囮は却下!
「人攫いが夜、外にいる女の人を狙っているなら……」
「それはいけない」
思案しながらの呟きは、パルス医師によって最後まで言わせて貰えなかった。
「同感です」
ディノもうんうんと頷いている。
まあ、そうだろう。
聞き込みの時点で大人の男性二人が付き添っているのに、リルフィーナが犯人を誘き寄せる囮をしようとしたところで通る筈もない。
「そんな顔をしてもダメだよ」
じとぉ、と二人を見上げていたら、パルスに苦笑されてしまった。ディノがはぁと息を吐く。
「もしリルフィーナさんがひとりでいるところに、不埒な男が声を掛けでもしてきたら、私はニコル様とセリさんに殺されてしまいます」
「声を掛けられただけで!?」
流石にそれは大袈裟ではと思ったものの、ニコルはともかくセリは可能性がなくもない……かも知れないとうっすら思い浮かべる。
自分のことをすごく可愛がってくれているのを理解している分、その反動は計り知れない。
「囮作戦がダメだとして、どうしたらいいのかな……」
感知系の魔法なら、何者かが誰かに害意を持って近付いたことを知ることも可能だけれど、ここは繁華街。
静かで集中できる場所であれば、広範囲を探知することもできるだろうが、何かと賑やかなエリアだ。酔っぱらいの喧嘩などもよくあるし。
顎に手を当てたパルスが言う。
「どの道、拐かしが起きているのはそれなりに遅い時間のようだね」
「でしたら、長時間安全で落ち着ける場所を確保しましょう」
そんなこんなで、ディノが行きつけの店の二階にある部屋を借りてくれた。
大衆的な酒場とはちょっと違う、大通りから一本入ったところにある、落ち着いた雰囲気の店だ。
上の個室も小洒落た雰囲気が漂っている。
いかにも大人の紳士淑女がしっとり酒を楽しむところ、という雰囲気に、リルフィーナも思わず緊張してしまった。
それを見たディノが微笑ましげにふふっと笑う。
「塔の外で仕事の話などをする時に、よくお借りするんですよ」
「そ、そうなんですか」
ベルベットが貼られた椅子の触り心地に、何度も肘置きを撫でながら相槌を打つ。
どうやら部屋の準備をした店員の心遣いで、室内には森の中のような爽やかでほっとする香りの香が焚かれていた。
ここなら表通りの喧騒も届かないし、精神を集中させるにもぴったりだ。
「カウチもあるから、眠くなっても大丈夫だよ」
「何言ってるんですか、寝ませんよっ」
洒落たインテリアで仕切られた室内を見て回ってきたパルスののんびりした声に、リルフィーナはきりりと眉を釣り上げた。
物見遊山に来た訳じゃない。
エステルの命を奪った犯人に、繋がるかも知れないのだ。
リルフィーナは窓辺に椅子を運び、姿勢を正して精神統一を始めた。
自らの摩力が、霧のように周囲に広がっていくところをイメージする。
「……〈ディテクトマリス〉」
さあ届け、遠く、遠く。
今夜も誰かの身が危険に晒されているなら。
余さず自分の許に知らせて欲しい。
感知の魔法を発動してから、約二時間ほど。
「すごい集中力だね」
冷めた紅茶を飲みながら、パルスは呟いた。
視線の先には、窓辺に掛けて指を組む少女の姿。彫像のようにピクリとも動かず、僅かに魔力を発し続けている。
「地道に精神修養を重ねてこられた賜物でしょう」
「精神修養……瞑想みたいなものかい?」
「ええ、冒険者となる方は、そこまで熱心ではない分野なのですが……」
ディノが掻い摘んで説明した。
こうした己の精神を練磨し、自らを高める修練は魔法職の中では一般的だが、短期的な威力を求められる攻撃魔法を主に行使する『冒険者としての魔術師』はあまりやらないものなのだと。
「自らの素地を広げたり、魔力のコントロールが上手くなったりとメリットもあるのですが……地味ですからねぇ」
派手さと火力を求める者たちには、人気がないようだ。
むしろ、さして重要視されないのが普通と言うべきか。
「とすると、あの子は冒険者としては変わり種になるのかな」
「ニコル様が後見になられた際、手解きを受けたのもあるでしょうね」
「なるほど……」
リルフィーナは世間一般の冒険者よりも、専門のギルドで修練や研究に励む手合いにやや寄っているのだろう。
パルスは思案げに続ける。
「塔に入った方が、身柄の安全も保証される?」
「討伐任務などがないとは限りませんが、冒険者よりは確かに安全かも知れませんね。ニコル様の庇護下にもなりますし」
答えて、ディノはふっと目を細めた。
「随分と親身に案じられておられるんですね。やはり、事件のこともあってですか」
「まあ、それもあるし……単純に、冒険者って危険も多いだろうからね。なんせ小さい頃から見てきた子だ、心配してもおかしくはないだろう?」
と肩を竦めるパルス。
話したこと以外にも、リルフィーナの身の安全を気に掛ける理由はあるようだったが、ディノはあえて突っ込んだことまでは聞かなかった。
人には、色々あるのだ。
「――……!」
その時だった。
瞑想にも似た状態だったリルフィーナが、瞼を開いて顔を上げる。
「見付けたのかい?」
「はい……!」
頷くなり、リルフィーナは窓を開放して外に飛び出した。
「え、そこから?」
「……お、追い掛けましょう」
思わず呆気に取られた大人二人も、一拍遅れて階段に向かう。




