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幼馴染 2

 バターたっぷりの焼き菓子と、孤児院のシスターが作った懐かしい味のおやつをお供に、リルフィーナは院の『兄弟たち』と楽しい時間を過ごした。

 子供たち、特に男の子は外の世界の冒険に興味津々。

 リルフィーナもつい表現を大袈裟にしつつ、珍しいモンスターと戦った時のことを話したりした。

 自分がまだ幼かった頃、院を訪れて様々な話を聞かせてくれた兄や姉たちを思い出し、彼らもこんな風に自分を見ていたのかな、なんて思いながら。




「さ、どうぞ。ちょっと散らかってるけど」


 お茶を飲んだ後、エステルの部屋を訪れる。

 子供の頃は数人毎に部屋を割り当てられていたが、今の彼女にはシスターと同じように小さいながら個室が割り当てられていた。

 整理整頓されていて、言うほど散らかっていない質素な部屋には、いくつかの箱が置かれていた。

 窓際の机の上には、裁縫道具が広げられている。


「何か作ってるの?」

「うん、内職」


 勧められて椅子に腰を下ろすリルフィーナに、エステルは箱の中身を見せてくれる。

 ツギハギの布で作られた、猫のぬいぐるみだ。


「あ、これお店で見たような……」


 ここに来る前通った街の店先で、似たようなぬいぐるみが置かれていたような。


「そう、お願いして置いて貰ってるの。子供や若い女の子に、結構評判いいのよ」


 向かい合うようにしてベッドの縁に座ったエステルが説明する。

 なんでもファニーでちょっと不気味な感じがいいとかで、ウケているらしい。

 何が流行るかわからないなぁ、とリルフィーナはしげしげと目つきの悪いぬいぐるみを眺めた。

 独特の雰囲気はともかく、丁寧に作られている。


「売上はまだそんなにないけど、半分は院で使って貰って、半分は貯めてるの。私でも、これならできるんじゃないかって思って……」


 そしてエステルは「お人形の職人さんになれたらいいなって」と小声で呟いた。


「なれるよ」

「リル……」

「だってこれ、すごくよくできてるもの。今までも沢山練習して、こんな風に作れるようになったんでしょう?」


 どこか縋るような目に、思わず拳を作って力説してしまった。

 でも、言わずにはいられなかったのだ。

 それまでは将来のことを少し諦めたような感じだった親友が、何かの切欠を掴んでとても頑張っている片鱗を見せてくれたのだから。


「できるよ、エステルならきっと」

「リル……」


 エステルは瞼を落として、ひとつ深呼吸してから再びリルフィーナを見据えた。


「ありがとね、リル」


 リルフィーナも嬉しくなって、笑みを交わし合った。

 そうだ、とエステルはもうひとつの箱から掌くらいの大きさのぬいぐるみを出して、差し出してきた。

 使われているハギレは少しずつ布質が違うものの、黒一色。マスコットサイズの、黒猫のぬいぐるみだ。


「リルにもあげようと思ってたの」

「私に?」

「魔法使いには、やっぱり黒猫かなって」


 このぬいぐるみも目つきが悪いけれど、現金なもので自分にと言われるとなんだか可愛く見えてくる。


(この大きさなら……)


 思いついたリルフィーナはエステルに細い紐を分けて貰って、腰のポーチにぬいぐるみを下げてみた。


「どう?」

「可愛い! イマドキの魔女っ子って感じね」

「そうかな」


 そうしてまた、笑い合う。

 ささやかで、何気なくて、けれどとても大切な時間。

 ここに戻ってきてよかったと、心からそう思う。


「エステル……ありがとう」


 少し掠れる声に、ふと亜麻色の髪の少女は真面目な顔をした。


「ねえリル。何か……あったの?」


 一際大きな鼓動が胸全体を打った気がした。


「……なにか、って?」


 とぼけても無駄なのは分かっている。

 小さな頃から一緒だった彼女には、隠し事なんてできる訳もない。

 それでもまだ、虚勢を張っていたかった。

 自分はもう#一端__いっぱし__#の冒険者で、それ相応の修練を積んできた魔術師なのだと。

 そんなリルフィーナを見透かすように、澄んだ碧の瞳の持ち主は紡ぐ。


「髪飾り、今日は着けてないんだね」

「――ッ!」


 息が、詰まる。


「貰った後に会った時は、あんなに喜んでたのに」


 きっと、ずっと、ぜんぶ。

 今日会った時から、彼女には解っていたのだろう。

 全てを知らずとも、自分に何が起きたのか。


「……エス、テル」


 なんとか絞り出すように、名前を呼ぶ。

 静かに、何もかも受け止めてくれると思わせる眼差しの中に、今にも壊れてしまいそうな顔をしている自分が映っている。

 ……もう、耐えきれなかった。


「う、うぅ……」


 ぼろりと、大粒の熱い液体が両の目から溢れ出した。

 それを見たエステルは立ち上がり、リルフィーナを抱き締める。


「う、うあぁぁぁ……!」


 気付けば、子供のように声を上げて泣いていた。


「ずっと、泣かないように堪えてたのよね。リルは我慢強いから……」


 優しい声が耳を撫で、温かな手が背中をさする。

 リルフィーナの涙が止まるまで、エステルは嗚咽を漏らす彼女を抱き留めていた。




「そう……ライアンさん、そんなことを」


 直接話したことはないが、エステルはライアンと顔を合わせたことがあった。以前リルフィーナが孤児院に立ち寄った際に、庭先で待っていたり迎えに来たりしていたのだ。


「あの人なら、リルを大事にしてくれると思ったのにな……」


 そう呟くエステルは、あからさまにがっかりした様子だった。

 腫れぼったい目が気になりながらも、リルフィーナは自嘲気味に口角を上げる。


「……私、あの人にとって、その程度の存在だったんだと思う」


 魔術師としての能力も伸び悩んでいたし、もっと上へ行く彼とは釣り合わなかったのだと。


「自分を下げるのはよくないわ」


 諭す言葉に、でもと視線を返す。


「ねえリル、あなた何歳になるのだったかしら」


 あえて聞くような言い回しで問われたリルフィーナは、大泣きして重くなった頭を巡らせた。

 あとふた月、年が明ければ17歳になる。


「魔術師に、冒険者になったのが12才の頃よね。……もう5年近くも魔術師としてやってきて、同じだけライアンさんと一緒にいたのよ」

「あ……」


 そうだ。

 もうそれほどの時間を過ごしてきたのだ。

 長いようでいて、振り返れば光の速さのような時を、駆け抜けてきた。


「もし本当に力不足だったら、そんなに長い間、上を目指し続ける冒険者なんてやってられなかった筈だわ」


 強くなったのも、ギルドが大きくなったのも、リルフィーナが尽力してきた部分も少なからずあるのではと、彼女は言う。


「それに……私、リルが羨ましかった」


 病弱な自分に比べて早くから才能を見出され、自由に世界を旅するリルフィーナのことを、ずっと羨んでいたと。

 自分もそんな風に、異国の街やモンスターの闊歩するダンジョンを歩いてみたかったと。それを聞いてしまうと、酷く申し訳ない気分になる。

 身を縮めているリルフィーナを見て、エステルは淡く笑んだ。


「でもね、それはリルが頑張ったからでもあるのよ。どんなに環境が恵まれていても、本人の努力がなかったらダメになってしまうもの……」


 やや俯いた少女は続ける。


「私だって、折角ここに拾って貰って生き永らえたのに……いろんなこと、自分の身体のせいにして、何もできないんだって思ってた」

「エステル……」

「だからね、私も諦めるのをやめたの」


 リルフィーナの両頬に、ほっそりした手が伸びてきた。慈しむような指先が、掌が優しく包む。


「リルはすごいわ、どこにだって行ける。私にくれたみたいに、誰かに勇気を与えられる」


 羨望と親しみと。

 もっと、言葉にできない感情を織り交ぜた瞳に見据えられて、自分はそんな大層なものじゃないとリルフィーナは思う。

 視線を彷徨わせる少女を#眼__まなこ__#に映して、エステルは眉を下げ口許を緩ませた。


「自信持ってって言っても、そんなにすぐには難しいよね」


 でも、と大切な言葉を紡ぐように、彼女はゆっくりと唇を動かす。


「私は、信じてるから。リルのこと、信じてる。ずっと」




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 孤児院を出る頃には、辺りは薄暗くなり始めていた。


「日が落ちるのが早くなってきたね」


 玄関前まで見送りに出たエステルが、空模様を眺めながら呟く。


「帰り道、気を付けてね。最近夜は特に物騒だから」

「そうなの?」


 魔術師ギルドの管理下にあるサムサラは、比較的治安のいい街だと思っていたが。

 それでも確かに日暮れの早い秋冬は、不逞の輩が出るなんて話はちらほらとあるにはあった。

 今のリルフィーナにとっては、ただの人間の変態だったら引っ捕らえるのも容易くはあるだろうものの。


「最近、多いのよ。夜間に女の人が拐かされそうになったり、襲い掛かられたとか……早い時間なら大丈夫だと思うけど」


 声を潜めたエステルの口振りではどうやら未遂のようだが、用心しておくに越したことはなさそうだ。


「大丈夫! 変態なら私が捻って捕まえちゃうから!」

「頼りにしてます、冒険者さん」


 胸を張るリルフィーナに、親友はクスクスと笑った。

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