剣士、奴隷を買う2
音がどんどん大きくなり、その音の元凶が横道から大通りに飛び出して来た。予想通りと言うべきか…そいつは見覚えがある奴だった。
癖っ毛の赤に近い茶髪からピョコンと飛び出した猫耳、大きなタレ目、長い手足に豊満な身体…客観的に見てかなりの美少女であるが、着ている物はボロボロの布で大事な部分を隠しているだけ、そして両手首両足首には強引に引きちぎったあとのある巨大な鎖…間違いないあれが例の『爆拳姫』だ。
『爆拳姫』は大通りに巨大な鎖を引き摺りながら飛び出すと周りをキョロキョロと見回し始めた。大通りはさっきまではそれなりに人通りがあったが、今は危険を察知したのか、ここだけ全く人がいない。『爆拳姫』はすぐにオレを見つけこちらに向きを変えた。
「こわっ。」
オレの口から自然と出た言葉だ。正直怖い。こんな恐怖を味わったことが今まであったか?いや、あったな。ジジィに訓練されているときは毎日感じていたし、ティエラと騎士学校で対峙した際もこんな恐怖を常に感じていた。
「師匠!」
『爆拳姫』はそう叫んだ。目が爛々と輝いている。オレの口から出た言葉は「は?」だ。
「師匠ー!」
『爆拳姫』はそう叫ぶと瞬間移動もかくやというスピードでオレに突っ込んで来た。普段のオレなら、例え相手がこのスピードでも対応出来る。そういう訓練を積んできた。しかし、今回のオレは全く動けなかった。なぜか…それは『爆拳姫』に全く殺気がなかったからだ。
「しまった!」
『爆拳姫』の身体はあっという間にオレの懐の中だ。スローモーションで『爆拳姫』の両腕がオレの首の後ろに回るのが見えた。巨大な鎖が付いたままだ。これは俗に言う走馬灯というやつだろうか…ああ、妹よ。ティエラよ。先立つオレを許してほしい。
ズドンという衝撃と共にオレと『爆拳姫』は大通りを転がった。100メートルほど転がっただろうか…オレはどうやらまだ生きているようだ。
『爆拳姫』はというと…
「師匠、師匠、師匠!」
オレの首に抱き付き、顔をオレの胸に擦り付けている。なんだこれ?どうなってんの?オレは倒れた状態から上半身だけ起こす。
「あのー?『爆拳姫』さん?」
「にゃ?」
『爆拳姫』はオレの胸の中でオレを見上げ小首を傾げた。可愛いなぁおい。
なんて、思っているとオレはオレたちを囲む者たちがいることにようやく気が付いた。『爆拳姫』のことで、周りに気を配れてなかった。こんな失敗は初めてだ。
オレと『爆拳姫』の周りにはガタイの良い強面の男が9人…手に武器は持っていない。殺気も感じられない。良く見ると顔や身体がキズだらけだ。『爆拳姫』の突進に巻き込まれたのだろうか?
「まってくれー!」
オレたちのところに小太りの男が息を切らして走ってきた。そしてオレを囲む9人の男たちの中に混ざったかと思うと勢い良く土下座をしたのだった。
「は?え?何?」
「私は奴隷商のルエゴ・デスカンセスと申します。」
「はあ。」
なんだ?『爆拳姫』を捕まえてた奴隷商だよな、たぶん。なんで土下座なんだ?
「お願いです。その奴隷を買ってください。」
「え?なんで?」
「私たちでは手に追えません。」
んー。まあ、助けるつもりだったんだから吝かではないが…都合良すぎない?
「なんで手に追えないようなもんを奴隷にしてんの?」
「だって、ドラゴンでも1週間は眠ると言われている睡眠薬が1日で切れるとは思わないじゃないですか。トロールでも束縛出来ると言われている鎖が簡単に引き摺られるとは思わないじゃないですか…」
『言われている』が多すぎなんだよ…まあ、そう簡単には試せないだろうけども。
「こいつが強いっていうのは分かってたんだ?」
「はい。戦っているところを目撃しましたから。」
「でも手に追えるとは思っていたんだ?」
「はい。ちょうど睡眠薬と鎖を手に入れたところだったんで試す意味も込めて…」
で、睡眠薬は1日で切れて、鎖は簡単に引き摺られたと。まあ、それは睡眠薬や鎖のせいじゃないな。こいつが強すぎるんだ。たぶん、ドラゴンよりも。ドラゴンと戦ったことないから知らんけど。
「でも、それでオレから金取るっておかしくね?」
「そんなぁ。睡眠薬と鎖がどれだけしたと思ってるんですかぁ。」
いや、知らんし。
「それ以前にオレは金がない。とってもない。」
「少しくらいは持ってますよね?」
「ああ、まあ、20万ジェニーくらいはな。それじゃ奴隷は買えんだろ?他に金持ってる奴に言えよ…」
「この状況でそれを言います?」
「ああ…」
いまだに『爆拳姫』はオレの胸にすりすりしている。けっこう気持ちいい。これって猫人族のマーキングか?
「20万でいいです。それでお譲りします。」
「えー。オレ金なくなっちゃうじゃん。」
「それ以上はビタ一文まけられません。」
「そんなこと言われてもなぁ。」
実家までどうすんだよ。オレの足でもまだ3日は掛かるぞ。
「お願いします。ほら、お前らも。」
ルエゴは土下座の状態で頭を地面に擦りつける。ほかの強面のおっさんたちもそれに習う。大通りの真ん中で。
その外には野次馬が集まり出していた。
「えー。あの女の子捨てられちゃうの?」
「あんなになついてるのに。」
「女の敵ね。」
なんて声が聞こえてくる。えー、オレが悪いの?ルエゴの奴これを狙いやがったな。
「分かったよ。買うよ。買いますよ。」
「お買い上げありがとうございます。」
してやられた。オレは『爆拳姫』にマーキングされながら頭を抱えた。
その後、『爆拳姫』の手足の鎖は外され、代わりに奴隷の証である革の首輪が嵌められた。その間の『爆拳姫』は大人しかった。いや、なんだか嬉しそうだ。
オレの財布はいつの間にか空っぽになっていた。20万ともう少しあったはずだが、おかしい。何かがおかしい。
オレはこうして奴隷を購入したのであった。




