅亡させた強大な力を持つ悪魔。古い魔物辞典に載っているような存在だったが、その挿絵は目の前にいる二足歩行の獣の特徴がよく出ていた。

 黒い獣は鼻で笑うような仕草をする。


『そういや、人間は俺たちのことをそんな風に呼んでいたか。だがここの地下にいたってのは、俺様のツレだ』


 そして、鋭い指の爪で自らのこめかみ辺りを掻く。


『そいつの封印が解かれたのを感じたから、遥々会いに来てやったってのに……ここに来て気配が曖昧になっちまった。お前ら、何か知らねぇか?』


 知っているも何も、『ヴァンダリスの悪魔が』二体一対の存在であることも今知ったばかりなら、サムサラの地下に封じられているその片割れが解き放たれたことすら初耳だ。

 役職も持たない一介の魔術師であるリルフィーナはともかく、魔術師ギルド幹部の秘書官の立場にあるディノですら知らないということは一体どういうことなのだろう。


『まあ、探せばそのうち見付かるかぁ。今はそれよりも、だ。しばらく寝ていたから、俺様はちと空腹でな』


 獣の爛々と輝く瞳が、リルフィーナを見た。


『丁度いいところに、魔力の高い美味そうな生娘がいるじゃねぇか』


 ぞくり。

 リルフィーナの背筋に悪寒が走る。

 まだ距離もある、殆ど動きのない悪魔から発せられるどす黒い圧に呑み込まれそうだ。

 次の瞬間、前に立つディノが魔法障壁を展開した。


「逃げて下さい! 我々では到底太刀打ちできない」


 気付けば街のあちこちで警報音が鳴り響き、中央の塔は非常事態を表す赤い光を帯びていた。

 遠くてよくは聞こえないが、結界が破られ何者かが侵入したこと、民間人に避難を促す旨の音声も流れているようだ。

 咄嗟にリルフィーナは考えた。

 今狙われているのは自分だ。

 だが、民間人であるパルス医師も巻き込まれる危険性が高い。

 ディノがどれくらい時間を稼げるかは分からないが、とにかくパルスを安全なところへ避難させるのが先決だ。


「どうかご無事で! 先生、行きましょう」

「あ、あぁ……」


 ディノの無事を祈り、パルス医師の手を取る。街で普通に暮らしていれば、そうそうこんな事態に遭う機会なんてないだろう。

 恐怖か戸惑いか動揺か、少し動作の鈍くなったパルスの手を引いて走り出そうとした直後。

 派手な破裂音と共に、魔法障壁ごとディノが吹き飛ばされた。


「ぐあぁッッッ!」


 そのまま、彼は建物の壁に激突する。


「ディノさんっ!」


 気を失っているのか、リルフィーナの呼び掛けに反応はない。

 悪魔は首の後ろに片手をやって、やれやれといった風に肩を上下させた。


『っか~、いいのは威勢だけかよ。外の結界といいこいつといい、近頃の魔術師ってやつは随分弱っちくなっちまったもんだな』


 つまらなさそうに呟いて、悪魔は再びリルフィーナを見据える。


「待てっ……」


 悪魔をパルスがリルフィーナの前に出て、その背に庇おうとする。


「先生! ダメだよ、危ない!」


 いくら相手が大人の男性でも、自分が小娘でも、荒事に慣れているのは己の方だ。

 そんな自分であっても、敵わないかも知れない相手。

 相応の熟練者であるディノを、一瞬にして排除してしまう悪魔。

 この状況から逃れることは、まず不可能だろう。

 悪魔が発する重圧と自らの内から込み上げる恐怖に抗い、リルフィーナはパルスを庇い返すように、一歩前に出た。

 感じる、悪魔の周囲に禍々しい魔力が充満しているのを。

 彼は身動ぎひとつせずとも、容易く自分を殺せる筈だ。

 気力を振り絞って、少女は悪魔を見上げ、睨んだ。


「私の魂を食べたら、先生とこの街を見逃してくれるの?」

「リルフィーナ、なんてことを……!?」


 パルスの咎めるような声にも、振り返らない。

 ただ、悪魔の黄金色に輝く瞳を見ていた。

 ククッ、と悪魔が笑う。


『へえ……今時そんな潔いことを言う人間がいるとはなぁ。清らかな魂ってやつか、上等だ』


 楽しげな様子で、悪魔は片手の人差し指を少女に向けた。


『約束は守ってやるぜ。それから……その魂に免じて、苦しまねぇようにしてやる』

「待――」


 パルスの制止の声も虚しく悪魔の指先から放たれた光線が、一直線上にリルフィーナの胸に吸い込まれる。


「――ッッッ!」


 心臓から全身に広がる衝撃に息を詰まらせたまま、少女の視界は真っ白になった。

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