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女王蜂、退団する

カツカツカツとひとつの足音を響かせて、ランパーラ王国中央騎士団本部の廊下を二人の人物が歩いていた。ティエラ・ヒラソルとその専用執事ウラノだ。


二人なのに足音がひとつ…それはウラノの足音が一切しないからだ。そのことにティエラは気が付いている。だって、ティエラにも足音を消すことは可能だから。わざと大きな足音を響かせているのだ。自分の不機嫌な気持ちを表すように。周りを威嚇するように。


効果はてきめんだ。擦れ違う騎士や職員たちは足音が聞こえた瞬間廊下の端に寄り、縮こまり頭を下げる。ティエラはその様子を興味なさそうに一瞥し、ペースを落とさず向かう。騎士団長室へ。


ティエラ・ヒラソル。『女王蜂』と恐れられる彼女が、不機嫌な理由、それは彼女の想い人にして婚約者ヴィータ・ソーサリートが騎士団をクビになったという一報がティエラの元に届いたからだ。まあ、ヴィータはティエラを婚約者だと思ってはいないのだが。


ヴィータはティエラの生きる意味。セピア色だったティエラの世界を色付けてくれたのはヴィータだった。


ティエラは生まれながらの天才だった。幼少期から何をしてもすぐ1番になってしまう。大人も含めてだ。ティエラに去来したのは優越感ではない。虚無感だった。


何においてもすぐ1番になってしまうティエラは目標というものを持てなかった。目を閉じて自分の将来を想い描くとそこは暗闇だった。真っ暗で先の見えない暗闇。


そんな暗闇をとりあえず形だけ見えるようにしてくれたのはティエラの後ろを歩く執事ウラノだった。


あるときヒラソル領を訪れたウラノはティエラの抱える闇を見抜いた。そして、剣でティエラを叩きのめしてくれた。


それからティエラはヒラソル領で執事として働きだしたウラノに剣術を習い始めた。いや、ティエラとウラノの剣術は大きくかけ離れていた。ティエラはエストックによる刺突、ウラノは片刃の剣での斬撃。だから教えて貰ったのは脚さばきや体さばきだ。


どれだけウラノに挑んでも勝てるビジョンすら見えない。そこで初めて自分でも1番になれないことがあるということを知った。いつかウラノに勝ちたいという目標が出来た。しかしそれは真っ暗闇がなんとか輪郭を持っただけだった。


15歳。成人の時。ティエラは学校へ入学する時期がやって来た。貴族の子供は15歳から3年間学校へ入学する。学校は、騎士学校の他に魔法学校と王立大学があった。しかしティエラは興味がなかった。家でウラノに剣を学んでいた方が有意義に思えたからだ。他の勉強は独学でも出来た。


あるとき、ウラノはヒラソル家全員がいる前でティエラ個人に忠誠を誓った。王やヒラソル家の家長である父ではなくティエラ個人に。ティエラの父や兄は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。二人はウラノの正体を知っているようであった。しかしティエラはウラノは腕のたつ執事、それだけで十分であった。


ウラノはティエラに忠誠を誓ったあと、騎士学校に入学するように勧めた。2年時から化物が編入してくるからと。


ティエラは居を王都デントロに移した。ウラノの勧め通り騎士学校に通いだしたのだ。1年目。騎士学校の生徒たちは辺境伯令嬢であるティエラを田舎者と馬鹿にしたがティエラの実力を目の当たりにしてすぐに何も言えなくなった。


また常に1番。つまらなかった。別に本気を出しているわけでもないのに。ティエラの唯一の楽しみは学校が終わって、王都のヒラソル邸に帰ってからウラノに稽古をつけてもらう時だけだった。


2年になった。ヴィータという平民が編入してきた。平民の騎士学校への入学は50年ぶり2回目だそうだ。


ヴィータを初めて見たとき、ティエラは絶望した。こいつではないと。黒い髪に黒い瞳、見た目こそウラノに似ていたが、みすぼらしい姿に覇気のない佇まい。どう見ても化物に見えない。


ティエラは怒りに任せてヴィータに斬り掛かった。そしてこてんぱんに返り討ちにされた。ウラノが言った通りヴィータは化物だったのだ。


そこからティエラの生活は一変した。剣術でともに切磋琢磨し、剣術以外のことをヴィータに教える日々。


同年代の勝てない相手。その存在はティエラには大きかった。いろいろなことを話した。自分が抱える闇についても。ヴィータはそれを真剣に聞いてくれた。自分の世界がどんどん色付いていくことにティエラは気が付いた。


この人しかいないと思った。自分の伴侶になる人物はこの人しかいないと。それはティエラの初恋だった。


ティエラは積極的にアプローチした。しかし、ヴィータはそれを柳のように受け流した。それはそうだろう。ティエラは辺境伯令嬢、ヴィータは平民。騎士学校を無事卒業しても騎士爵。身分が違い過ぎるのだ。


しかしティエラは諦めなかった。ヴィータの実力ならすぐに子爵くらいにはなれると踏んでいた。そのためにコネを最大限使って最前線のノルディスト砦に配属されるように計らった。


想い人を最前線に送り出す。普通はしないが、ティエラはヴィータが負ける姿なんて想像出来なかった。すぐに朗報が届くと信じていた。


騎士学校卒業の日、ティエラからヴィータにプロポーズした。「立派な貴族になって迎えにきてほしい。」と。ヴィータは了承してくれた。ティエラはヴィータと婚約したのだ。ヴィータが全く分かっていなかったなんて知るよしもなかった。


中央騎士団に配属されたティエラは業務に没頭しながらヴィータが迎えにきてくれる日を夢見た。入団初日の当時騎士団最強の男のちょっかいや、エルフ帝国の進行、はぐれドラゴンの王都襲来などがあったが、ティエラには些細なことだ。ティエラにとって大切なことはヴィータに纏わること。ヴィータの動向。ヴィータはティエラの全てなのだ。


少し派手だが美しく、実力も確かで家柄もしっかりしているティエラには様々な縁談が舞い込んできた。ティエラはそれをことごとく断った。だってティエラにはヴィータがいるのだから。


断り方も手紙で断るのではない。何度も求婚されては困ると席を設け、面と向かって断った。「わたくしには心に決めた人がいますの。」と。王族に対してもだ。


父や兄は怒った。ティエラはそれをことごとく無視した。父や兄も強くは言えなかった。ティエラは今やランパーラ王国最強の騎士なのだ。


なのに…だと言うのに…


「失礼しますわ。」


ティエラはそう言うと中からの返事を待たずに団長室の扉をバタンと大きな音を響かせて開けた。自分の怒りがどの程度か示すように。


部屋の正面の机の向こうにこちらを向いて座る初老男性。彼が騎士団長。『剣聖』の称号を持つ。


剣聖…先代まではこのランパーラ王国で最強の男に与えられる称号だったらしい。しかし今は違う。ただの褒美だ。1番王にゴマをするのが上手な騎士に与えられる称号だ。それが今の騎士団長だ。


騎士団長は部屋に乱入したティエラとウラノを見て、顔が恐怖に染まる。特にウラノに対して。


「なんだ。なんの用だ、ティエラ。」


「騎士団長様もご機嫌麗しゅう。それで、ヴィータの騎士団退団、騎士爵剥奪ってどう意味ですの?」


「そのままの意味だが。」


「わたくしは聞いておりませんわ。」


「お前には言っていなかったからな。」


「なぜ言いませんの?」


「言えばお前が反対するからだ。」


ティエラは背筋を伸ばし腕を組む。豊満な胸が押し上げられる。そして放つ威圧。流れる沈黙。


騎士団長は憮然とした態度をとっているが冷や汗だらだら、ティエラから見えない下半身はガタガタ震えている。しかし、頑張る騎士団長。これは王からの命令だからだ。縁談を断り続けるティエラの想い人ヴィータの排除。王命なのだ。


長い沈黙を破りティエラは動いた。懐から手紙を取り出しカツカツカツと足音を響かせ、机までやって来るとバンと勢い良くその手紙を机の上に置いた。ひび割れる机。手紙の表には『辞表』と書かれていた。


「な!これはなんだ!」


「見ての通り辞表ですの。」


「こんなことが許されると思っているのか。」


「思ってますの。」


「ただではすまないぞ。」


「わたくしをどうにか出来るのはヴィータだけですの。ヴィータのいない騎士団には興味がありませんので。失礼。」


ティエラは冷たくそう言うと金髪縦ロールの髪を靡かせながら扉の方に向きを変え、またカツカツカツと足音を響かせて団長室を出ていった。


室内に残るウラノ。「はぁ。」とため息を吐き出し緊張が解ける騎士団長。


「止めてくださいよ。先代。」


「ほっほっほ。私にはもう関係のないことですので。それにティエラ嬢は近くで見ていて面白い。」


「はぁ。そういう人間でしたね。先代は。」


「ほっほっほ。」


ウラノも向きを変え、ティエラの後を追いかける。残った騎士団長は王にどう報告するか頭を悩ませるのであった。

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