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犬人娼婦、怒る

「凄い行列ね。」


「だね。」


犬人族の娼婦兼用心棒であるミネはヒューマン族の娼婦の教育係であるキアーラとの買い物の帰り、通り掛かった地下闘技場の入り口に並ぶ長蛇の列を見て言った。


観客の列より出場者受付への列の方が長いというのもまた、今まで見たことがない光景であった。


「なんでも、ティエラ様の護衛の選抜をするらしいわよ。いいなぁ、あたしも付いていけたらなぁ。」


娼婦の間でも、最近はティエラ様が王都を離れるという話題で持ちきりだ。ミネも嫌というほど聞かされた。しかし、ミネはティエラという人物に会ったことがないので興味がなかった。


「ティエラ様ねぇ…」


「またミネはそういうこと言う。ティエラ様はねえ。」


「分かってる分かってる。うちらが安心安全に働けるのはティエラ様のお陰なんだろ。」


「そ。綺麗な店舗で病気や妊娠の心配なく働けてるのはティエラ様のお陰。客にぼったくられる心配もないしね。」


「ふーん。」


そんなことならもっと早く行動して欲しかったと、考えても仕方のないことをミネは考えてしまう。


ミネが妹分のセナとこのランパーラ王国の王都デントロに流れ着いたのは5年前。食うに困って体を売って命を繋いでいたのだが…


「あんた強いんでしょ?出てみたら?」


キアーラの言葉にミネは首を横に振る。


「そこそこ自信はあるけど、本当に戦うことばかり考えている奴らには勝てないさ。それに…」


「セナか…」


キアーラの言葉にミネは無言で頷く。


あるときセナが客から酷い暴力を受けたのだ。命に別状はなかったが心に深い傷を追ってしまった。もう客を取ることは出来ないだろう。しかも相手は貴族だった。仕返しも儘ならなかったのだ。


困っているところをホセという同族の男に助けられ、ビビアナというとんでもなく美しい女に預けられた。そこでセナの怪我を治してもらい、働き口として中級娼館を紹介された。今はそこでミネは娼婦兼用心棒として、セナは料理係として雇ってもらっている。


ホセとビビアナには感謝しかないのだが、ティエラに関しては間接的なことばかりなので、ミネにはピンときていなかった。


地下闘技場を通り過ぎ少し歩くと大きな8階建ての建物が見えてくる。5階建ての建物が多い王都でもその建物は良く目に付く。なんでもマルソー商会という大商会の商館らしい。その商館の大通りを挟んだ向い側がミネが働く娼館だ。


ここら一体は再開発された元スラム街の中で、数々の娼館が建ち並び『色街』と呼ばれている。その中心にあるのがマルソー商館。ここにはビビアナがよく出入りしているのが目撃されており、ビビアナが執務に使っていると言われている。


「ただいま。」


「お帰りなさい。」


中年の娼館スタッフと挨拶を交わし控え室に向かおうとしたミネとキアーラ。そこでミネは違和感に気付く。ミネが帰ったらしっぽを振って抱き付いてくるはずのセナが来ないのだ。


「なあ、セナはどうした?」


ミネはすれ違おうとしていたスタッフの肩を持って立ち止まらせて聞く。


「セナちゃんですか?あれ?厨房にいないですか?」


「え?ちょっと、ミネ?」


ミネは嫌な予感がして心配してくれるキアーラを振り切り厨房に走る。そこでは二人のスタッフが働いていたが、セナの姿はなかった。


「セナはどこだ?」


「セナ?なんか受付に呼ばれたよ。」


ミネはそのまま受付まで走り、並んでいる客がいるのもお構い無しに受付をしている男性スタッフに食って掛かる。


「セナはどうした!」


「え?ミネさん、今はマズいですよ。あとにしてください。」


男性スタッフは客の目を気にしてミネを落ち着かせようとする。しかし、ミネは聞かない。嫌な予感が最高潮に達しているのだ。


「うるさい。セナはどうしたんだよ。早く言え!」


「セナさんですか?先ほどセナさんを見掛けたという貴族様が来られたので、そちらへ。」


「なぜだ!セナには客は取らせないって話だっただろ?ビビアナ様にも了承を貰ってる。」


「ええ、しかし、セナさんに聞いたら出られると言ったもんで。」


「セナは頼まれたら断れないんだよ!」


ミネは怒りのあまり男性スタッフの両肩を掴んで揺さぶる。その姿を見て逃げる客もいたが、ミネには関係なかった。


「部屋は何番だ!」


「は、8番です。」


ミネは男性スタッフが言い切るのも待たずに8番の部屋に走る。そして部屋のドアに手を掛け開こうとする。娼館の部屋は全て内側から鍵が掛けられないようになっている…はずだ。なのにドアは開かない。ドアの丸窓から中を伺い見る。


ミネが見た光景は、全裸のセナに馬乗りになり拳を振り下ろす男であった。あの男、見覚えがある。前にもセナに暴力を振るった男だ。セナは殴られすぎてすでに意識を失っているようだ。


事は一刻を争う。ミネは拳を腰だめに構え、一気にドアを撃ち抜く。バーンという音を立て、ドアが部屋の内側に吹き飛ぶ。


「セナ!」


「なんだお前は!邪魔をするな!」


ミネは何事か叫んでくる男の首根っこを掴み、廊下の窓を目掛けて放り投げた。ガシャーンと音を立てて男は大通りに飛んでいった。


「セナ!」


ミネはベッド上で気絶しているセナの元へ。酷い怪我だ。呼吸を確認し胸に耳を当て心音を確認する。良かった、死んではいない。


騒ぎを聞き付け、部屋の外には娼館のスタッフたちが集まり出す。その中に受付の男性スタッフも。


「そんなぁ…」


男性スタッフはセナの酷い姿を見て、その場にへたれ込む。


「へたれてる場合か!マルソー商館で治療術士を呼んでこい。何人かいるはずだ!」


「はい!」


違う女性スタッフが娼館の出入り口に向かう。


「ミネ!」


キアーラが部屋に入ってきた。


「キアーラ、あんた回復魔法使えたよね?」


「うん。初級だけどね。」


「ここ任せていい?」


「いいけど、ミネはどうするの?」


「うちはあの男と決着を着けてくる。」


「相手は貴族だよ。」


「分かってる。」


ミネは気絶するセナの頭を優しく撫でたあと、その場をキアーラに任せ、壊れた窓から男を追った。


「いたたたたぁ。」


大通りでは男がちょうど立ち上がるところであった。周りには野次馬が集まりつつあった。


「あんた、どこで何したか分かってんの?」


ミネは下着姿の男に言う。


「あ?ここは娼館であいつは娼婦だろ?しかもあいつは犬。犬に躾をして何が悪い?そんなことよりもドアごと魔道具を壊しやがって。いくらしたと思ってんだ、あ?」


「てめぇ!」


やはり部屋のドアは魔道具を使って封じていたようだ。男はミネに逆ギレする始末。その態度に切れたミネは男に殴り掛かろうとする。


「おっと、俺はカンピオーネ子爵家の次男ドゥレム・カンピオーネだぜ。しかも騎士。手を上げていいと思ってんのか、あ?」


その言葉にミネの動きは止まる。この国では平民が貴族に暴力を振るうことは法律で禁じられている。有名な話だ。場合によっては関係者も罰せられる。自分はどうなっても構わない。しかし、セナは。お世話になった娼館のみんなやそしてビビアナ様に迷惑が掛かるのは困る。


動きが止まったミネを見たドゥレムはいやらしい笑みを浮かべる。そして手に大きな火の玉を作り出す。


「おい、犬。お前、俺に何したか分かってんのか?あ?これで娼館を燃やしてやろうか?」


「すまない。しかし、もうセナやこの娼館には関わらないでくれ。」


「それが人様にものを頼む態度か?あ?」


「どうすればいいのだ?」


「まずは座れ。」


ミネは言われた通り、その場にしゃがむ。


「あ?犬の座るはそうじゃないだろ!」


ドゥレムはミネの茶色い髪の毛を火の玉を出していない方の手で掴んで地べたに叩き付けようとした。しかし、出来なかった。


「そこまでだ。」


黒装束の男二人がドゥレムの首筋にナイフを突き付けていたのだ。


「ちっ、暗殺ギルドか。」


「火球を消せ。」


「分かったよ。悪かったって。でもこんな状態なら消せないだろ。ナイフを収めてくれよ。」


「分かった。」


ドゥレムの言葉に黒装束の二人はナイフを収める。


「甘いんだよ、ばーか。」


「ぐはっ。」


ドゥレムは回し蹴り一閃。黒装束の二人を蹴散らした。


「さあ、お前の番だよ。」


ドゥレムはミネの胸ぐらを掴み顔に火の玉を近付ける。ミネも自分だけで済むならと抵抗を止めた。


「『水弾』。」


プシュンと音がして水の玉がドゥレムの火の玉を撃ち抜いた。ドゥレムの火の玉は掻き消される。


「誰だ!」


ドゥレムは水弾が発射された方向を見る。そこはマルソー商館の入り口前。扇情的なドレスを着た桃色の髪の美しい女性が人差し指をドゥレムに向けて立っていた。


「ビビアナ様…」


そう。色街の支配者ビビアナ・プリマヴェーラである。


「わちきの街でよくも好き勝手してくれたでありんすね。」


「あ?ビビアナだぁ?所詮平民だろうが。お前に何が出来るってんだ?あ?」


「ふん。それをいうならぬしは罪人でありんす。ドゥレムと言ったでありんすか?観念するでありんす。」


「は?罪人だ?何を根拠に。」


「はて?自覚がないでありんすか。困ったお人でありんす。直接上司に聞くでありんす。のう、ジェネイロ公爵殿。騎士団副団長とお呼びした方がよろしいでありんすか?」


「どちらでも構わん。」


青い鎧に身を包んだナイスミドルが数人の騎士を引き連れてマルソー商館の中から現れた。


「ドゥレム・カンピオーネの罪状は何でありんしたか?」


「うむ。市民への暴行、放火未遂、それから…」


「それから、なんでありんしょう?」


「公費の横領だな。」


「はあ?公費の横領だ?そんなもんやってねぇよ。」


ドゥレムはミネの胸ぐらから手を離し、ジェネイロ公爵に向かって言う。貴族とは思えない言葉遣いである。


「騎士ヴィータ・ソーサリートの給金を不正に横領した証拠は上がっている。」


「は?」


ドゥレムは身に覚えがあったが、それを罪と思っていなかった。しかし、騎士の給金は公費である。それを不正に横取りすることは公費の横領に当たる。


「ジェネイロ公爵殿。早くゴミは片付けて欲しいでありんす。」


「ふん、ゴミか。まあそうだな。確保しろ!」


「「はっ。」」


部下の騎士たちはジェネイロ公爵の命に従い、ドゥレムを取り抑える。さすがのドゥレムも抵抗らしい抵抗は出来なかった。


「連行しろ!」


ドゥレムは騎士たちに引き連れられ、色街から消えたのであった。


「して、公費の横領の罪は如何ほどでありんすか?」


「ふん。死刑に決まってるだろ。」


ジェネイロ公爵はそう言い残し部下たちを追ったのであった。


「さあ、散るでありんす。」


そう言って野次馬を散らしたビビアナは地面に座り込むミネに近付く。


「すまなかったでありんすな、ミネ。」


ビビアナは優しくミネの頭を撫でる。


「ビビアナ様は悪くねぇよ。それよりセナが。」


「セナなら大丈夫でありんす。高位の治療術士を向かわせたでありんす。」


「そうか…いつもすまねぇ。」


「いいでありんす。それよりミネ。別の街に行かないでありんすか?」


「別の街?ああ、ティエラ様か。」


「そうでありんす。ミネはティエラ様の元で本当の強さというものを知るといいでありんす。」


「本当の強さか…しかし、セナが…」


「セナも連れていくといいでありんす。セナは王都を離れて療養させた方がいいでありんしょう?」


「そうか…そうかもな…」


「キアーラも連れていくといいでありんす。」


「キアーラも?それは至れり尽くせりだな。」


「そうでありんしょう?」


「こちらからお願い、します。」


「ほほほ。ミネの敬語なんて気持ち悪いでありんす。さあ、セナのところに行くでありんす。」


「ああ。」


ビビアナはミネの脇を持って立たせた。そして、二人でセナの元に向かったのであった。

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