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受付嬢、自由へ羽ばたく1

私は日の出と共に目を覚まします。ベッドから出ると寝間着のまま、部屋の窓を開け放ちます。そして窓辺にパラパラとパン粉を撒きます。すると朝日の中青い小鳥が3羽舞い降り、パン粉を啄み始めます。


「お前たちは自由でいいね。」


私は小鳥たちにそう話し掛けると窓を閉めて着替えを始めました。


私の名前はミカエラ・メルロー、23歳。メルロー伯爵の姪で、父はメルロー伯爵の弟。メルロー伯爵領第2の街ガネイの領主である父の第一子で長女。下に弟が一人います。


私には二重の鳥籠と二つの壁があります。私はそのせいで一生小鳥たちのように自由にはなれないでしょう。


着替えと準備を終え私は鳥籠…いえ、部屋を出ます。私の部屋はこの屋敷の最上階、3階の端にあります。長い廊下を階段に向かって歩きます。


向こうからひとりのメイドが歩いてくるのが見えました。本来であれば一応貴族である私に対しメイドは廊下の端に寄り頭を下げて挨拶を言います。しかし、向かってくるメイドは端に寄る気配はありません。まあいつものことです。


私は擦れ違えるように少し端に寄って歩きます。メイドと擦れ違おうとしたときでした。メイドは急に私の方に近付き私の肩をぶつけたのです。


「いたっ。」


私は衝撃で尻餅を突きました。そして恐る恐るメイドを見上げます。メイドは軽蔑の眼差しで私を見下ろしていました。


「ごめんなさい。」


メイドはそう言い残して立ち去りました。普通は身分が上の相手に対して謝るときは「申し訳ありません。」です。私がどれだけ見下されているかが分かります。私はため息を吐き出しながら立ち上がりました。こんなこといちいち気にしていられません。こんな嫌がらせは可愛いものです。


バケツの水を掛けられたり、食事が激辛だったり…一度下剤を入れられていて仕事を休む羽目になったこともありました。一応私は貴族ですので命に別状がないことを選んでくれていることが救いでしょうか。


私が屋敷内で唯一嫌がらせを受けない場所、それが自室なのです。なので、あそこは私の身を守るための鳥籠なのです。


私がなぜメイドたちに嫌がらせを受けるのか。貴族の結婚適齢期は20歳まで。結婚せず20歳を過ぎると普通は他の貴族家のメイドとなることが多いのです。そこで仕事をしながらその貴族家の誰かの手付きになるのを待つのです。


しかし、私は20歳を過ぎても他家に働きに出されることはありませんでした。いや、それ以前に貴族の子供は15歳から3年間王都の学校に入学するのは基本ですが、それすら行かせてもらえなかったのです。


それは父の方針でした。父は兄であるメルロー伯爵に対して劣等感の塊です。そして男尊女卑の考えの持ち主です。第一子の私が女であることを酷く残念がりました。そして2年後に弟が生まれ、私が弟より優秀だと分かると更に残念がりました。そして、私を他家から隠すようにこのガネイに閉じ込めたのです。このガネイという街が私の二つ目の鳥籠なのです。


私が会える唯一の貴族は叔父であるメルロー伯爵だけでした。叔父は私の状況を知り、冒険者ギルドの受付という仕事を紹介してくれました。メルロー本家は昔から諜報を生業としていて、ランパーラ王国随一の諜報部隊を有しています。諜報部隊のメンバーはほとんどが平民出身なので叔父は平民に寛容なのです。


父は反対しましたが、本家である叔父の言うことには逆らえず私は冒険者ギルドで受付嬢の『ミカ』として働き始めたのです。それまで屋敷で軟禁状態だった私は初め平民の自由奔放な生活にショックを受けましたが、平民にも素敵な人がいて素敵な人生があることを知りました。閉じ込められている私なんかより余程幸せそうでした。


楽しそうに仕事に行く私を気に食わない人たちがいました。それがこの屋敷に住む私以外の人たちです。行き遅れ貴族令嬢である私が他家に働きに出ず、貴族を続けていることへの不満か平民と仲良くすることへの不満か…元々あった私とメイドたちとの壁が露になったのでした。


私は誰とも挨拶を交わすことなく階段を下り、屋敷を出て庭を歩き門を潜ります。この瞬間だけ一瞬ですが自由になれた気がして好きなのです。ここから私は『ミカエラ』ではなく『ミカ』になるのです。


通りを冒険者ギルドに向かって歩きます。通りのあちこちで店の開店準備に追われている人たちが見えます。


「ミカさん、おはようございます。」


「おはようございます。」


「ミカさん、今日も綺麗だね。」


「ありがとうございます。」


顔見知りの街の人たちから声を掛けられ返事を返します。屋敷の中では感じられない存在意義を感じられる瞬間です。


途中でパンを購入して冒険者ギルドの裏口から職員控え室へ。そこで制服に着替えながらパンを噛ります。ひとりぼっちの朝食は寂しく思いますが、いつものことです。


屋敷での夕食は父と母、弟と4人で食べますが、会話が交わされることはありません。ひとりで食べるのと同じです。ひとりの方が気楽でいいです。家族が一緒だと変な混ぜ物を入れられないだけましと言った感じです。


「おはようございます。」


着替えが終わりパンを噛っていると同じ早番の同僚が控え室へ入ってきます。


「おはようございます。」


私も返事を返します。しかし、そこから会話がありません。彼女は私が領主の娘であることを知っていて遠慮しているのです。私も口下手ですから会話が弾むことはありません。彼女たちは仕事が終わると連れたって食事に行ったりしているようです。しかし私が誘われることはありません。たまには屋敷以外で夕食を取りたいです。


冒険者たちもそうです。彼らは私を『姫』と呼び持て囃してくれますが、それ以上はありません。私は貴族の娘…どうしても平民たちとの間に壁があるようなのです。


「お疲れ様です。交代です。」


控え室を出て夜勤の受付嬢に声を掛けます。


「あ、お疲れ様です。引き続きはーー」


彼女と引き継ぎを行い、受付の椅子に腰掛けます。よし、仕事だ、頑張るぞ。


「ミカさん、おはよう。」


「ミカさん、おはようにゃ。」


今日最初に私の受付に来たのは、ボサボサの黒髪の青年と誰もが振り返る顔と胸を持つ猫人族の女の子のコンビでした。ヴィータ・ソーサリートさんと奴隷のマルテさんです。


4日前に突如ガネイにやって来た有望株です。たった3日でD級の冒険者になりました。さすがに4日でのC級昇進はありませんでしたが素直に凄いです。


昨夜の夕食の席で父が珍しく私に話し掛けました。兄からヴィータという黒髪の青年がガネイを訪れたら引き留めるように言われている。粗相がないようにと。どうして俺が平民に気を使わなければならないんだ、と怒りを顕にしていました。


そして私に言いました。「兄の命令だ。なんとしても籠絡しろ。兄に対する切り札になるやも知れん。体を使っても構わない。お前はそのために綺麗な顔が付いているのだろう。」と。


父は女を道具としてしか見ていません。それに…私はマルテさんをまじまじと見ます。綺麗と可愛いが混在した屈託のない笑顔。こんな美少女が隣にいるのに私なんかを求めるとは思えません。今はマルテさんのその笑顔が憎いです。


それにしてもヴィータさんはあの優秀な叔父が目を掛けていたなんて…あれ?では何故騎士団を首に?確か叔父は人事部隊長でもあったはずです。


「どうしました、ミカさん。」


「体調悪いのかにゃ。」


「す、すみません。えっとクエストですね。これなんかどうでしょう。ーー」


私の顔を心配そうに覗き込んできた二人に慌てて取り繕います。私を本気で心配してくれているようでした。


「行ってきます。」


「行って来るにゃ。」


「お気をつけて。」


私は二人を冒険者ギルドから送り出します。私はふと二人との会話を楽しんでいることに気が付きました。ああ、そうですね。二人には私との間に壁がないのですね。


早朝の冒険者ギルドはクエストに出発する冒険者で賑わいます。次に賑わうのは皆が帰ってくる夕方以降でしょうか。


お昼休憩をすっかり静かになった冒険者ギルドの待合所兼飲食コーナーで取っているとギルドマスターが私の前の席に座りました。40歳前後の大男です。


「ミカエラ様。」


「止めてください。ここでは『ミカ』です。」


「そうでしたね。ミカさん。ベルジィから連絡がありヴィータのコカトリス討伐が証明されました。」


「本当ですか。」


驚いたように言いましたが、最近のヴィータさんの活躍を見て私も確信を持っていました。


「夕方帰ってきたら報償金を渡してください。ミカさんの席に置いておきます。」


そう言うとギルドマスターは席を立ち去って行きました。


報償金を渡すということはヴィータさんがこのガネイを離れベルジィに旅立つということ。私は寂しい気持ちでいっぱいになりました。せっかく私との間に壁を作ることなく接してくれる存在なのに。二人は私が領主の娘だとは知りません。しかし、知ったとしてもあの二人はきっとそれまでと変わらず接してくれる。そんな確信が私にはありました。


引き留めたい。でも無理だ。ヴィータさんは分かってないみたいですが、ベルジィに拠点を置く『光の翼』の『白光の聖女』ルーア・ソーサリートさんは、ヴィータさんが会いに行こうとしている妹でしょう。ルーアさんはエルフ。きっと血が繋がっていまい。


絶世の美少女と吟われる血の繋がらない妹のルーアさん。天真爛漫な天使のようなマルテさん。この二人を前に私は何が出来ると言うのか。『白光の聖女』の正体を教えないことだけが、私に出来る唯一の抵抗なのです。

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