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剣士、昇級する

「いてててて。」


宿から冒険者ギルドに向かう道で体のあちこちを擦りながらオレはそうぼやいた。


「あたしのせいかにゃ?」


「お前のせいだよ。覚えてないのかよ。」


「覚えてないにゃ。覚えてにゃいから、謝る気にもなれないにゃ。」


「てめぇ。」


「にゃは。」


人の往来のある道でオレとマルテは追っかけっこを始めた。


ことの始まりは昨晩のことだ。宿のベッドでひとりで眠っていると暗闇の中マルテが部屋を訪れた。寝惚けているのか、ゴニョゴニョ何かを言いながらマルテはオレのベッドに潜り込んできた。寝間着1枚の姿でだ。


それなりに良い宿を取ったのでベッドもそれなりに大きい。二人で寝ても狭く感じなかった。それにまあ、オレも健全な男だ。下心もあった。なので、マルテを受け入れた。


ベッドの中でマルテが抱き付いてきた。「ああ、妹よ。兄は大人の階段を上ります。」と思ったもんだ。そのときまでは。


マルテからはスースーと気持ち良さそうな寝息が。そしてマルテの腕は万力のようにどんどん絞め上がっていく。このままでは死ぬ。オレは必死にマルテを振りほどこうとした。マルテは相変わらずの馬鹿力だった。30メートルはあろうかというコカトリスを持ち上げたのだから当たり前だ。


オレの力では振りほどけるはずもなく途中で気を失った。朝生きていたのは奇跡に近いと思ったもんだ。


「ヴィータは寝ているあたしをベッドに連れ込んだにゃ。エッチにゃ。」


「だぁかぁら、お前が潜り込んできたって言ってんだろ!」


「それで何もしなかったのかにゃ?意気地無しにゃ。」


「だぁかぁら、何も出来なかったんだよ。分かれよ。」


マルテはマルテで一緒のベッドで寝たのに何もしなかったオレに憤りを感じているようだ。いやね、オレもね、潜り込んできた瞬間は覚悟を決めたんだよね。


「師匠。今夜は一部屋でいいにゃ。ドレイの役目をきっちり果たすにゃ。」


マルテは顔を真っ赤しながらこんなことを言うが、どうせ今夜も大飯をかっ食らって、大酒を浴びるように飲んで、きっとオレより先に寝て、万力のように絞め上げられるんだろうなぁ。オレは「はぁ」とため息を吐き出した。


マルテは奴隷の認識を間違えている。性的な意味で奴隷を購入する人もいるにはいるがほんの一部だ。だいたいは人的資源の補充である。お金持ちならメイドや執事、冒険者ならパーティーメンバーとして。力の弱いヒューマンにとって力の強い獣人たちは魅力的なのだ。もちろん同じ人型の生き物であるため、恋に落ち性的な関係になるケースもある。しかしそれは性奴隷ではない。


オレとマルテが冒険者ギルドの中に入ると喧騒でごった返していたのにシーンと静まり返る。そして人混みが分かれ受付までの道が出来る。


昨日まではあんなに絡んできたのに。昨日1時間足らずで10羽のホーンラビットをほぼ無傷で持ち帰ってからはこの有り様である。まあ静かでいいが。


オレとマルテは受付まで進み昨日のお姉さんに声を掛ける。ミカさんと言うらしい。青み掛かった髪を肩の上で切り揃えた鋭い眼光の中に寂しい光がある美人さんだ。


「ミカさん、今日は何かいいクエストありますか?」


「ああ、ヴィータさんとマルテさん。クエストの前にお話があるんです。」


「な、なんでしょう。」


また何かやらかしただろうか?オレはお叱りを受けてもいいように身構える。


「お二人のE級昇級が決まりました。おめでとうございます。」


ミカさんはにっこり笑って両手をパチパチと軽く打ち鳴らした。


「あれ?嬉しそうではありませんね?2日での昇級は歴代2番目。1番目は『白光の聖女』様。彼女は2日でD級に飛び級しました。」


飛び級?そんなこともあるんだな。すげぇな『白光の聖女』。


「あ、いや、昇級すると何かいいことがあるのかなって思って。」


「ありますよ。もっと難しいクエストが受けられるようになります。難しいクエストというのはそれだけ高額な報酬ということです。つまり…」


「つまり?」


「お金持ちに一歩近付いたということです。」


「「おお!」」


オレとマルテは素直に感嘆する。


「お金持ちってことはたくさん美味しい物が食べられるってことにゃ?」


「そうですそうです。美味しいご飯を店ごと買い占めることも可能です。」


「おおにゃ。凄いにゃ。」


何故だかミカさんとマルテが両手を握り合っている。お金があっても店ごと買い占めないよ?


「ちなみにA級だとどれくらい稼ぐんですか?」


オレは疑問に思ったので聞いてみた。冒険者の収入というものが知りたかった。ちなみにオレの騎士時代の給料は月15万ジェニーほどだった。


「活動する頻度にもよりますが、『光の翼』さんのように積極的に活動しますと月の収入が億を越えると聞きますよ。」


「億…」


「ごくりにゃ。」


え?なに?そんなに違うの?あれ?オレ進むべき道間違えた?


「ヴィータさんたちも昨日1時間ほどで15万ジェニー稼ぎましたよね?」


「そういえばそうだった。」


一晩で消えてしまったので忘れていたが、1時間で騎士時代の1ヵ月分稼いだんだった。


「まあ『光の翼』さんはまれなケースです。普通はF級だとひとり当たり月10万ほど。E級でも15万くらいでしょうか。」


あれ?オレたち昨日だけで15万稼いだよな?ああ、だから昇級したのか。


「今日はどんなクエストにしますか?」


「もちろん討伐系で。」


「では、これなんてどうでしょう。D級のクエストですけど、グレーウルフの群れの討伐。」


「グレーウルフ!知ってるにゃ。弱いにゃ。お肉美味しくないにゃ。」


「この街に来る前にも何頭か狩ったよな。」


「では、これでいいですね。場所は南東の草原です。」


ミカさんがそう言いながらこちらに1枚の書類を差し出す。オレはそれにさらさらとサインを書く。ミカさんはそれを手元に引き戻しポンと大きな判子を押す。


「いってらっしゃいませ。お気をつけて。」


「はい。行ってきます。」


「行ってくるにゃ。」


ミカさんに見送られオレとマルテは南東の草原に向かったのであった。


翌日オレとマルテは歴代2番目の早さでD級に昇進するのであった。ちなみに夜はまた痛かったとだけ言っておこう。

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