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剣士、婚約する?

「ヴィータさん、正座。」


「はい。」


オレはミカさんの言葉に街道の端に正座する。


オレとマルテはガネイという街でのあれこれを終え、ミカさんを連れてガネイの街から出た。街壁のない街なので出るのに苦労はしなかった。


ガネイの街が見えなくなったところで抱き抱えたままだったミカさんを街道に下ろした。そして、「願い通り連れ出した。君はもう自由だ」みたいなことを言ったら、ミカさんからドラゴンも裸足で逃げ出すような殺気が放たれ、冒頭の言葉が発せられた。オレは素直に従うしか選択肢はなかったのだ。


ミカさんの殺気に当てられ、マルテもあっちの木陰で身を隠し震えている。笑って震えているというわけではないはずだ。確証はないが。


「ヴィータさん。」


「はい。」


ミカさんの言葉には怒気が含まれているので素直に返事するしかない。


「私がヴィータさんに好意を抱いていることにもう気が付いていますよね?」


「あ、いや、なんとなくは…」


「なんとなくなんですか?」


「はい、すみません。」


「私がヴィータさんをどれだけ好きか分かりますか?」


「いえ。」


「私、他の男性が男性に見えないくらいヴィータさんのことは好きなんです。」


「それは、ありがとうございます。」


オレはミカさんに向かって頭を下げる。素直に嬉しいと思った。


「ヴィータさんも私のこと憎からず思ってくれていますよね?」


「はい、大変お世話になりましたし、その、綺麗ですし。」


「貴方はそんな女性を無責任にほっぽり出すんですか?」


「いえ、そんなつもりは…」


「では、どうするんです?」


「責任を取ります。」


「どのように?」


「どうしたらいいでしょう?」


「私には戦う力はありません。なので、毎日ヴィータさんに「お帰り」と言わせてください。」


「え?」


「ヴィータさんが毎日聞きたいって言ったんですよ。」


「そうでしたね…」


なんか薮蛇をつついた気分だ。


「あと…」


「まだあるんですか?」


「私、ミカエラ・メルローという名を捨てました。」


「はい。」


「なので、これからはミカ・ソーサリートと名乗ります。」


「え?それはどういう?」


「ヴィータさん。」


「はい。」


ミカさんはオレの正面に自ら正座をした。そしてオレに向かって頭を下げた。


「ふつつか者ですがよろしくお願いします。」


「いえ。こちらこそ。」


オレもミカさんに向かって頭を下げる。あれ?なんか会話の流れおかしいぞ?


ミカさんは立ち上がると正座をしたまま混乱するオレを正面から抱き締めた。オレはミカさんの柔らかい感触を楽しみながら抱き締め返す。そして改めて思った。女って強いなと。オレには勝てないなと。


オレの肩に顔を埋めていたミカさんが、顔を上げオレの顔を正面から見つめる。綺麗な顔だなと改めて思う。艶やかだった青い髪は今日は少しバサついていて、芸術的な曲線を描く頬は少しコケている。しかし、ミカさんの魅力を損なっていない。


特に目だ。奥にあった寂しそうな光が今は完全に無くなり、生きる力に満ちている。その大きな瞳がそっと閉じられる。これは接吻か?オレが20年生きてきて一度もしたことがない接吻の合図か?


オレは少し戸惑ったが、あまり戸惑っているとさっきみたいにミカさんに怒られる。いや、それ以前にこの柔らかそうな唇を堪能したい。オレは満を持してミカさんの顔に顔を近付ける。


クゥーとミカさんのお腹が鳴り、接吻する寸前だったオレとミカさんの動きが止まった。ミカさんは顔を真っ赤にしてゆっくりと目を開ける。


「すみません。2日間何も食べていないのでお腹が空きました。」


残念だが仕方ない。オレは状況を確実に把握出来ていたわけではないが、切迫した状況だったのだ。しかし、残念ながらオレもマルテも食料を持ち合わせていない。


ここら辺りの魔物に食べられるのはいただろうか?猪型の魔物がいればいいのだが。狼型だと肉が不味いのだ。


「もう話はついたかにゃ?」


あっちの木陰からマルテが近付いてきた。足音は四つ。敵か!?


「きゃっ。」


オレはミカさんをお姫様抱っこで抱え、飛んで立ち上がり体を反転させた。マルテの後ろを歩いてくるのは人事部隊長と見慣れない…いや、東部騎士団本部を出たあとに散々オレに絡んできた只者ではない雰囲気の男が二人。


「叔父様!」


ああ、そうだった。人事部隊長はミカさんの叔父さんだったな。世間は狭いな。オレはミカさんを優しく下ろす。ミカさんは人事部隊長に走り寄りその胸に飛び込んだ。


その光景を見てオレは何故だか心臓付近にピリリとした痛みを感じた。オレは人事部隊長に嫉妬しているようだ。二人は親族だと分かっているのにな。オレって心が狭いな。


「ミカエラ。お前の状況を分かっていながら23年間も放置して悪かった。」


灰色の髪をオールバックにしたナイスミドルな人事部隊長はミカさんの肩を優しく撫でながらそう言った。


ミカさんって23歳なんだな。本人は行き遅れとか言っていたけど十分若いじゃないか。オレは20歳だし、ちょうど良い歳の差だ。あれ?オレなんかミカさんと結婚する気になってない?


「叔父様。もうミカエラという名の人間はいません。これからはミカ・ソーサリートとして生きていきます。」


「そうかそうか。幸せになるんだぞ。私はいつでも見守っているからな。ミカ。」


「はい、叔父様。私はもう十分に幸せです。」


「そうかそうか。それよりお腹が空いただろう。あちらに食事を用意させた。」


人事部隊長が街道の外れを指差した。そこにはテーブルと椅子が四脚列べられ、テーブルの上にはところ狭しと料理が乗っている。いつの間に…


さっきまで人事部隊長の後ろに控えていた男二人が給仕のように椅子を引いて待ち構えていた。


「あそこでマルテ君と食事してなさい。私はヴィータ君と話があるから。」


「はい、叔父様。行きましょう、マルテさん。」


「にゃ。うまそうだにゃ。」


ミカさんは人事部隊長から離れ、マルテと連れたってテーブルに向かい食事を始めた。オレと人事部隊長はその光景を見守る。


はっ。姪っ子さんを頂きますとか挨拶した方が良いのだろうか?本来ならミカさんの両親にすべきなのだろうが、人事部隊長に父親は狂っていると聞いて助けに行ったわけだし、実際、破れて血が付いたミカさんの制服を見たときは殺そうかと考えた。そんな状況じゃなかった。


あれ?オレ、ミカさんと結婚する気になってない?どこでこうなった?これはミカさんの策中か?


「ヴィータ君、お礼を言わせてくれ。ミカエラを、いや、ミカを救ってくれてありがとう。」


人事部隊長はそう言ってオレに向かって頭を下げた。おいおい、人事部隊長って偉いんだろ?オレなんかに頭を下げていいのかよ。


「いえ、人事部隊長に頼まれたから助けたんです。頼まれなかったら動けなかった。あんなに切迫しているとは思いませんでした。軟禁されてるって聞いたときも家族の問題だと高を括っていました。それに人事部隊長でもなんとか出来ましたよね。あの二人がいるのなら。」


オレはマルテとミカさんに給仕のように世話を焼く二人を見ながらそう言った。


「出来る出来ないで言えば出来ただろう。しかし、我々は貴族なのだ。あの男も弟ではあるが他家。そう簡単に介入出来るものではないのだよ。」


「貴族って面倒ですね。」


「ああ、そうだな。」


人事部隊長は軽く笑った。


「ヴィータ君。私は人事部隊以外にも諜報部隊も持っている。どうかね、諜報部隊に入らないかね。」


諜報部隊…騎士団ではないが、軍に戻れるということだ。安定した収入を得られる。それにノルディスト砦でオレも諜報の真似事をしていたので興味もある。如何に自分の諜報が杜撰だったかが分かるだろう。それに今回の事件で人事部隊長が良い人だと知った。良い上司の下で働くのはさぞ楽しかろう。魅力的な話ではあるが、オレは冒険者の楽しさを知ってしまった。


「申し訳ないですが、今すぐというわけには…でも、いつかは所属してみたいです。」


「そうか。分かった。気が変わったらいつでも声を掛けてくれたまえ。ミカには安全のために常に監視を付けておくから。君やマルテ君がずっと側にいれるわけではないだろうからね。」


うげ。ミカさんと初夜を迎えるとき覗かれたりするんだろうか?はっ。また結婚する思考になってる。ダメだな。これだからDTは。


「ミカは不幸な子なのだ。幸せにしてやってくれ。」


「はい。この身に代えましても。」


オレと人事部隊長は握手を交わしたのであった。


「そう言えばな、ノルディスト砦が落ちたよ。」


「え?」


落ちた?陥落したということか?オレが騎士団を抜けてまだ1週間足らずだぞ?


「まあ、『黒い悪魔』が抜けたのだから当然か。」


「ぐはっ。」


人事部隊長からの突然の口撃にオレは心にダメージを負った。自分の黒歴史というのは破壊力が抜群だな。


「どうした?何を落ち込んでいるのかね?」


「いえ、大丈夫です。そんなことより周辺の村はどうなったんですか?東部騎士団本部は?」


「まあ、落ち着きたまえ。村も本部も無事だ。リベルタードの奴ら、砦を占領しただけでそこから進行はしとらんよ。ランパーラ国内にいる『黒い悪魔』と『爆拳姫』に遠慮したと考えているよ。奴らは我々より君たちの価値を理解しているからね。」


「オレたちはそんな大層なもんじゃないですよ。」


「過度な謙遜はいかん。個人で軍隊を相手に出来る人間なんてそうそうおらんよ。」


「はあ。」


まあ出来る出来ないで言えば出来るけどな。オレの存在が戦争の抑止力になるなら有難いことだ。


「さて、私の話は終わりだ。食事にしようか。」


「そうですね。」


オレと人事部隊長はマルテとミカさんが楽しそうに食事するテーブルに向かったのであった。

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