聖女、焦る
私、ルーア・ソーサリートは広場に置かれた巨大な鳥の骨を眺めていた。
これはコカトリスという鳥型の魔物の骨。鳥型って言っても飛べないらしいけど。私も見るのは初めてだ。
ここはガジーナという村の集落の真ん中にある広場。昨晩ここで宴が行われたらしい。らしいっていうのは、私はその宴に参加していないからだ。
昨日、いつものようにクエストに行って冒険者ギルドに帰ったら私たち『光の翼』に指名の緊急依頼が入っていた。しかし、すでにもう日没していたので、次の日…つまり今日の早朝から急いで駆け付けてみれば…これだ。
ギルド職員の話では、ガジーナという村にA級の魔物コカトリスが襲来、依頼を受けた街のギルドにはC級までの冒険者しかいなかった。その場で希望した新人冒険者二人を偵察に送り出した。この近辺ではA級冒険者は私たち『光の翼』しかいない。なので、村の人と新人冒険者を助けてほしいと。
そして村の人の話。コカトリスの隙を見てひとりの少年が街の冒険者ギルドに応援を求めた。連れてきたのは弱そうな男と綺麗な女。二人はコカトリスを追い掛けると1時間ほどでコカトリスの巨大な死骸を引き摺って帰ってきたらしい。血抜きをされた状態で。
ギルドから預かった薬液で石化した村人たちを治すと宴が始まった。村の広場…つまりここで。コカトリスの毛をむしって丸焼きにし、酒を飲み交わす…私も参加したかった。
広場で酔っ払い、その場で眠った二人は早朝目を覚ますと何も言わず立ち去ったらしい。討伐を証明する部位も持たず…新人ぽい失敗だ。しかし、やったことは新人ぽくない。A級の魔物をたった二人で討伐したのだ。しかもこんな巨大な魔物を血抜きまでした。どうやってやったのか想像も出来ない。
改めてコカトリスの骨を見る。首は中程で切られ、下半身の骨はバキバキだ。こんなことが新人冒険者に可能なのだろうか?
「ルーア。コカトリスの頭を見付けたよ。こっち来て。」
「はーい。」
『光の翼』のメンバー、フピテルの呼ぶ声が聞こえたので返事を返し、声の方向に歩く。
家と家の間を通って出た先に木に釣るされたコカトリスの頭。綺麗な状態だ。おかしくない?A級の魔物を討伐するような戦闘があったんでしょ?頭部が綺麗なままってどういうこと?
「見て、この切り口。1回で切ったように見えるけど、たぶん2回。2回目を1回目と寸分違わぬところに当ててる。」
私は魔法使い。剣士じゃない。でもフピテルが驚愕の顔をしている理由は察せられる。
「フピテルは出来る?」
「止まってたらね。でも、このコカトリスは動いてたんでしょ?そんなの無理よ。不可能だわ。」
「でも、実際…」
「そうなんだよね…」
剣のことが分からない私にもどれくらい不可能に近いことなのか分かる。でも、私はそんなことが出来る人をひとり知っている。
「お兄ちゃん…」
私がお兄ちゃんと呼ぶ存在、ヴィータ・ソーサリート。「お兄ちゃんと呼ぶ存在」なんて言うのは私たちに血の繋がりはないからだ。
だって、私はエルフ、お兄ちゃんはヒューマンなのだから。
物心ついたころ、私は孤児院で暮らしていた。両親のことは全く知らない。私は小さいころからいじめられていた。理由を知ったのはいつだったか。私が他の人たちと違う耳の形をしていたからだ。
長い寿命と長い耳、高い知性と高い魔法力、そして高いプライドを持つ私たちエルフは隣国、この大陸最大の強国エルフ帝国においては崇拝の対象だ。
しかし、他の国では違う。エルフ帝国が行ってきた虐殺の数々。畏怖、恐怖、侮蔑の対象がエルフなのだ。
でも、私が虐殺したわけじゃない。でも、私はいじめられた。そこは深い深い闇だった。そこから私を救い出してくれたのが、お兄ちゃん、ヴィータ・ソーサリートだ。
彼は私に救いの手を差し伸べてくれた。向けられる悪意から身を呈して守ってくれた。私に幸せとは何かを教えてくれた。
お兄ちゃんは私を愛してくれている。とてもとても愛してくれている。妹として。
私の望みは違う。私はお兄ちゃんの恋人になりたい。伴侶になりたい。同じ時を生き、同じ時に死ぬ。それが私の願いだ。
私は弱かった。私はお兄ちゃんに守られるだけの存在だった。しかし、あるときお兄ちゃんの前にひとり老人が現れた。お兄ちゃんに良く似た雰囲気の老人。その老人はお兄ちゃんに剣を教え始めた。
お兄ちゃんは元々腕っぷしが強かった。大人とけんかしても一方的に勝てるほどだ。そんなお兄ちゃんが老人に軽くあしらわれていた。
私はその光景をただただ見ているだけだった。しかし、お兄ちゃんと老人の戦う姿が目で追えなくなってきたころ、心境の変化が現れた。このままでは、お兄ちゃんに置いていかれるのではないかと。
しかし、私は動けなかった。怖かったのだ、自分から動くことが。しかし、あるとき老人と目が合った。老人の目が語っていた。「お前は弱いままでいいのか?」と。
その日から私はお兄ちゃんに内緒で魔法の勉強を始めた。なぜ内緒かと言うと、お兄ちゃんが反対するからだ。お兄ちゃんは私に戦ってほしくないみたいだ。
私はまず孤児院に併設されている教会のシスターから回復魔法を学んだ。私は光魔法の適性が高いようであっという間に覚えることが出来た。次は図書館だ。街の図書館で攻撃魔法を勉強した。練習で孤児院の部屋や遠くの山を吹き飛ばしたのはいい思い出だ。あの時のお兄ちゃん、魔物の襲来だと勘違いして酷く心配してたっけ。
行く先々で侮蔑の眼差しを向けられた。しかし、私はそれに凛とした態度で望むことが出来るようになっていた。どんどん先に行こうとするお兄ちゃんのお陰だ。
すると普通に話してくれる人が現れた。友達と呼べる人も出来た。私はいじめられる原因は自分がエルフだからだと思っていた。それもあるだろう。でもそれだけじゃなかった。いつも俯き、じめじめした雰囲気を醸し出している者と誰が仲良くなりたいと思うだろうか?そんなのはお兄ちゃんくらいだ。
私が14歳のとき、お兄ちゃんの兵士学校の入学が決まり、お兄ちゃんと一緒に孤児院を出て二人で暮らし始めた。お兄ちゃんを学校に送り出し、学校から帰ってくるお兄ちゃんを迎えるという生活…幸せだった。お兄ちゃんのお嫁さんになった気がした。
しかし、その幸せは長く続かなかった。お兄ちゃんの騎士学校への編入が決まったからだ。騎士学校は王都デントロにある。私たちが住むベルジィからはずいぶん遠い。到底通えない。
お兄ちゃんは迷っていたけど、私が後押しした。だって、お兄ちゃんには立ち止まって欲しくなかったから。
お兄ちゃんがいない生活…想像以上に辛かった。精神的に。何かしないとと思い冒険者になった。
初めは苦労したけど、気が許せて背中を任せられる仲間が出来た。それが『光の翼』のメンバーだ。女ばかりの4人のパーティー。4年間頑張った。『光の翼』はいつの間にかA級パーティーになっていて私も『白光の聖女』なんて二つ名を頂いた。ちょっと恥ずかしい。
「どうしたの?ルーア。」
私が回想しているとフピテルが心配そうに覗き込んできた。
「ううん。なんでもない。」
私はぶんぶんと顔を横に振る。
「ははん。ルーア、さてはお兄ちゃん様のことを考えていたな。」
「え!どうして分かるの?」
「顔に書いてあるよ。ルーアって分かりやすい。」
そうなのかなぁ。ポーカーフェイスのつもりなんだけど…
「ルーア、フピテル。新人冒険者をこの村まで案内した少年を見付けたよん。」
『光の翼』の弓担当エレナがひとりの少年を引っ張ってやって来た。
「ここここんにちわ。おいらカバリオ。」
顔が真っ赤だ。かわいい。
「カバリオくん。こんにちわ。私はルーア。カバリオくんはその案内した冒険者の名前って分かるかな?」
「ヴィータ兄ちゃん!」
やっぱり。
「ねえ、ヴィータってルーアの愛しのお兄ちゃん様の名前じゃなかった?」
エレナの問いにうんと頷く。てか、お兄ちゃん様って何?メンバーはみんなそう呼ぶけど…
東の端のノルディスト砦にいるはずのお兄ちゃんがこんなところにいるってことは帰ってきたのかな?早く帰って迎えなきゃ。
「ねぇねぇ、少年。もうひとり女の人もいたんでしょ?その子は?」
フピテルが意地悪なことをカバリオくんに聞く。ううう。考えないようにしてたのに…
「えっとね、マルテ姉ちゃん。ヴィータ兄ちゃんの奴隷なんだって。」
「「「奴隷!?」」」
3人の声が揃った。お兄ちゃん…どうして奴隷を…そもそもお兄ちゃんにそんなお金あったかなぁ…
「えっとね、猫人族でね、すっごく綺麗でね、すっごく強かった。あと…」
「あと?」
「おっぱいが…」
カバリオがそう言って胸の前で自分の手で放物線を描く。はっ。私は自分の胸を押さえる。残念ながら、ぺったんこだ。
「フピテル、エレナ、帰るよ。ロサを呼んできて。」
私は慌てて集落の外に停めた馬車に向かって歩き出す。
「焦ってる焦ってる。」
「フピテル、茶化さないで。」
「怒ってるルーアもかわいー。」
「もう。エレナも。早くロサを呼んできて。」
「はーい。」
私はお兄ちゃん帰りを待つため、そしてマルテとかいう奴隷との関係について聞くため、私とお兄ちゃんの家への帰路を急ぐのであった。




