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星の消えた夜 2

「リル……無理しちゃダメよ」


 葬儀の前に、一端屋敷に戻ったリルフィーナの肩に、手を乗せて気遣うセリ。


「平気。私は大丈夫だから」


 痛い思いをしたのも、苦しい思いをしたのも、自分ではない。

 獣らしきに深手を負わされ命尽きたなら、どんなに恐ろしく苦痛に塗れながら死んでいったのだろう。

 そんな死に方をしていい#娘__こ__#ではなかったのに。

 遺体を目の当たりにしても、未だに信じられなかった。

 まだ何かの拍子に息を吹き返すのではとか、本当はたちの悪い悪戯で、ひょっこり生きている本人が出てくるのではと期待してしまう。

 それが有り得ないと理解していても。


「……私……ギルドを抜ける時『実家の家族が大変だから』って出任せを言って、出てきたの……」


 あの時は咄嗟に思い付いた口実だったのに、戻った先でこんなことになってしまうとは。


「だから、エステルは死んじゃったのかな……私が嘘を、ついたせいで」

「そんなのっ、関係ないわよ!」


 椅子に掛けて項垂れるリルフィーナを、セリぼ腕がぎゅっと抱き締める。


「リルのせいだなんて、ある訳ないわ。あんたは何も悪くない」

「でも……っ」


 セリの温もりと声に、じわりと涙が滲む。

 優しくされるのが辛い。


「自分を責めなきゃ耐えられない? でもね、これは事実なの。エステルは死んだ。リルの、なんにも関わりのないところで」


 本当に、彼女の言う通りだ。

 頭では解っているのに、受け入れられないだけ。

 こんな酷いことになったのは、自分が悪いことをしたからだと、自罰の思いにすり替えて現実から目を逸らそうとしている。


『自分を下げるのはよくないわ』


 親友の、優しく嗜める声が頭の中に響く。


(エステルも……私がこんな風に自分を責めようとするのを、きっと望まない)


 それならば、今自分はどうするべきなのか。

 少しずつ少しずつ、悪い考えから別の方へ、思考を移していく。


「ありがとう、セリ……もう大丈夫だから」

「ん」


 リルフィーナの顔を見て、セリは少しほっとしたように離れた。


「お葬式に出る準備をしなきゃ」

「服とか? このままでも大丈夫?」


 これが自分の一張羅、とばかりに着ている道着を見せるセリに「大丈夫だよ」と答える。


「一般の人……たまたま近くで鐘を聞いて参列する人もいるから」

「そっか」


 確か昔着た黒いワンピースがあった筈だと、リルフィーナはポーチを探る。

 確かにワンピースはあったにはあった。

 けれど、取り出していざ着てみようとするとサイズが小さい。


「あ、あれ?」

「それだけ大きくなったってことよね」


 小さくなったワンピースを身体に当てたまま、目が点になっているリルフィーナを見て、微笑ましげにセリが言った。

 確かに、ここ一年二年で大夫背丈が伸び、体つきも丸みを帯びて女性らしくなってきていた。

 それまでは、周りの子と比べると成長が遅かったのだ。

 毎日自分の身体と付き合っている本人は、そこまで実感や自覚がなくても、セリやニコルと再会した時「大きくなった」と感心されただけの成長はしていたらしい。


 それはそれとして、服をどうしようと思っているところで、扉がノックされた。


「今、よろしいですか?」


 やって来たのは、滑車の付いた衣紋掛けを引くメイドを伴ったニコルだった。




「わぁ……」


 リルフィーナは鏡に映る自分の姿に目を煌めかせた。

 弔事用の黒いドレスは装飾こそシンプルだが、上等な布地にレースやリボンがあしらわれている。

 青みがかった艷やかな黒髪は、ハーフアップにして結んだところに黒い花の飾りが着けられていた。

 全部リルフィーナが戸惑っている間に、メイドたちがあっという間にやってくれた。

 自分の方が魔術師のくせに、手際がよすぎて「まるで魔法みたい」だと思ってしまった。


「おお~~~! すんごい可愛いじゃない! こういう格好すると、やんごとなきご令嬢って感じね」

「そ、そうかな」


 大人の女性らしく意匠の違う喪服を着せられたセリが、自分の姿そっちのけでテンションを上げている。


「むふーーーーーほんっと可愛い。こんな姿なかなか見られないだろうし、写真機があったら絶対撮るのにぃ……!」

「それはいいですね」


 はっとしたニコルが、メイドに魔導写真機を持って来るようにと伝えた。


「え、あるの!? 流石上流階級! 神様仏様ニコル様~~~!」

「先代のコレクションですけど、こういう時に使わなければ宝の持ち腐れですもんね」

「ですです! 道具は使ってこそ!」

「あ、あの~……」


 被写体(予定)をそっちのけで盛り上がっている二人に、完全に置いてけぼりのリルフィーナだった。




 ひとしきり撮影会が終わって。


「ひとつ、気になることがあるのです」


 改まった様子でニコルが切り出した。


「魔術師ギルドの検分の結果を見せて貰ったのですが、エステルさんのお身体には、他の方にはないものがあったようで」

「あ……」


 エステルの服の下にある特徴は、リルフィーナにも心当たりがあった。

 子供の頃から一緒に過ごしていたから、着替えや入浴もいつも一緒だったから知っている。


「エステルの胸元には、何かの紋のような印がありました」

「以前からあったものだったのですね」

「はい。昔聞いたんですけど、生まれつきのもので孤児院に来る前、一緒に暮らしていたお祖母さまにも同じものがあったそうです」


 左寄りの胸元にある、不思議な紋様。

 彼女自身は、その由来などは聞かされていなかったらしい。ただ、祖母は『とても大切なものだから、信頼の置ける人以外には見せないように』と言っていたという。


「……小さい頃のお風呂なんて、それこそ芋洗い状態でしたから、隠すのは無理でしたけどね」


 それでもエステルの秘密は、孤児院の子供たちと、シスターのような運営に関わる者たちしか知らなかったろう。


「もしかして、それが今回の件と関係があるんですか?」

「いえ、まだそこまでは分かりません」


 ニコルは申し訳なさそうに首を振った。


「ギルドの方でも今調べているところで、あの印が何らかの意味を持つこと以外はまだ……。エステルさんが襲われたこととの因果関係も、これからですね」

「そうですか……」


 その返答に、リルフィーナは肩を落とした。

 何かが見え掛けた気がしたのは一瞬で、真相はまだ夜闇の中に置き去りにされたままだ。

 知りたい。

 どうして、彼女が死ななければならなかったのか。

 犯人を突き止めて、そして――


「リ~ルっ」


 呼び掛けにはっと目を向けると、セリが緩やかな顔で微笑んでいた。


「今はとりあえずさ、見送ってあげよう。悔いのないようにね」


 葬儀の時間が迫っている。

 姉妹のように育った大切な親友に、お別れを告げる時が。

 リルフィーナはセリに頷いて、佇まいを正した。


「それとさ、作り掛けの髪飾り」

「?」


 シスターから受け取った、形見のようになってしまったもののことに言及されて、リルフィーナはぱちりと瞬きをひとつ。


「あれ、続きをあたしがやって、仕上げてもいい? リルが着けたら、あの子も喜ぶんじゃないかって思ってさ」

「セリ……」


 その提案に、思わずうるっとしてしまう。

 ちょっと照れ臭そうに、手をパタパタと振るセリ。


「いや~、あたし繕い物くらいしかしないから、手芸でござい! みたいな腕はないしアレだけどね」

「……お願いしても、いい?」

「当たり前だよ。あたしの方が頼んでるんだからね」


 セリの取り出したハンカチが、少女の目許を拭った。

ご覧下さってありがとうございます。

明日から一日一回投稿になる予定です。

「面白い」「続きが気になる」等思って頂けましたら、ブックマークと評価をして頂けますと大変励みになります。

これからもどうぞよろしくお願いします。

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