女王蜂、王都で無双する1
騎士団長に辞表を提出したティエラはそれから三日間で優秀な騎士たちに自分の業務の引き継ぎを行った。ティエラは無責任に自分の業務は放り出す無能ではないのだ。幸い騎士団内では戦闘以外ではたいした仕事をしていなかったので引き続きはスムーズに行われた。
その間にティエラは自分のメイドと下男を呼び寄せ、ティエラの執務室だった部屋の荷造りと掃除を行わせた。
「ミア、アマリア、フロリタ。終わりまして?」
「「はい、お嬢様。」」
作業が終わった頃合いを見て、ティエラはウラノを引き連れ自分の執務室だった部屋を訪れた。執務室は綺麗に掃除されていた。ティエラが呼んだ3人はティエラが街で拾ってきて自ら育て上げた優秀なメイドだ。戦闘もこなす。ティエラとウラノが鍛えているのだから弱いはずがない。ストリートチルドレンから引き上げて貰った3人はティエラに絶対の忠誠を誓っている。
「では、行きますわよ。」
ティエラを先頭に廊下を歩みだそうとすると幾人もの騎士がティエラの進路を塞いだ。メイド3人は咄嗟にティエラと騎士たちの間に体を滑りこませ、スカートの下に隠し持っていたナイフを抜く。
ティエラを庇おうと前に立つ3人の少女を見て、ティエラは心の中でため息を吐く。彼女たちは頼んでもいないのにティエラのために命を投げ出そうとするのだ。
確かに彼女たちは強くなった。普通の兵士だと手も足も出ないだろう。しかし、ティエラはそのために彼女たちにメイド道を学ばせ、戦闘術を教えたのではない。路上で物乞いをしてその日の命を繋いでいた彼女たちに生きる道を示したかっただけだ。
緊張するメイドのひとりミアの肩をポンと叩くティエラ。それを合図に騎士たちは片膝を折って頭を垂れた。ポカンとする3人のメイドをよそに一番先頭の青い立派な全身鎧に身を包んだ男が兜を脱いだ。その男はメイドたちでも知っているジェネイロ公爵であった。
「『女王蜂』。いえ、ティエラ様。王都を立ちヒラソル領に戻られるとお聞きしたのですが。」
「まだ、決定ではありませんが、父から召還命令が届くのは時間の問題でしょう。」
ジェネイロ公爵は更に深く頭を下げる。公爵閣下が今はただの辺境伯令嬢にすぎないティエラに頭を下げるとは、不思議な光景だ。
「何卒、この中からお供をお連れください。」
「いりませんわ。」
公爵の言葉にティエラが即答する。
「エレウテリオ。」
「はっ。」
ティエラは倍以上生きている身分が上の男をファーストネームで呼び捨てにする。実際の立場はどちらが上かはっきりと分かる光景であった。
「私はもう騎士団には戻りませんわ。いえ、たぶん王都にも戻らないと思いますわ。」
「はっ。悲しいことです。」
「今の王と騎士団長は何を仕出かすか分からない怖さがありますわ。彼等の蛮行を止めるのは貴方の役目でしてよ。」
「はっ。心得ております。」
「わたくしの手の者はご存知ですわね?」
「はっ。」
「潔癖症な貴方には難しいかも知れませんが、なんとか連携しなさい。」
「はっ。正直いけ好きませぬが、ティエラ様の命とあらば。」
「王都を、王都民をよろしく頼みましたわよ。」
「はっ。命に代えましても。」
ジェネイロ公爵が更に深く頭を下げる。後ろの騎士たちもそれに習う。
エストックによる高速の刺突だけではない。身分差や年齢差関係なく心酔させるカリスマ性。これが『女王蜂』たる所以である。
騎士たちはようやく立ち上がり道を開けた。その間を堂々と進み、中央騎士団本部をあとにするティエラであった。
ティエラが現在住んでいる王都ヒラソル邸。ティエラが騎士になった2年前から増改築を繰り返し今ではここより大きな建物は王宮しかないという広大さになっていた。
ティエラが王都を去る。そんな噂が王都民にも広がり、連日ヒラソル邸を囲んで王都に残ってほしいと悲痛の叫びを上げた。
ティエラが来る5年前まで王都は荒れていた。高い税に増える人口、雇用が全く足りなかったのだ。ティエラが起こした様々な事業により雇用は促進され、税金は高いままだが頑張れば頑張っただけ金が稼げるようになった。王都民にとってはティエラは救いの女神なのである。
連日、王都民が囲んでいる中を貴族の馬車がヒラソル邸を訪れた。王都民はそれを邪魔することはない。ティエラが自分たちのために動いてくれていると知っているからだ。
ある時、堂々と二人の男がヒラソル邸に現れた。王都民でもすぐに顔と名前が一致する男たち、第二王子リチャード・ランパーラと宰相セレスティノ・セテンブロ伯爵である。
普通、身分が下の者の屋敷に上の者が訪れることはない。上の者が下の者を呼びつけるのだ。もし招いたとしても門まで家主が出迎えるのが礼儀である。しかし、ヒラソル邸はティエラはもちろんティエラの腹違いの妹であり第二王子の婚約者であるソフィアですら出迎えなかった。
それを見た王都民たちは察した。今までティエラが第二王子派だと言われていた。しかし、真実は第二王子や宰相がティエラ派なのだと。
現在の王族と貴族は三つの派閥に分かれて次の王位を争っている。第一王子派、第一王女派、そしてティエラが属する第二王子派である。
現状では王が溺愛し自らが加担する第一王女派が一番優位で、それを第二王子派が猛追している状況だ。猛追の原因は間違いなくティエラである。
ヒラソル邸応接室。上座にティエラが座り向かい側に宰相と第二王子が座って話し合いが行われていた。ティエラの後ろにはいつものようにウラノが控えていた。
「ティエラ様、やはり召還命令が届きましたか。」
「ええ、先ほど。仕方ありませんわ。わたくしも貴族の端くれヒラソル家の端くれ。従わないわけには参りませんわ。」
宰相の言葉にティエラが答える。
「ヒラソル辺境伯殿ももう少し融通を効かせてほしいものですな。ティエラ様は騎士団をお辞めになっても価値は変わらないというに。」
第二王子と宰相は顔を見合せ苦笑いをする。
「あんな西の辺境に引き込もっているのですから情勢が読めなくても仕方がありませんわ。」
「年齢的に父上が召されるのは当分先、地方にいると既に水面下で次の戦いが始まっているとは思わないのであろう。」
「しかし、もう情勢は決まったようなものでしょう。」
宰相はさも自分たちの勝ちが揺るぎないかのように話す。
「リチャード、セレスティノ。やることは分かってますわね。手順を間違えてはいけませんわよ。」
「「はっ。心得ております。」」
二人はティエラに向かって頭を下げた。
リチャードとティエラの出会いはお見合いであった。王族との結婚を堂々と断るティエラにリチャードは興味を持った。そして長い時間政治観を語り合いティエラに心酔するに至った。ティエラが裏で行っていることにも興味が沸いた。リチャードは心の底からティエラの傀儡になりたいと考えているのだ。
対するティエラも、第一王子のアレックス、第二王子のリチャードとお見合いをし、第一王女のオーロラとも会って、リチャードが一番ましだと思った。
第一王子のアレックスは今の愚王を一番近くで見て育ったせいか正義感が強い。しかし、頭が硬い。融通が効かない。オーロラは、我が儘放題に育ったので論外。そしてリチャード。清濁併せ呑むという政治に大切なことを理解出来ている。それに頭も良い。カリスマ性も十分だ。
ティエラはヴィータとの穏やかな生活のためには国がしっかりしていないといけないと考えていた。だから第二王子派に入ったのだ。
執事のウラノはティエラの後ろに静かに立ち、第二王子や宰相という国の大物と堂々と渡り合うティエラの背中を見て複雑な気持ちになっていた。
ウラノは40年前、このランパーラ王国で『剣聖』の称号を与えられた。同時に騎士団顧問という立場も貰いウラノは有頂天になった。ウラノは周りを見ず強さだけを追い求めた。そして気が付いたら『剣聖』の称号は取り上げられ騎士団は追い出され、息子夫婦は殺され、生まれたばかりの孫は行方不明になっていた。
剣術が上手いだけのウラノにはどうすることも出来なかった。そのあとは、各地を屍のようにさ迷い、なんとか孫を見つけ出し剣術を継承させただけだ。
あの時は強さと政治は両立出来ないと思っていた。しかし、それは間違いだったようだ。何故ならティエラは当時のウラノより強いのだから。自分にティエラのような政治力があれば息子夫婦を失わずに済んだかもしれない。そう考えてしまうのであった。
「ティエラ様、ヒラソル領のあとベルジィに行かれるつもりですよね。」
宰相が話題を変えた。
「よく分かりましたわね。」
「商人たちの流れを見ていれば分かります。私も一応宰相ですので。それにベルジィは…」
「もしや、そなたの領地ではあるまいな!」
急にリチャードがテーブルを叩いて立ち上がりながら叫んだ。
「おやおや、こんなことで取り乱しては立派な王になれませぬぞ。」
リチャードがいう通りベルジィはセテンブロ伯爵家の領地にあるのだ。今は。
「これが落ち着いていられるか。あそこは元々はドミンゴ男爵家の領地。お前があそこを褒美として欲したのはこのためであるか!謀ったな。」
そう、ベルジィは元々違う領地だったのだ。宰相が手柄を上げた際、陞爵を蹴ってベルジィの街を求めたのだ。
「謀ったとは人聞きが悪い。先見の明があったと仰ってください。」
「この化け狸が。」
宰相は狸と言われるほど太ってはいないが王宮ではそう呼ばれていた。
なぜ王子が怒るのか。ティエラが滞在する地には人が集まり新たな物流が生まれる。自らの富を使い様々な事業を起こすだろう。小さな村でも数年で大都市になるに違いない。ティエラのいる地を押さえるということはそれだけで政治的にも経済的にも大きなアドバンテージを有するということなのだ。
「喧嘩はお止めなさい。今後ともよしなにお願いしますわ、セレスティノ。」
「はっ。こちらこそでございます。」
大袈裟にお辞儀をする宰相に歯軋りをして睨むリチャードであった。
「それで、今夜の会合はどうなさいますか?」
「ソフィア。」
「はい、お姉様。」
宰相の問いにティエラは妹を呼んだ。ソフィアが部屋に入ってきた。リチャードと腹違いの妹であるソフィアを引き合わせたのはティエラだ。19歳のリチャードと17歳で王立大学に通うソフィアはお似合いだった。それに二人ともかなりの美男美女だ。二人はすぐに恋に落ちた。
「おお。」
婚約者であるリチャードが感嘆の声を上げる。それは美しいからではない。もちろんソフィアは美しいのだが、今日はストレートの金髪を巻き、胸に詰め物をし、真っ赤で派手なドレスに身を包み、足元は高いヒール。そうティエラの変装をしているのだ。
「これなら遠目ではわかりませんな。」
「ソフィア。頼みましたわよ。」
「はい、お姉様。お姉様の代役、無事に果たして参ります。」
「そう肩肘を張らなくても大丈夫ですわよ。リチャード、セレスティノ、エスコートを頼みましたわよ。」
「「はっ。」」
その後、第二王子と宰相にエスコートされたティエラらしき女性が馬車に乗り込むのが目撃された。そのあとにはティエラの専属執事であるウラノや3人の戦闘メイドも乗り込んだ。その馬車は宰相のセテンブロ邸に向かったのであった。
ティエラに扮したソフィアが馬車に乗り込んでいるとき、ヒラソル邸の裏口からこっそり抜け出し、高速で疾走するひとつの影が。こちらが本物のティエラであった。




