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受付嬢、自由へ羽ばたく2

夕方、冒険者ギルド内が喧騒に包まれる中、ヴィータさんとマルテさんが帰ってきました。受付は3つあるのですが、ヴィータさんは当然のように私の元に来てくれます。それがなんだか嬉しい。


「ただいま、ミカさん。」


「お帰りなさい。」


「ミカさんに「お帰り」って言われるの何だか気持ちいいな。毎日聞きたい。」


不意にヴィータさんがそんなことを口走りました。初め私は言葉の意味が理解出来ませんでした。そしてじわじわと理解しました。顔に体中の血液が集まったように熱くなりました。


「あ、いや、そんな意味じゃなくて。」


ヴィータさんはあたふたと取り繕います。


「にゃ!ミカさんの顔が真っ赤にゃ。あたしというものがありながら酷いにゃ。この女ったらし。」


マルテさんがヴィータさんをポカポカ殴ります。しかしマルテさんの顔は笑顔です。そんな私たちの様子を見ていた冒険者たちからも笑いが起き、ギルド内が笑いで包まれました。


ああ、幸せな時間。しかし、私はこの時間を終わらせる報告をヴィータさんにしなければなりません。今日のクエストの報酬を渡したあと、満を持して切り出します。


「ベルジィから連絡がありました。コカトリス討伐おめでとうございます。これはガジーナの村からの依頼料とギルドからの報償金です。」


私はテーブルの上に金貨の詰まった袋を置きます。


「おお!」


「凄く重そうにゃ。いくらあるにゃ?」


袋の口を開けながらマルテさんが聞きます。


「1000万です。」


私は二人に顔を近付け小声で言いました。


「1000万!」


「1000万にゃ!凄いにゃ。」


二人は大声で叫びました。こらこら、強盗に合いますよ。まあ、コカトリスを倒す二人に強盗を働く命知らずはガネイにはいませんか…


二人の叫び声を聞いた冒険者たちは「おお!」と唸り声をあげました。そして、二人のコカトリス討伐を称える拍手が起こりました。


ヴィータさんは私に顔を近付けました。


「確かギルド内の飲食コーナーって酒もあるよね?」


「ええ。」


私がそう答えるとヴィータさんは振り返って冒険者たちの方を向き金貨の詰まった袋を頭上に掲げ叫びました。


「今日はオレたちが奢る!ぞんぶんに飲み食いしてくれ!」


その声を合図にギルド内で宴会が始まりました。ヴィータさんとマルテさんも促されるように飲食コーナーの方へ行き、他の冒険者たちを肩を組みながら酒を飲み交わし始めました。


「ミカさん、交代です。なんか凄いことになってますね。」


「ですね。」


私は交代の時間がやって来ました。交代の女性に引き継ぎをし、控え室に行こう立ち上がり楽しそうな飲食コーナーを背に歩き出そうとしました。


その瞬間、私の手首は誰かに握られ歩き出すことが出来ませんでした。顔だけ振り返ると受付のテーブルを上半身だけ乗り越えて私の手首を握るヴィータさんがいました。


「ミカさん、仕事終わり?一緒に飲もうよ。」


私はハッとしました。もしかして私は誘われているのでしょうか?生まれて初めての出来事です。


「ダメかな?」


「ダメじゃないですけど…」


「じゃあ、いいってことだね。」


ヴィータさんは私の手首をそのまま引っ張って受付の外まで私を出したした。


「『姫』ことミカさんも参戦しまーす。」


「「おお!」」


ヴィータさんは手首を握ったまま私を飲食コーナーまでエスコートしてくれました。貴族的には不恰好なエスコートですが、私には最高のエスコートでした。


「はいはーい。マルテ、歌いまーす。ねこがふんじゃった、ねこがふんじゃったー、ねこがふんずけたーのは犬人だー。」


マルテさんが人垣の真ん中で下手くそな歌を披露します。


「私も歌いまーす。いーぬのおまわりさん、つかまえたーのは猫人だー。」


マルテさんの歌に対抗するように犬人族の女の子が机の上に登って歌います。なんでしょう?お国の歌でしょうか?猫人族と犬人族は仲が悪いと聞きます。


「にゃにおー。」


「そっちだって。」


二人はポカポカ殴り合い始めました。私はハラハラしながら渡されたビールのグラスを煽ります。うん、美味しい。二人は私が飲んでいる間に抱き合って笑い合っていました。


私の元へひとりの男が近付いて来ました。ヴィータさんが初めてこのギルドを訪れたときにヴィータさんに絡んでいた男です。彼はガネイで2人しかいないC級の冒険者でガネイでひとつしかないC級のパーティーのリーダーです。名前はデハルデ。個人の等級とパーティーの等級の違いはまた後程。


「『姫』さんよぉ。ずいぶんヴィータたちに依怙贔屓してるらしいじゃねぇか。」


その言葉で私に緊張が走ります。そんなつもりはありませんでしたが、そう捉えられても仕方ない行動はあったかも知れません。謝ろうか…ふと、デハルデさんの後ろを見るとデハルデさんのパーティーメンバーの皆さんがクスクス笑っています。デハルデさんは私の肩にポンと手を置きました。


「うそうそ。それに仕方ねぇよ。だってヴィータはすげぇもんな。がっはっは。」


デハルデさんはそう言って豪快に笑いました。良かったのでしょうか?


「デハルデさん、ミカさんを脅かすの止めてもらえます?」


私の隣でお酒を飲んでいたヴィータさんがデハルデさんに言いました。


「悪い悪い。オレはずっと『姫』を狙ってたのに最近はヴィータにぞっこんだもんでよ。焼き餅だよ焼き餅。」


「え?ミカさん、オレにぞっこんなんですか?嬉しいなぁ。」


私を間に挟んで行われる会話にキョトンとしてしまいます。いつの間に二人はこんなに仲良くなったのでしょうか…っていうか、会話の内容!


「な、な、な、何を言ってるんですかー!違いますよ!」


「お、だって顔が真っ赤だぞ?」


「これはお酒のせいです!絶対にないです。」


「そんなに否定しなくてもいいじゃないですか…」


そしてまた笑いが起こります。私の人生で一番楽しい時間はあっという間に過ぎて行く…私は冒険者の皆さんと今までとは違った付き合い方が出来るかもしれない。壁というのはきっと私にも原因がある。明日は同僚たちにもっと話し掛けてみよう。そう決心しました。


隣で飲むヴィータさんをチラリと見ます。本人は分かってないでしょうけど、私が決心出来たのはヴィータさんのお陰。初めは冴えない男だと思っていましたが、今は何だかカッコ良く見えます。


私は隣でお酒をちびちび飲みながら冒険者たちと談笑しているヴィータさんの服の袖を引っ張ります。


「ん?どうした?ミカさん。」


「もうベルジィに行っちゃうのですか?」


「そうですね。明日…かな。ミカさんには本当にお世話になったよ。ありがとうございます。」


私はヴィータさんの耳に口を近付けます。何だか胸の鼓動が早くなっているのを感じます。


「ガネイに残りませんか?その、私のこと好きにして良いですから。」


「え?好きに?それはどういう?」


父に言われたというのもありますが、今は本心で話せている気がします。顔に血液が集まるのを感じます。今日何回目でしょうか。


「あの、私のこと抱いていいですから。こんな行き遅れですけど。ヴィータさんと離れるのが、その、寂しいので。」


驚いたのか、ヴィータさんの目は大きく見開かれました。そのあと少し考える素振りを見せました。そして、いつもの気だるそうな雰囲気に戻りました。


「なぁに言ってるんですか。ミカさんにはオレなんて勿体ないですよ。」


ぜんぜんそんなことない。ぜんぜんそんなことないのに…家ではいないように扱われ、冒険者ギルドでは腫れ物を触るかのように扱われ…ヴィータさんがいなくなったら、私に一体何が残るというのか。


「ミカさーん。飲んでるかにゃ?」


「『姫』。なぁに辛気臭い顔してるんだぁ?」


マルテさんとデハルデさんが私に話し掛け、私の空いたグラスにお酒を並々と注ぎます。


「ちょ、そんなに。無理ですよ。」


「そのくらい楽勝にゃ。」


「そら、一気、一気。」


二人の言葉で私はグラスの中のお酒を一気に飲み干します。周りから「おお!」という歓声が上がります。


そうですね。私なんかがヴィータさんの栄光ある未来を邪魔してはいけないですね。それに今はヴィータさんが作ってくれたこの人生で一番の時間を楽しむとしましょう。


「私、ミカは、ヴィータさんに振られましたー。」


「ちょ、ミカさん、何を言ってるんですか!」


「ヴィータ、てめぇ、『姫』を振るなんていい度胸だな、あぁ。」


「そうにゃ。ミカさんを振るなんて師匠は頭がおかしいにゃ。あれ?でも、あたしが選ばれたってことかにゃ?師匠ー、大好きにゃ!」


「ばっ、おま、やめろって。」


うん、これでいいはず。これは泡沫の夢…明日には覚めてしまう夢ですけど、私は昨日までとは違う一歩を歩み出せたはずです。父の言い付けは守れなかったですけど、あんな父でも話せば分かってくれるはず。私はそのときは能天気にそう考えていたのでした。

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