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~ Prelude~ あなたへと至る道

元々アルファポリスで連載していたのですが、助言を頂きこちらでも掲載させて頂くことにしました。

どうぞよろしくお願いします。

 雪の降りしきる大地を、冒険者のパーティーが走っている。

 その足跡を追って、霜のような体毛に覆われた獣、氷狼(ハティ)の群れが追い掛けていた。


「ダメだ、このままじゃ追いつかれる!」

「ここは俺が殿(しんがり)を……」

「そんな! あなたを見捨てていけっていうの!?」


 殿を引き受けようとした男の足が、目に見えて遅くなる。

 冷たい空気に息を弾ませながら、高い声が悲痛に叫ぶ。

 男はその顔に、苦を浮かべながらも笑った。


「俺はもう、これ以上早く走れねぇ。さっきのダメージが効いちまっててな」

「一息つけるところまで行けば、落ち着いて治療できますから……」

「いや、それじゃ間に合わん。逃げ切る前に俺たちは壊滅だ」


 仲間たちに走る動揺。

 それが結局、彼らに窮地を招く。


「進行方向から何体か、氷の巨人(フロストジャイアント)が!」


 先行して索敵を行っていた仲間が、叫ぶようにして引き返してきた。

 全員の顔が緊迫に染まる。

 最短で街へ至れるルートを塞がれ、左右どちらかにに逃げるしかない状態。

 しかも、負傷で動きの鈍った仲間を連れての遠回りでは、街へ辿り着く前に雪原の狼たちにやられてしまうだろう。


『……オォーーーン……』


 そこへ、更に凶報がもたらされる。


「あの声……!?」

「フェンリルだ!」


 冒険者たちは青褪めた。

 この雪原のモンスターの頂点に立ち、氷狼(ハティ)たちの親と呼ばれる威容を持つ狼。

 氷狼(ハティ)の〈遠吠え(ハウリング)〉に誘われたのであろう、一際響く恐ろしい咆哮が、その接近を告げていた。

 今あれに遭遇したら、ひとたまりもない。


「みんなすまない、俺の判断ミスだ」


 リーダーの男が詫びる。

 モンスターが跋扈する地での冒険は危険が伴い、どんな不測の事態が起こるかも知れない。

 充分に備えて出発したものの、それでも足りなかったと。


「何を言ってるの、みんなで決めたことでしょ!」


 弓を手にした女はそう言って、戦う姿勢を見せる。仲間たちを奮い立たせようとするが……他の者たちは、もう武器を構える意欲も失ってしまったようだった。

 一陣の風が、しんしんと降る雪を一行に吹き付けてくる。


「吹雪いてきたな」

「ここまでか……」


 ひとりが『自分たちはここまでなのだ』と口にした途端、顔を合わせた皆一様に、気の抜けた笑みが零れた。


「俺、お前たちとパーティー組めて楽しかったぜ!」

「おい、よせよこんな時に」

「ああ……最後に温かいシチューが食いたかったなぁ」


 モンスターの群れが近付く中でも口々に上る、仲間への感謝や生ある世界との別れを惜しむ言葉。

 ――けれど。


「……待って」


 その時突然、どこからか声が聞こえた。


「諦めないで」


 優しい、鈴を転がすような声音だった。

 一行が目を丸くして辺りを見回していると、黒い影が頭上を飛び越えていく。

 そのまま氷狼(ハティ)の先頭集団に突っ込んでいく黒い異形の獣を眺めていると、彼らの目の前に少女が降り立った。

 白いドレスのような法衣。

 同じく白いシフォンで誂えられた花の髪飾りが彩る、青い光を帯びてなびく髪。

 輝石を思わせる、透き通るような青い瞳。


「〈ファイヤーウォール〉」


 少女の囁きがそう紡ぐと、轟音と共に一行を取り囲むように炎の壁が現れた。

 まるで、堅牢な城壁のような分厚い火柱の集まりが。

 黒い獣が取り零した氷狼(ハティ)たちはすんでで獲物を阻まれ、飛び退いてギャンギャンと吠えている。

 狼の足止めをした少女は振り返り、ゆっくりとした歩みで近付いてくる氷の巨人(フロストジャイアント)たちを見遣った。


「〈アイスケージ〉」


 キィン、と涼やかな音が響いた。

 巨人たちの足元に次々と氷塊が纏わり付き、雪の大地に縫い止める。

 再び狼たちに向き直った少女の見据えた先には――小山のようなフェンリルの影が、もうあった。

 少女のは意識を集中させるよう、右手をかざす。


「〈サンダーボルト〉」


 激しく空気を引き裂くような音がして、その掌の前に巨大な雷球が生じた。

 かと思うと一直線上に雷光が放たれ、氷狼(ハティ)たちを蹴散らしながら大きな影に直撃した。


『ギャオオオォォ…………ン!!』


 耳が割れそうな断末魔の叫びに、空気が轟く。

 遅れて、大きな質量が派手に倒れた地響きが伝わってくる。

 ごく短時間の出来事に、冒険者たちは呆気に取られていた。


「〈雷の初級攻撃魔法(サンダーボルト)〉……? あれが……?」


 魔術師の男が思わず呟く。

 少女が使ったのは、どれも魔術師が覚える攻撃魔法としては基本的なものだ。

 だが、あんな途轍もない威力や効果を発揮する場面など見たこともない。

 まして、常冬の大地の主であるフェンリルを、一撃で倒してしまうなんて。


「てぇい!」

「はっ!」


 複数の掛け声や物音がしたかと思うと、新たに現れた冒険者の一団が、後方の氷の巨人(フロストジャイアント)たちをあっという間に片付けていた。

 全身に黄金の気を纏った徒手空拳の女性。

 炎熱の魔力を宿した剣を振るう、赤い髪の青年。

 鞘に収めた刀を、瞬きの間に舞わせて巨人を解体する小柄な少女。

 鷹を引き連れ、魔導ライフルで狙いを澄ます金髪の少年。

 的確に神聖魔法を操り、仲間を援護する司祭らしき青年。

 そして、共に戦いながらも抜け目なく周囲を警戒する黒茶の髪の青年。


 一行も冒険者としての強さには自身があったが、彼らは更に上を行く者たちだった。

 こんなに強い人たちがいるのかと思うほどに。

 吹雪いていた筈の風雪が、弱まっていく。

 立ち尽くしていた一行の頭上にある分厚い雲が、突如割れた。

 少女が掌を天に向けている。


「〈マーシーレイン〉」


 呪文に呼応して、雲の割れ目からキラキラと光る水滴が一行に降り注いだ。

 慈悲の雨、その名に相応しく痛みは癒え疲労感も和らぎ、寒さに凍えてなくなっていた感覚まで蘇ってくる。

 光る雨雫の中、口許を綻ばせる少女はまるで、お伽噺に出てくる救国の聖人のようだった。


『おぉい、リル! 俺様まで巻き込まれるところだったじゃねぇか!』


 幻想的な風景から現実に無理矢理引き戻したのは、黒い獣の抗議の声だった。

 角の生えた獅子のような、恐ろしい獣が仁王立ちしている。

 だが、少女が臆した様子はない。


「ノーグなら、あれくらい余裕で避けられるでしょう?」


 黒い獣がむうと唸る。


『そりゃ、あの程度かわせない俺様じゃねぇけどよ……』

「まあまあ、ノーグちゃんはそれだけ信頼されてんのよ」

『そ、そうか……じゃなくてだな、俺様は大悪魔だぞ! ちゃん付けはやめろとあれほど!』


 追いついてきたモンクの女性と獣の遣り取りを、呆然と眺めていた一行に「大丈夫ですか?」とプリーストの青年が声を掛ける。

 傷は殆ど、先程の光の雨で癒えていた。

 秒速で氷の巨人たちを処した面々が、手早く一行の状態を確認していく。


「き、君たちは……」


 一体、と言い掛けた一行のリーダーは、彼らの防寒着の合間から覗くギルドエンブレムを垣間見た。

 猫を象った、特徴的な紋章。


「『野良猫(ストレイキャット)』……!」


 一行のひとりが呟く。

 数々のダンジョンや秘境を制覇し、魔神と呼ばれる強大な存在をも倒すことに成功したという、あの。


「ということは」

「あなたが、あの『彗星』の……?」

「『青き彗星』『至極の聖女』リルフィーナ・グリンプス……」


 一行の視線は、窮地に舞い降りた娘に集中する。

 まだ子供時代を抜け出したばかりの、ほんの少女にしか見えない魔術師。


「……そんなに見られると、ちょっと恥ずかしいです」


 注目の的になった本人は、首を竦めてはにかんだ。

 その様相に、妙に空気が和む。


「リル、一旦彼らを街に送り届けたいのだが、それでいいか?」

「うん、そうしよう」


 赤い髪の青年の言葉に頷く少女。

 大量のモンスターに追われて疲れているだろうから、と。

 その瞳が、今まで目指していた先を振り返る。

 ちらつく雪の向こうの景色ははどこまでも白く、まだ果てしなく続くかに見える。


(それでも、私はここまできた)


 この場に至るまでの足跡(そくせき)、出会った人々、多くの出来事が胸に去来する。


(本当に沢山のことがあった……。でも)


 だから、今の自分がいる。

 嬉しかったこと、楽しかったこと。

 辛かったこと、苦しかったこと。

 悔しかったこと、憎らしかったこと。


(この先に、あなたがいるのね)


 きっと会えるよね、とひとりごちる。

 あなたに話したいことが、伝えたいことが沢山たくさんあるんだ。


 あの日偲んで贈った、歌のように。

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