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鐘の音と決意

 哀悼の鐘が鳴る。

 誰かの命が失われ、現世(うつよ)からの旅立ちを見送る者たちの存在を示すように。


 教会での葬儀には、結構な数の人々が集まっていた。

 孤児院の子供たち、教会のことに見返りなく従事している周りの住人たち、エステルのぬいぐるみを置いていた店の人たち。

 そして、うら若き乙女が短い生涯を終えてしまったことを憐れむ街の人々。

 ひとりひとりに渡される一輪の花を手に、祭壇に置かれた棺へと向かう。


(エステル……)


 参列者たちが手向けた花々に彩られた棺の中に眠る親友は、朝に会った時のまま、無言で。

 簡素ではあるものの白い服を纏い、花に囲まれたエステルは、まるでこれから嫁いでいく花嫁のようだった。

 ステンドグラスや天窓から降り注ぐ光が、眠る少女をヴェールのように優しく包んでいる。

 葬儀の音頭を執るグリンプス司祭は、元々の高齢に加えて一層老け込んでしまったように見えた。

 大切な子供のひとり、行く末を案じていた娘が先立ってしまったのだから、無理もないか。


「エステルおねえちゃ、ねんねしたままどこかにいくの?」


 孤児院の小さな子が、一緒に並ぶ年嵩の子に尋ねている。まだ人の死を、よく理解していないのだろう。

 問われた方の子は、耐えきれずにしくしくと泣き始め、聞いた方は不思議そうな顔だ。

 その様子を見てか、リルフィーナの後方からもすすり泣きの声が聞こえる。

 悼む空気の中で、この光景を。

 エステルの最後の姿を目に焼き付けようと、祭壇をじっと見据えた。




「パルス先生」

 教会から少し離れた墓地での埋葬が終わった後、リルフィーナは葬儀中も姿を見かけていたパルス医師に声を掛けた。


「ああ、リルフィーナ。今回のことは本当にご愁傷様だったね」

「はい……」


 少し覇気が欠けている様子から、パルスもエステルの死に少なからずショックを受けているのだと感じる。


「まだ何者による事件なのかも、はっきりしていないみたいで……」

「そうだね……被害がこれで終わるとも限らないし、君も充分気を付けて欲しい」

「……」

「リルフィーナ?」


 妙な間を作ってしまったせいか、パルスが訝しげな顔をする。


「まさか、犯人を探そうなんて考えていないよね」

「……分かっちゃいますか」


 やっぱり、と答えるリルフィーナにパルスは困ったような溜息をつく。


「君がそこらの連中より強いことは、分かっているつもりだよ。だけど、相手が何者かも分からないし、君は女の子だ。何か起きてからじゃ遅いんだよ」


 尤もなことを諭してくるパルスに「分かっています」と返す。


「それでも……それでも、何もせずにただ時が過ぎていくのは辛いんです」


 もし思い当たって調べた先が空振りでも、動かずにいるよりはずっといい。


「エステルは、こんな風に死んでいい子じゃなかった……どうしてこんなことになったのか、知りたいんです」


 親友の命を奪ったものの真相、その理由を突き止めたい。何かの思惑があるなら、尚更だ。

 エステルの胸元にあった印が関係しているのなら、恐らく知性ある存在が関わっている筈。


「明確な犯人がいるのなら、罪を償って欲しい……そう思っています」

「そうか……仕方ないな」


 リルフィーナの決意が固いのを知って、パルスはやれやれと肩を竦める。


「こうと決めたら、譲らないところがありますからねぇ」


 後ろにいたニコルも苦笑している。


「ただし、ひとりで捜査するのはいけないよ。僕も手が空いてる時には手伝うから」

「先生が?」

「可愛い患者さんのためだからね。まあ、僕も出られない日があるだろうから、特に日暮れ以降の時間帯は他にも男手が欲しいところだけど」

「それなら、うちの者に声を掛けてみます」


 ニコルが魔術師ギルドから人を寄越してくれるようだ。


「あと、あたしもいるよ!」


 セリが胸を張ると「あなたも女性なんですよ」とニコルが嗜める。

 確かに彼女の腕っぷしは強いだろうが、夜間に女性を狙うような輩がどんな手を使ってくるかも分からない。

 街に出ての捜査は彼らの助力を得るとして、何かしらの手掛かりが得られればいいが。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 翌日、セリとパルスを伴って、リルフィーナはサムサラにある冒険者ギルドを訪れた。


「へー、冒険者ギルドってこういう感じなんだ」


 酒場を兼ねている一階の広いフロアを見渡し、セリは興味津々だ。

 昼間のせいか、ここに集まっている冒険者は然程おらず、閑散としている。

 片隅にあるテーブル席で、酒場が賑わった時のための練習なのか、吟遊詩人がほろりほろりと何かの曲を爪弾いていた。


「人が少ないね」

「午前中だし、こんなものだと思いますよ」


 物珍しそうにフロア内を眺めるパルスに、リルフィーナは説明する。殆どの冒険者は、昼の間に受けた依頼をこなしたり、ダンジョンや狩り場に向かう。

 夜間指定の依頼や、夜しか出ないモンスターを狩る場合もあるけれど。


「他の酒場も夜からでしょう? 街で働いている人と大体同じなんです」

「なるほどね」


 ひょっとすると、この医師はそういう大衆文化に疎いのかも知れない。確かに、俗っぽさはあまり感じないし。

 とりあえず聞き込みには夕方出直すとして、リルフィーナは「ちょっと挨拶してきます」とパルスに告げ、受付カウンターに向かった。


「ご無沙汰してます」

「リルフィーナさん、お久し振りです」


 受付の女性はリルフィーナが冒険者になった頃と変わらぬ姿で応対した。

 といっても、その姿は二足歩行のウサギで、『ドワーフ』という妖精族の一種だ。ヒト族より長生きだし、何歳なのかは分からない。

 けれど、彼女の薄桃色の毛並みとつぶらな瞳、垂れた長い耳には癒やされると冒険者の間でも評判の人気受付嬢なのだった。


「登録されているデータから変わったところは……『黒猫』さんを抜けられたのですね」

「はい、ちょっと色々ありまして」


 言い難いことだが、冒険者個人が作ったギルドから脱退してフリーになったことは、伝えておかなければならなかった。

 今は固定でパーティーを組む相手もおらずの、完全お一人様だ。

『黒猫の足跡』が大きくなって、冒険者ギルド経由での依頼を受けることは殆どなくなっていたが、今後も冒険者を続けるならまたお世話になることだろう。


「そういえば、以前のランクアップから結構建ってますね……昇級テストは受けられますか?」

「……まだ、それはいいです」


 各地の冒険者ギルドで共有されている情報を参照しての問いに、リルフィーナは首を振った。

 続けていくかも分からないというのが半分、今受けたところで受からないだろうというのが半分。

 自信がないというよりは、自分の現状の力量を踏まえてのことだった。

 今でさえAランクなのだ。

 ひとつ上のSランクとの壁は、厚いという話だし。

 ただでさえ器用貧乏なタイプの自分では、到底突き抜けられまいと。


 ふと気が付くと、セリが近くで受付嬢との話に耳をそばだてていた。


「セリ、前も思ってたんだけど、冒険者に興味があるの?」

「うん、自分がなるかとかは別にしてね」


 彼女は元々スイレンの武闘集団から派遣されて、魔術師の下で勉学中の身だ。それが終わればスイレンに帰るのだろうし、冒険者に興味があっても手を出している余裕はないかも知れない。


「でも、よかったらだけど、色々教えてくれたら嬉しいわ。後学のために」

「ええ、もちろんです」

「やっりぃ!」


 受付嬢に食い気味に質問しているセリを大丈夫かなぁと思いつつも、受付嬢が「大丈夫ですよ」とアイコンタクトしてくるので、リルフィーナはそっとパルスのところに戻ってきた。


「楽しそうだね、彼女」

「ですね……」


 顔を見合わせる。

 眼鏡の奥の、橙がかった目を見据える。


「パルス先生は、どうして手伝うなんて言ってくれたんですか?」


 男の瞳が、僅かに揺れた。

 どこか寂しげなものが、柔らかな眼光に浮かぶ。

 ――この目には、見覚えがあった。


「君が心配だったからだよ」


 もし君が死んでしまったら、と呟きかけたパルスに、リルフィーナは自分がエステルのように殺されてしまったらと心配してくれているのだろうと思った。

 或いは、自分まで死んでしまったらエステルが悲しむ、とか。


「優しいんですね」

「僕はそんなに、優しくもいい人間でもないよ」


 パルスは眉を下げて笑む。


「でも、エステルは先生のそういうところに惹かれたのかも」

「え、そうだったのかい?」


 目を丸くした医師を軽く睨んで「先生、鈍感」と零す。


「えぇ……いやいや、流石にそれは。生憎独り身だけど、所帯を持っていたら、君たちと同じくらいの子供がいてもおかしくない年だよ?」


 困り顔で頭の後ろに手を遣るパルス。

 それはそうだけれど、それとこれとは別だ。

 もう思いを遂げる本人もいないのに、リルフィーナはなんだかムキになってしまっていた。


「じゃあ、それくらい年の離れた女の子は、全くの脈なしってことですか?」

「え、いやぁ……うん……。全くなし、ということは、ないかも知れないけど」

「アリって可能性もあるんですね」

「う、うーん、まあ……ゼロではないね」


 勝った。

 なんとなくそんな気分で、心の中でエステルに「私、やったよ!」と報告するリルフィーナだった。

 一方パルスの方は、何か脱力している。


「あれ? お医者の先生どうしたの?」


 充実した質疑応答が終わったのだろう、ホクホク顔のセリが戻ってきて、首を傾げた。

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