幼馴染 1
魔法都市を十字に走る大きな通りの一端、その突き当りに、この街で一番大きな教会がある。遥か昔に、この国の礎を築いた英雄が信仰の対象とされている教会だ。
その裏手にあるのがグリンプス孤児院。
教会の関係たちによって運営されている施設で、リルフィーナが育った場所でもあった。
「ごめんください」
玄関で声を掛けると、応対に出てきたのは白い髭の老人、グリンプス司祭だった。
「おお、リルフィーナ。帰ってきていたのかね」
「はい……ただいま、司祭様」
前に会った時よりも、更にしわくちゃになった顔で歓迎の意を示す老司祭に、リルフィーナはぺこりと頭を下げた。
「この間は寄付をありがとう、とても助かっているよ」
「いえ。少ないですけど、お役に立てて頂けたなら……」
この孤児院にはサムサラに寄った時には急ぎでない限り必ず寄っていたし、世話になった身として定期的に寄付を送っていた。
そうしようと思ったのは、自分の世代より上の孤児院出身者の何人かが同じように寄付をしていたからだった。ここを出てからは市井の仕事に就く者が多いが、冒険者になってある程度稼ぎが出来れば、後輩たちにも施しを送ることができるから。
勿論、意欲や資質がなければ冒険者になれたとしても続けられないし、相応のリスクはある。
けれど夢のある仕事だし、人の役に立つことも多いから、ここで育った子供たちが憧れるのも自然なことだろう。
「今丁度、パルス先生が定期健診にいらしているから、シスターたちは掛かりきりでね」
老司祭は眉を下げながらリルフィーナを自らの執務室に通し、お茶を淹れてくれた。
それで庭に出ている子もいなかったのか、と納得する。
「それじゃエステルも?」
「ああ、あの子は今も院の仕事をよく手伝ってくれているよ」
リルフィーナとこの孤児院で一緒だったエステル。
彼女は元々あまり身体が丈夫ではなかったが、今では随分元気になった。ただ、孤児院から出て働くことについては懸念されていて、本人もこのままここで孤児たちの世話をしていくのを希望しているようなことを、以前に聞いていた。
「いい相手がいれば、嫁ぐ道もあると思っているんだが……いや、まだ早いか?」
自問自答のように呟くグリンプス司祭。ここで育った子供たちの父親代わりとしては、複雑な部分もあるのかも知れない。
「しかし早いな、君たちももうそんなことを心配する年頃とは……。リルフィーナも外の世界に出て、気になる人が現れたかも知れんしな」
「……私には、まだ縁のない話ですよ」
それ系の話には触れられたくなくて、軽く流す。
しくりと胸が痛んだ。
結婚も視野にあった筈の失恋の件はさておき、老司祭に近況を話していると、奥の廊下の方がにわかに騒がしくなった。
どうやら子供たちの中でも元気のいい子たちが、診断を終えて解放されたようだ。
「こら、まだ診て貰ってる子もいるんだから、いい子にしてるのよ」
耳に馴染んだ声が聞こえてくる。
老司祭の顔を見ると、彼は笑みを浮べ「行ってくるといい」とでも言うような顔で頷いた。
健診に割り当てられた部屋の程近く、庭に面した廊下で、亜麻色の髪をひとつに纏めた少女が子供たちに囲まれていた。
お互い以前より少し成長した、周りの子供たちも。中にはリルフィーナが訪れていない間に来たのだろう、初めて見る顔もある。
自然と口許を緩めながら近付いていくと、一番手前にいた少年がこちらに気が付いた。
「あっ、リル姉ちゃん!」
その声に、皆の注目が集まる。
「おねえちゃん!」
「おかえり、ねえちゃん!」
表情を輝かせて、子供たちがリルフィーナの許へ集まってくる。
不思議そうにそれを眺めている初顔の子たちの傍らで、エステルが微笑んだ。
「おかえりなさい」
ふんわりとした淡い色の髪に碧の瞳。
この街に帰ってきて、一番会いたかった親友の変わらない姿に安堵を感じる。
が、感慨に浸る間もなく、側に来た男の子がリルフィーナの袖口を引っ張った。
「姉ちゃん、それなに? お土産?」
「もう、お行儀悪いわよ」
目敏く手許の包みに興味を示す男の子の言葉で、周りの子たちも反応してじいっと期待の眼差しを送ってくる。
困ったように眉を下げたエステルが、それを窘めた。まるでみんなのお母さんだ。
ふふっとリルフィーナの口から笑みが漏れる。
「魔術師ギルドでお世話になっている先生から貰ったクッキーだよ」
「わあ!」
「クッキーだ!」
軽く包みを開いて中身を見せると、子供たちは嬉しそうに声を上げた。中には、今にも小躍りしそうな風に身体を揺すっている子もいる。
「おやつの時間にみんなで食べてね。エステル、いい?」
年長者であり面倒を見る側でもあるエステルにお伺いを立てると、彼女は頷いて包みを受け取るべく歩み寄ってきた。
「シスターたちに渡しておくわ。リルも、今日はゆっくりしていけるんでしょ?」
「うん。……沢山話したいことも、あるし」
エステルの問いに縦に首を動かし、ぽつりと零したところで、健診に使っている部屋から眼鏡を掛けた男性が顔を出す。
「おや、随分賑やかだと思ったら君が帰ってきていたんだね」
彼はリルフィーナを見て目を丸くしたものの、すぐに満面の笑みを浮かべた。
リルフィーナも会釈を返す。
「ご無沙汰してます、パルス先生」
「もう立派な魔術師だね。ここに来ると、小さい子たちからも君の話をよく聞くよ」
そんなに立派というほどでも……とむず痒い気分になって、リルフィーナははにかむ。
町医者のパルスには、幼い頃から世話になっている。すごく親しいという訳ではないけれど、昔馴染みの身近な大人のひとりだ。
リルフィーナの成長ぶりに感心げな様子でうんうん頷いてから、パルス医師はエステルに目を向ける。
「ああそうだ、エステル。いい生薬が手に入ったから、近いうちに調合して届けるよ」
「そんな、いいんですか?」
「なに、君が健康な状態でいてくれるなら、主治医としても嬉しいことだからね」
孤児院の者たちに尽くしても儲けが出る訳でもないのに、当たり前のことのように言う。
今までもエステルの病状改善に尽力してきた彼にとっては、患者の体調を保つことは大切なのだろう。優しくて誠実な先生だ、とリルフィーナは思う。
だから子供たちにも懐かれていて、定期検診や何かの時の診察時にも皆大人しく言うことを聞くのだろう。
ふと、パルス医師が仕事の続きに戻った後も、彼が立っていた戸口を見詰めているエステルに気付く。
「エステル?」
子供たちに纏わりつかれながらリルフィーナが呼ぶと、少女は微かに潤んだ瞳をしてほぅと息を吐いた。
「素敵よね、パルス先生」
「え……」
まさか。
そう思ったけれど、どう見てもエステルは今ここにいない異性に胸をときめかせている顔をしている。
「えっ、エステル……そうなんだ」
としか言えなかった。
確かにパルスは優しい物腰の誠実な人物で、すらりとして目鼻立ちも整っている。
けれど彼は、自分たちがそれこそ片手の指で数えられる年の頃からもう立派な青年だったし、下手をすれば親子くらいの年齢差がある筈だ。
家同士で結婚を決めるような身分の者なら、今でもそういう話があってもおかしくないだろうが、自分たちはただの身寄りのない平民庶民。
流石にちょっと無理があるのでは……と思っていると、エステルはほんのり頬を染めながら恥ずかしそうに笑った。
「私が勝手に憧れてるだけよ」
「そ、そう……。エステルみたいな可愛い子に好かれてるって知ったら、嬉しいと思うけど」
「ふふ、ありがと。リルだってとっても可愛いわよ」
「おねえちゃ、あたしもかわいい?」
小さな女の子が会話の断片を拾って尋ねると、エステルはにっこり笑ってその子の頭を撫でた。
「ええ、とっても可愛くていい子ね」
「わぁい」
「えー! ずるい。わたしは?」
「勿論可愛いわ。みんな可愛くて、大好きよ」
エステルに褒められたい子たちが集まってくると、彼女は子供たちを一遍に抱き締めるように腕を広げた。
きゃっきゃと楽しそうに声を上げる子供たちと柔和な笑顔のエステルを眺めて、リルフィーナは胸をほっこりとさせる。
(そりゃあ、そういう年頃だもの、好きな人くらいできるよね……)
相手との年の差はともかくとして。
ちょっと複雑な思いを混じらせながらも、幼馴染で親友の彼女には幸せになって欲しいと願うリルフィーナだった。




