女王蜂、王都で無双する2
ティエラは妹のソフィアを囮に使い、単独で街中を疾走する。
何故このような面倒なことをするのか。ティエラはいつでも国家をひっくり返すだけの力を持っている。それは王にとっても周知の事実だ。なので監視が付けられているのだ。その監視を欺いて訪れた場所とは。
ティエラがたどり着いたのは、元スラム街である。元である。今はティエラの元で大金を掴み、貴族の屋敷も各やという屋敷が建ち並ぶ。他にも小綺麗な集合住宅、ティエラが出資した工房やティエラ肝煎りの工場、そして『塾』と呼ばれる巨大な建物が建っている。ここはティエラの街なのだ。
ティエラはとある路地に入る。その奥の扉の前に窮屈そうなタキシードに身を包んだ屈強な男が立っている。
「ティエラ様。お待ちしておりました。」
男はそう言って扉を開ける。中にはスカートの短いメイド服に身を包んだ美しい女性が待ち構えていた。
「こちらです。ティエラ様。」
ティエラは女性のあとに付いて歩く。やがて立派な扉の前で立ち止まった。
「ティエラ様が参られました。」
女性は中にそう声を掛け、扉を開いた。中の部屋にはすでに9人の男女が高そうなテーブルに付いていた。ティエラを見ると全員が立ち上がろうとしたので、ティエラはそれを手で制した。
この部屋は広大な地下空間の真ん中に設置されたリングで上半身裸の男が殴り合っている光景を一望出来る位置に設置されている。リングの周りは観客やスタッフでごった返している。そこは地下闘技場だ。ティエラが通された部屋はその最上階のVIPルームなのだ。
地下闘技場でもVIPルームにティエラが現れたのを察し全員の動きが止まり視線はティエラに注がれる。VIPルームには一方の壁がなくリング側からもVIPルームを見ることができるのだ。
「そのまま続けてくださいませ。」
ティエラが下に向かって声を掛けるとまた喧騒が戻ってきた。
ティエラはテーブルの上座に腰を下ろす。9人の男女はティエラに向かって頭を下げる。
この9人を紹介しよう。
1人目、でっぷり太った頭の禿げ上がった男、この大陸最大の商会マルソー商会の会頭、マイオ・マルソー。
2人目、マイオとは逆に細身で神経質そうな顔に丸眼鏡。大陸で見ればマルソ商会に遅れを取るが王都ではマルソ商会を凌ぐ、ジーニョ商会会頭カジェ・ジーニョ。カジェは商業ギルドのギルドマスターでもある。
3人目、フワッとした茶髪にそばかす、小動物のような見た目。ランパーラ王国内最大の奴隷商人ルエゴ・デスカンセス…の娘、ベレン・デスカンセス。
4人目、2メートルを越える身長にパンパンに膨れ上がった筋肉、灰色の犬耳、元は獣人族のギャング。今は『獣人会』という名の慈善団体会長ホセ・エルマンキニョス。
5人目、ホセには負けるが大きな体格、黒い革の服にサングラス。王都最大のギャング『王都連合』のボス、ベルナルド・アヴリウ。この地下闘技場の経営者でもある。
6人目、桃色の髪、甘ったるい雰囲気、胸元が大きく開いた扇情的はドレスに妖艶な体。色街の支配者、ビビアナ・プリマヴェーラ。
7人目、黒い忍装束を全身に纏い口元まで隠す男。見えるのは目元だけ。暗殺ギルド、ギルドマスター、カミロ。
8人目、緑色のボサボサ頭にゴーグル。服装は繋ぎの作業服。でもどこか美しい。魔道具ギルド、ギルドマスター、カロリーナ・アゴースト。
9人目、屈強な体を白い鎧で包んだナイスミドルなおじさん。王都冒険者ギルド、ギルドマスター、元『勇者』アベル・オゥトーノ。
皆、見た目はバラバラだが、共通点がひとつ。眼光の鋭さだ。ティエラの元で富を手にした今も眼光の鋭さは変わらない。日々研鑽していることが伺える。
ティエラにより地位と名誉が与えられ、巨万の富を獲得し、ティエラに忠誠を誓った彼らを人は『九龍頭』と呼ぶ。ここにいるのは裏社会の支配者たち。その上にティエラが君臨しているのだ。リチャードが言っていた『裏』とはこのことである。
「俺は一応表の人間なんだがなぁ。」
アベルは頬をポリポリ掻きながら発言する。
「では、『九龍頭』を辞めればいいでありんす。わちきは八龍頭でも構わないでありんす。」
反論したのはビビアナだ。めんどくさそうに口元を扇子で隠す。
「いや、それは困る。」
「では、そういうことは言わない方がいいでありんす。『九龍頭』はなりたくてなれるものではないでありんすよ。」
「ああ、そうだったな。すまなかった。」
アベルは正直に謝った。他人とは隔絶した戦闘能力を持つアベルだが、妻や子供が豊かで安全な生活を送れているのはティエラのお陰だと認識していた。『九龍頭』の名前を使えば、ギルドマスターの仕事もスムーズに行える。至れり尽くせりだ。
「まあ、そういじめてやるな、ビビアナよ。そんなことよりティエラ様だ。ティエラ様が王都を去られるのだぞ。これは一大事だ。」
二人を止めたのはマイオである。また皆の視線がティエラに集まる。
「こんな日が来ることは予測出来ていましたわ。なので、その準備はして参りました。皆様には既に指示を出しているはずですわ。マイオ。首尾は上々ですか?」
皆の視線がティエラからマイオに移る。
「はっ。ティエラ様の指示によりベルジィの街にて1年前よりタバコ工場を展開しております。住人受けも上々です。しかし、タバコの葉は輸入頼り。ベルジィは大河により流通は盛んですが、やはりコストを考えるとベルジィ近郊で栽培することが最良かと考えます。」
「では、わたくしが訪れた際に土地を見繕っておきますわ。」
「お願いいたします。」
ティエラは手元の紙にペンですらすらとメモを取る。
「カジェ。葡萄酒の方はどうなっていますか?」
視線がカジェに移る。
「はっ。既にベルジィ近郊の村で葡萄の栽培を始めております。ベルジィは王都より気候が温暖、良い葡萄が作れそうです。酒にするにはもう少し時間が掛かりますが、出来た暁にはピエドラ産に匹敵する物になるかと。これでピエドラとの取り引きで下手に出なくて済みます。」
「それは僥倖ですわね。ベルジィの特産にしていきましょうか。」
「その価値は十分にあるかと。」
またティエラは紙にペンを走らせる。
「ベレン。ルイゴから連絡はありましたか?」
ベレンは本来ならこの会議に参加していない。父であるルイゴが『九龍頭』なのだ。ベレンがここに出席しているということはルイゴは長男ではなく、娘のベレンを後継者に指名したようだ。
「はい。『爆拳姫』の保護には失敗したそうです。しかし、ヴィータ様に保護して貰えたと連絡がありました。問題ないですよね?」
「それはまた、なんという偶然ですわね。ルイゴによくやったと伝えてくださる?」
「はい。有り難きお言葉。」
ノルディスト砦から逃げた『爆拳姫』を下種な貴族の手に落ちる前に保護し、ランパーラ王国南東部最大戦力のヴィータに保護して貰うのがルイゴの任務であった。途中は失敗したようだが、結果は上々だ。
「今までの話からでありんすと、ティエラ様はベルジィに居を移されるのでありんすか?ベルジィの色街はどうするでありんすか?」
ビビアナはティエラが王都から離れるとしか聞かされていなかった。しかし、今までの話の内容でティエラがベルジィに移り住むと察した。
「そうですわね。ヴィータのいる街に変な病気が蔓延しては困りますわ。ビビアナ、戦闘の出来る娼婦を二人ほどと教育の出来る娼婦を三人ほど貸してくださる?」
「もちろんでありんす。ティエラ様に同行させるでありんすか?」
「いえ、わたくしは1度ヒラソル領に寄るので、直接向かってくださるかしら。カミロ、アベル。」
「「はっ。」」
「護衛をお願いいたしますわ。」
「畏まりました。ベルジィ定住希望の暗殺者を見繕っておきます。」
「冒険者ギルドは現在A級パーティーが3つ。何処かに依頼を出しますが…」
「10億あれば足りますか?」
「さすがティエラ様、話が早い。」
ティエラの年収は優に100億を越える。使わないと経済が停滞する。使うだけでも一苦労なのだ。
「ベレン。ルイゴはベルジィに向かっているのですわよね?」
「はい、競馬場の経営を父に任せていただけるとか。『塾』の影響で奴隷商は下火でしたので助かりました。」
ティエラは馬の生産の盛んなヒラソル領で競馬場を始め大当たりした。その金で融資や金貸しを行い今の地位に至ったのだ。その競馬場をベルジィに作ろうと模索していた。その経営者に白羽の矢が立ったのは、ティエラの起こした事業により経営状況が悪化していた奴隷商のルイゴ・デスカンセスだった。
「いえ、『塾』はわたくしが始めたのですから、その穴埋めは致しますわよ。ヒラソル領に寄った際、ノウハウの分かる者を2、3人連れて行きますわ。」
「それは助かります。何から何までありがとうございます。」
ベレンは素直に頭を下げた。ティエラの傘下に入っていなければデスカンセス家は路頭に迷うところであった。現にティエラの影響下にない奴隷商人たちはすでに路頭に迷っているのだ。
「ホセ、ベルナルド。『塾』は順調ですか?」
ティエラは肝煎りで始めた事業『塾』。本来の学校とは違い対象は孤児たちだ。ホセたち『獣人会』は獣人の、ベルナルドたち『王都連合』はヒューマンの孤児を集め教育する。そして、能力によって商業、魔道具、暗殺、冒険者の各ギルドに売るのだ。
売ると言っても奴隷ではない。相応の自由は保証されている。要は職業訓練所みたいなもんだ。一部色街を希望する者もいる。
「はい、我々は孤児を保護し教育する。その費用は各ギルドから出る。」
「私たちギルドも教育の行き届いた職員が得られる。保証人は『塾』がしてくれる。」
「街に孤児がいなくなり治安も良くなる。」
「子供たちも無料で教育を受けられ安定的で安全な生活を送れる。」
「誰も損をしない。さすが、ティエラ様ですなぁ。我々凡人では考えも及びません。」
『塾』の恩恵を受けているベルナルド、カロリーナ、ホセ、アベル、カジェが次々に発言する。ただ、ここにいるメンバーを凡人と言えるのは本人たちだけである。
「そう言えば、下の闘技場は一段落したようですな。」
マイオがそう言う。確かに下の闘技場が静かになっていた。
「ティエラ様、お願い出来ますか?」
「分かりましたわ。」
ベルナルドの頼みでティエラは立ち上がり部屋の淵まで移動し下を見下ろす。闘技場のイベントは一段落したようで、観客たちはティエラの姿をもう一度見ようとVIPルームを見上げていた。ティエラが姿を現すと「おー」という地響きのような歓声が上がる。ティエラが片手を上げると歓声はピタリと収まる。
リング上にいる拳闘士たち、地下闘技場のスタッフ、観客である元スラムの住人たち、そして後ろの『九龍頭』。この空間にはティエラを尊敬し敬愛していない者はひとりも存在しない。
「皆様、ご機嫌麗しゅう。」
「「おー。」」
「わたくしは残念ながら、あと1週間ほどで王都を離れます。」
その言葉に賑やかだった下はしんと静まり返る。皆、ティエラが王都を離れることは耳にしていた。しかし嘘であってくれと祈っていた。それが今、ティエラ本人から事実であると告げられたのだ。涙を流す者もいた。
「皆様はもうわたくしがいなくても立派に歩いて行けますわね?」
ティエラはそう聞くが下は静まり返ったままだ。
「わたくしが愛した元スラムの住人たちはそんな柔な人間なのかしら?」
挑発するようなティエラの言葉に「そんなことない」「オレはやれるぞ」と徐々に活気に満ちてくる。
ティエラはここの経営者であるベルナルドを見る。ベルナルドは何かを察しうんと頷く。
「明後日より4日間連続で大会を開催いたしますわ。種目は男女の武器ありと武器なしですわ。各大会優勝者には王都を去るわたくしへの同行を認めますわ。皆、励みますよう。」
「「おーーーーーーーーーー!」」
ここにはティエラを敬愛しない者はいない。ティエラに同行し、ティエラの側に仕え、ティエラの役に立つ。それは何よりも栄誉なことなのだ。
拳闘士たちは先ほどまで戦っていた相手と手を取り合い、観客とスタッフが肩を組み合い、ウェイトレスの女の子も両腕を振り上げ、腹の底から叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。元スラムの街に地響きのような歓声が木霊したのであった。




