女王蜂、勘当される
「お姉様、お気をつけて。」
「わたくしは大丈夫ですわ。貴女はリチャードの婚約者の身、気をつけるのですわよ。」
「はい、分かってます。お姉様から腕利きの護衛をたくさんお借りしましたから大丈夫です。」
「結婚式は呼んでくださいませ。必ず参加致しますわ。」
「はい、必ず。」
王都ヒラソル邸の玄関前で深紅のドレスに身を包んだ美しく長い金髪をカールさせた女性と水色のドレスに身を包んだ綺麗なストレートの金髪の女の子が包容を交わした。ティエラとソフィアである。
ティエラはソフィアから離れると玄関先に停まっている表面に金の装飾を施したド派手な4頭立ての馬車に乗り込んだ。続いて執事服のウラノとメイド服のミア、アマリア、フロリタが乗り込み馬車の扉が閉まる。
先行する馬車がゆっくりと動き出しヒラソル邸の門に向かう。続いてティエラが乗った馬車が動き出す。馬車の小窓が開き、ティエラが顔を出す。
玄関から門まではヒラソル邸の使用人たちやソフィアの私兵が両脇にずらりと並んでいる。彼らは一斉に馬車に向かって頭を下げる。ティエラは馬車の中から手を振る。全員に。そして馬車が門までたどり着くと最後にソフィアに向かって手を振り、小窓は閉まったのであった。
ヒラソル邸から出発した馬車は3台、どれも4頭立てで王族が乗ってもおかしくないものだ。ティエラが乗った馬車は真ん中を走っている。
馬車は貴族街を抜け大通りに入り西門を目指す。途中で1台の馬車と2頭の乗馬された馬が最後尾に合流する。元スラム街からの合流だ。
スラム街からは別に、冒険者に護衛された3台の馬車が南門に向かっている。こちらはベルジィへ向かう集団だ。
早朝だというのに、王都民たちはティエラの馬車に気付き、家の窓から嘆くように手を振る。ティエラも小窓を開け、それに答える。
馬車はやがて西門を抜ける。抜けた先もまだ王都デントロだ。魔物のいない平地、近くに水源になる河もある。そこはかっこうの農業適正地帯である。見渡す限りの田園風景が広がっている。
正午過ぎ、やっと田園地帯を抜け草原に。馬車の後方、ちょうど馬車が見えるか見えないかギリギリの距離を走る2頭の馬があった。王からの監視だ。しかし、その二人は何処からともなく飛んできた矢に射られ、呆気なく絶命した。馬だけが何処かに走り去っていった。
遠くの森から1頭の馬が駆け出てきた。そしてティエラの馬車に近付いていく。乗っているのは毛皮のチョッキを着た如何にも盗賊という格好をした男だ。
元スラム街から合流した二人の護衛は警戒を強める。そのとき、ティエラの乗る馬車の小窓が開いた。
「大丈夫です。お仲間ですわ。」
ティエラの言葉に二人の護衛は通常通りの並走に戻る。盗賊風の男は馬をティエラの馬車に近付ける。
「上手く仕留めたようですわね。」
「へえ、お安いご用でさぁ。」
「わたくしがいなくなっても引き続き頼みましたわよ。指示は『王都連合』に仰ぎなさいな。」
「へい、心得ておりまさぁ。」
男はティエラと数回言葉を交わすと馬車から離れていったのであった。
王都周辺の盗賊は全てティエラの小飼である。『王都連合』や『獣人会』から金を流し、違法な薬物や物品、奴隷などを乗せた商隊を襲わせているのだ。
「悪人は上手く活用すること」ティエラにそう教えたのはティエラの母だ。母からそれを聞いたあとヒラソル領の盗賊たちを手懐けようと参ってみれば、すでに母の小飼であった。ティエラにして底が見えない、そう思わせる人物が母ジョセフィーナなのであった。
道中はどこもかしこもティエラかジョセフィーナの小飼の盗賊だらけ。魔物一匹現れなかった。宿泊したのは王都とヒラソル領の間にある貴族の屋敷。全部第二王子派だ。危険なんぞあろうはずもない。王都を出てから1週間、馬車は西辺境ヒラソル領最大の街オエスティに到着した。
オエスティに入るとティエラの馬車だと気付いた街民たちが参道に駆け付け祭りのような騒ぎになった。ティエラはそんな街民に対していちいち小窓を開け手を振り対応する。どこに行ってもティエラの人気は絶大だ。
やがて馬車は街の中央の高台にあるヒラソル領ヒラソル邸にたどり着いた。ここも王都ヒラソル邸に負けず劣らず広大だ。これは父ヒラソル辺境伯の功績…ではなく、母ジョセフィーナの手腕である。
屋敷の使用人たちの出迎えを受けながらティエラはヒラソル邸に降り立つ。そして屋敷の玄関を潜る。付き従うのはウラノとミア、アマリア、フロリタの4人のみ。それ以外は馬車で待機だ。
ティエラが使用人にまず案内させたのは、父と兄が待つ応接室ではなく、母の私室。廊下を歩きながらティエラは思う。ここの使用人たちは皆、母ジョセフィーナに心酔している。自分の手下より誰かの手下の方が多い状況は久しぶりだなと。ティエラの実力とウラノ、ミア、アマリア、フロリタの力があれば、どうこうされる心配はないが、なかなかぞっとする状況である。母が味方で良かったなと。今のところはであるが…
「ティエラお嬢様が参られました。」
案内してくれた使用人が部屋の中に声を掛ける。
「お入りなさい。」
中から幾多を魅了する美しい声が聞こえた。
「ウラノたちはここで。」
ティエラは後ろの4人に声を掛けると「失礼しますわ」と声を掛けジョセフィーナの私室のドアを開け中に入った。
「お帰りなさい、ティエラ。」
「ただいま帰りましたわ、お母様。」
「掛け0なさい。」
広い部屋の中央にテーブルがセットされていてメイドが椅子を引いて待っている。向かい側にはすでにジョセフィーナが腰掛けている。ティエラは言われた通りに椅子に座る。
メイドたちが洗練された動きでお茶と茶菓子を用意する。ティエラのメイドと同等…いや、それ以上かもしれない。ここで働く使用人たちは王宮に出ても恥ずかしくないスキルを持っている。しかし、こんな辺境でジョセフィーナに従い続けている。
「それで?これからどうするつもり?」
ジョセフィーナのその言葉で母には全て見透かされていることを察する。相変わらず恐ろしい人だ。
「お父様との話し合い次第ですけれど、今日中にここを立ちますわ。」
「まあまあ、それはせっかちだこと。」
「時間は有限、そう教えてくださったのはお母様ですわ。」
「そうでしたわね。会えて嬉しかったわ。」
「わたくしもですわ、お母様。」
「次に会うのはソフィアの結婚式かしら。そちらも順調そうね。」
「はい、抜かりありませんわ。それでは。」
言葉少なく会話を交わし、お茶や茶菓子に全く手を付けず、ティエラは席を立ち、ジョセフィーナの私室を出たのであった。
ティエラが次に向かったのは応接室だ。今度はウラノだけを伴って中に入り、父と兄が座るソファーの正面に座る。ウラノはソファーの後ろに控える。
「なぜ召喚命令を出したか分かっているな?」
父であるヒラソル辺境伯が口火を切る。
「ええ、分かっていますわ。騎士を辞めたことですわ。」
「それもある。しかし、それだけではない。貴族はともかく王族からの縁談も全部断りやがって。いったいどういうつもりだ?」
「どうもこうもありませんわ。わたくしを御せるのはヴィータだけ。前にそう言ったはずですわ。」
「ヴィータヴィータって、奴は平民だろうが!」
「そのうち爵位を得ますわ。」
「そのうちっていつだ。お前が年老いたときか?」
「それは神のみぞ知りますわ。まあ、わたくしは平民のままでも一向に構いませんが。」
「何を馬鹿なことを!お前は辺境伯令嬢だぞ!」
「それ以前にわたくしは人間ですので。」
やはり口では勝てない。辺境伯はそう思った。ティエラが小さいときから一度も勝ったことがないのだ。しかし、このままでは終わらせられない。辺境伯としての面子があるのだ。
「お前は勘当だ。二度とヒラソル家の敷居を跨ぐんじゃない。」
辺境伯はそう言い放った。隣で兄がニヤニヤした顔でティエラを見つめる。ティエラは下を向き小刻みに震え出す。
辺境伯は思った。あのティエラでもさすがに勘当は堪えるだろうと。そして自分に許しを乞うのだ。まあ、謝られれば、許してやらんこともないと。
しかし、事態は辺境伯の思惑とは違う方向に動き出す。
「くくくくっ。ホッホッホッホッ。」
初めは我慢していたが遂に限界がきてティエラは声高らかに笑い出す。父も兄もきょとんとした顔をしている。
「聞きましたか?ウラノ。」
「はい、しかと。」
「勘当ですって。」
「そのようでございますね。」
そして急にティエラは真剣な顔に戻る。
「ミア、アマリア、フロリタ。」
「はい。失礼します。」
ティエラが呼ぶと3人のメイドが大きな布袋を抱えて応接室に入ってきた。そしてその布袋を辺境伯とティエラの間のテーブルに置く。音からすると中身は貨幣のようだ。3人のメイドはウラノの横に並ぶ。
「白金貨で30億ありますわ。これで今まで育てて頂いた分に足りるかと。」
「何を、何を言っているのだ?」
「これでわたくしたちの間に貸し借りは無しでしてよ。では、失礼。」
いまだきょとんとする父と兄を残し、ウラノと3人のメイドを引き連れティエラは応接室を颯爽と後にしたのであった。




