人事部隊長、失敗する
「ヴィータ・ソーサリート、東部騎士団の解任及び騎士爵の剥奪を申し渡す。」
東部騎士団人事部隊長である私、ブレッド・メルロー伯爵は、東部騎士団本部の人事部の部屋で、ボサボサの黒髪に眠たそうな黒い瞳の冴えない青年、ヴィータ・ソーサリートにそう言い渡した。
このヴィータという青年、見た目通りの間抜けではない。簡単に言えば化物だ。どのくらい化物かと言えば、奴が腰に刺している剣を抜いた瞬間、私の首が物理的に飛ぶ…どころではない。
抜いた瞬間、私の首が飛ぶと同時にこの東部騎士団本部が真っ二つになる、くらいの化物だ。本人に自覚があるかは定かではないが。
私がヴィータの強さを知ったのは、奴がノルディスト砦に配属されて1ヵ月あまりの頃だった。私が視察に訪れた際、ノルディスト砦は約1000人のリベルタード兵に攻められていた。
なのにだ、ノルディスト砦の騎士、兵士は食堂でギャンブルに勤しんでいたのだ。私の姿を見て慌てて鎧を着て砦を出る兵士たち。しかし、砦の上から見る限り、明らかにやる気がなかった。目前に1000人のリベルタード兵がいるのにだ。
その理由はすぐに分かった。黒髪の青年がフラりとリベルタード兵たちの前に立ちはだかった。ヴィータだ。ヴィータは鎧を着けず、腰に1本の剣だけを刺した状態だった。戦のはずなのに、散歩に出てきたかような雰囲気だった。
そして何が起こったか。私が瞬きをした…のかな?ヴィータの姿は私の視界から消えていた。そしてパタパタと倒れるリベルタード兵。ヴィータの姿は見えない。なのでパタパタと倒れていく兵士を私は追った。
リベルタードは猫人族の国。兵士のほとんどが我々ヒューマンより動体視力や身体能力に勝る。しかし、誰ひとりヴィータの姿を目で追えている者はいないようであった。
1000人のリベルタード兵の1番後ろに馬に乗った敵将がいた。その敵将の乗った馬の胴体が真っ二つに切れた。敵将が地面に転がり落ちるのが見えた。その横でヴィータが剣を鞘に納めていた。
倒れていないリベルタード兵は倒れていた仲間を担いで一目散に逃亡を始めた。誰ひとり死んでいないようだった。リベルタード兵が去ったあと、後ろの森の木が思い出したかのようにゆっくりと3本倒れた。『獣の森』の樹齢千年以上の大木がだ。私はその光景をただただ呆然と眺めていた。
こんな化物に相対して、クビを突き付ける。正直チビりそうではあるが、これには思惑がある。
この国の上、王族や上級貴族はこの化物の価値が分かっていない。いや、露見していないと言った方が正しいか。分かっているのは、ヒラソル辺境伯家長女にして現在ランパーラ騎士団最強の女、『女王蜂』ティエラ・ヒラソルくらいだろう。
ティエラ・ヒラソル。騎士学校を歴代最高の成績で卒業し、騎士団入団初日に当時騎士団最強だった男を再起不能にした女のこの2年間の手柄は2つだけ。しかし、その二つだけが凄まじい。
西に隣接する大国エルフ帝国の1万の兵を魔法1発で敗走させ、王都に飛来したはぐれドラゴンを単騎で一方的に切り刻む…
1万の兵を魔法1発で敗走させる…言葉で言うのは簡単だが、正直意味が分からない。1万の兵…私は見たことがないが、きっと広範囲に隊列しているはずだ。それに影響を及ぼせる魔法…聞いたことがない。私は知らない。
はぐれドラゴン…ドラゴンというのは蜥蜴に羽が生え巨大にした生き物だ。巨大なのに俊敏に動き、魔法やブレスを自在に操る。個体差はあるが、簡単に言えば、この世界の食物連鎖の頂点だ。はぐれドラゴン1匹で街が、いや、国が滅ぶなんてことも珍しくない。
普通は騎士団の精鋭100人で討伐し、半分以上が死亡する。それを単騎討伐…ありえない…ヴィータを見ていなかったらそう思っていただろう。
ヴィータの負けず劣らず化物のようだが、『女王蜂』がヴィータのことを知ってるのは、騎士学校の同期だからだ。
私はヴィータを騎士団からクビにしたあと、我が伯爵家に招こうと思っている。私の私兵として、あるいは剣術顧問として。
こんな辺境で人事部隊長として燻っている私だが、ヴィータを手に入れられれば、更なる出世は約束されたも同然。出世?いやいや、この国、この大陸を支配することも可能かもしれぬ。ヴィータを手に入れれば、ヴィータに懸想しているきらいがある『女王蜂』も…下手をすると化物二人を手中に納めれるやもしれぬ。
それにしてもドゥレムはよくやってくれた。実家が子爵ということが唯一の取り柄の選民思想の塊であるドゥレムがヴィータをいじめていたのは知っていた。
いじめと言っても物理的なものではない。あんな化物を物理的にいじめられる奴がいない。
調理と捕虜の尋問以外のほぼ全ての業務を押し付けたり、手柄を横取りしたり、給料を横抜きしたり…あんな化物をいじめるという思考が私には理解出来ないが、そのうち、龍の尾を踏むと確信していた。そして踏んだ。実家の子爵家がいろいろ言ってきているが、所詮子爵家、何も出来まい。
「そうですね。これくらいで済んで良かった。」
「分かってくれたか。それでこれからはどうするのだ?」
「はい。実家…と言ってもほとんどいたことはないんですけど、そこで妹が待ってるので、一度帰ろうと思います。」
私とヴィータの話も佳境だ。ヴィータはクビになることを納得してくれたようだ。ここからが私の腕の見せ所。必ず口説き落としてみせる。
「そうか、それなら」
「はい、残念ですが、謹んでお受けします。」
我が伯爵家に来ないか?そう言おうとした言葉は遮られた。
「うむ、では、我が伯爵家に」
「どうも2年間お世話になりました。」
「ちょ、待て。」
「失礼します。」
ヴィータは私の話を聞かず部屋から出て行ってしまった。
…。どうしてだ?いや、この状況は想定していた。私はパチンと指を鳴らす。すると私の眼前に跪いた状態の二人の男が現れた。
「ハンゾウ、サスケ。」
「いえ、違います。」
「我が隊にそのような名の者はいません。」
「ちっ。」
私は表向きは人事部隊長であるが、裏では諜報部隊の隊長でもあるのだ。この二人は部隊を任せている腕利きだ。何故だかハンゾウ、サスケと呼びたいのだが呼ばせてくれない。
「あのような冴えない男が我々の上司に?」
「たいした男には見えませんでしたが?」
二人にはヴィータのことを話してたある。しかし、ヴィータの実力に疑問があるようだ。
「まぁ、直に分かる。どんな手を使っても構わん。あれを私の前に連れて来い。」
「手段は選ばないと?」
「それでは奴が死んでしまうのでは?」
こいつらの実力は確かだが、少々天狗になっている。まぁ、このランパーラ王国にいれば仕方のないことかもしれんが。丁度いい機会かもしれんな。
「生死は問わん。肌で奴の実力を感じて来い。」
「「御意。」」
そういうと二人の姿は私の眼前からかき消えた。まぁ、ヴィータは化物だとしても諜報部員は100人。リベルタードの一般兵とは訳が違う。時間の問題だろう。さあ、どう言って口説き落とそうか。
そんなことを考えていた時期があった。しかし、次々に入ってくる報告は失敗の連続。そして、次の街で見失ったと…
どうやら私は失敗したようだ。どうしてこうなった?




