聖女、帰り道で無双する2
ルーアたち『光の翼』は早朝にテントを片付け、ベルジィに向けて出発した。そして昼過ぎに山の麓に到着した。この山の麓を横切り草原を抜ければベルジィだ。この山はC、E級の魔物がほとんどで初心者を脱した冒険者の狩り場になっている山だ。標高は1000メートルくらいだろうか。
「少し休憩しよっか。」
馬車の御者側の小窓を開けて、御者を勤めるロサにルーアが声を掛けた。
「了解っす。もうすぐ村があるっすから、そこで休むっす。」
「うん。」
しばらく馬車を進めると村に到着した。行き道では寄らなかった村だ。
「ふぁあ、凄い。ぶどうがいっぱい。」
馬車を降りたエレナが感嘆の声をあげる。一面のぶどう畑だ。
「ここらへん、ぶどう作り盛んだっけ?」
フピテルが疑問を口にする。長い間ベルジィを拠点にしているがフピテルは知らなかった。全員でぶどう畑の真ん中に敷物を引いて腰を下ろす。
「なんか最近ベルジィ近郊で流行ってるみたい。どこかの大商会が出資してるみたいだよ。」
ルーアが答える。
「そういえばルーアの家の近くのスラム街も大きな工場が建って綺麗になったよね?」
「うん。街の治安も良くなった気がする。」
「ルーアの家も大きくなったしね。」
「それは言わないで。」
ベルジィの偉い人や冒険者ギルドの偉い人に家を大きくするよう言われたのだ。要はお金を貯めすぎず使えということだ。ルーアはヴィータとの思い出の家を手放したくなかったので断ると元の家を残したまま、大きな屋敷を建てるはめになってしまったのだ。
「お嬢さん方。冒険者ですか?」
ルーアたちが村のぶどう畑の真ん中で休憩していると中年の男性が話し掛けてきた。このぶどう畑の持ち主のようだ。ルーアたちは立ち上がり頭を下げる。
「はい。すみません。場所をお借りしています。」
「どうぞどうぞ、座ったままで結構ですよ。それより冒険者でエルフ…その新雪のような白髪に空のような青い瞳。もしや、ソーサリート家の方ですか?」
中年の男性はルーアに向かって訊ねた。
「ええ。『家』というような立派なものではありませんが、私はルーア・ソーサリートです。」
ルーアは胸を張って答えた。ソーサリートという家名はヴィータと孤児院を出たときに二人で考えたのだ。だから誇らしい。
「それはそれは。私はジーニョ商会所属ミゲウと申す者です。以後お見知りおきを。」
「ジーニョ商会っすか!?」
ミゲウと名乗った中年男性の言葉に食い付いたのはロサだった。
「ロサ?知ってるの?」
フピテルがロサに尋ねる。
「いやいや、フピテルはどうして知らないんすか。ジーニョ商会っすよ。ジーニョ商会。」
ロサの言葉にルーア、フピテル、エレナは顔を見合わせるが、3人とも知らないようだ。
「はぁ。ちょっとは社会も勉強してくださいっす。ジーニョ商会はランパーラ王国いや、この大陸でも有数の大商会っす。商業ギルドのギルドマスターがジーニョ商会の会頭っすよ。」
「「へぇ。」」
ミゲウと雑談を交わしているときであった。不意にエレナが左手で会話を制する。そして山の方を見る。
「どうしたの?エレナ。」
「山が騒がしい。スタンピードかも。」
エレナの言葉に全員に緊張が走る。スタンピード…魔物の暴走である。スタンピードをわざと起こす悪趣味な冒険者もいると聞く。
「ミゲウさんは一応村人の避難を。」
「わ、分かりました。」
ミゲウは集落に向かって走り出す。
「みんな、戦闘準備。」
「「了解。」」
ルーアの号令で動き出す『光の翼』。エレナの言葉を信じない者はいない。エレナの狩人の感が外れたことはないのだから。フピテルは馬車から大楯を運び出すと左手で握りしめ、山と村の中間点に陣取る。
「『土砦』。」
ルーアがフピテルの背後に土魔法で簡易砦を作り出す。3人はその上へ。ロサは大きなバックパックから薬瓶を数個取り出し、エレナは弓矢の用意を始める。
「『衛星』。」
ルーアの手のひらから漆黒の球体が現れてルーアの周りを回り出す。これは闇魔法の最上級魔法のひとつでルーアの魔法攻撃と連動して攻撃を行う。ルーアが作り出した球体は10個を数えた。
「『召喚』、ポンちゃん、コンちゃん。」
ルーアの左右に魔法陣が現れ、光輝くキツネとタヌキが出現した。これはシャドウオウルのような魔物をテイムしたものではない。ルーアが膨大な魔力を練り上げて作り上げた魔法生物だ。大きさは1メートル前後と小さいが、内包している魔力量は普通のドラゴンに匹敵する。この2匹は衛星と違い自動で攻撃防御を行ってくれる。対人戦闘でスピードタイプの戦士に遅れを取るルーアなりの対応策だ。
4人の準備が終わると同時に山の浅いところにいた鳥たちが一斉に飛び立った。そして魔法使い風のローブに身を包んだ少女を背負った革鎧の少年が山を抜けて走り出してきた。少女は気を失っているようだ。
そして少年たちから遅れること約100メートル、狼型や猪型、虫型の魔物のおびただしい数の群れが。
フピテルの姿を見付けた少年はフピテルに向かって走り、手前で転んで地面を滑る。フピテルも少年たちに駆け寄る。そして少年たちと魔物の間に大楯を突き刺した。
「お願いします、助けてください。レナが。オレのせいでレナが。」
叫ぶ少年を無視し、少女を背負ったままの少年をまとめて持ち上げる。
「どっせい!」
気合いとともに二人を砦の上に投げた。空中で分かれた二人をロサとエレナがキャッチした。
「『レイ』。私は攻撃に専念する。二人の治療お願い。」
「「了解。」」
ルーアは両手から光の弾丸を飛ばしながら指示を出す。それに連動して10個の衛星と2匹の魔法生物からも光の弾丸が飛ぶ。合わせて14発の光の弾丸は、着弾付近で100匹程度の魔物を吹き飛ばす。しかし相手は数千匹だ。
「『レイ』、『レイ』、『レイ』、『レイ』。」
ルーアの高い魔力により最上級魔法に匹敵する殺傷能力を誇る中級光魔法を連続で放ちながら、ルーアは後悔していた。広域殲滅魔法を練習してこなかったことに。一応『風の刃』という殲滅魔法は使えるがほとんど練習したことがないので精度が悪い。放った瞬間、前で必死に剣を振るうフピテルの上半身と下半身がさよならしてしまうだろう。今までは必要性を感じなかったのだ。
「ロサ、治療が終わったら指揮お願い。」
「了解。終わったっす。ルーア、3時の方向、狼型3頭抜けてくるっす。」
「『レイ』。」
「エレナ、10時の方向。猪型1。」
「了解。もう矢が切れる。」
「じゃあ、閃光弾で1回動きを止めるっす。そのあとは投石で。」
「了解。」
「フピテルー!閃光弾行くっす。3、2、1。」
ロサの合図に合わせてエレナが閃光弾を放り投げる。強烈な光が放たれる。魔物たちの動きが止まる。目を瞑って閃光を回避した『光の翼』の面々は動きが止まった魔物たちを次々と屠っていく。
ロサは戦闘能力が低い。低級パーティーでは通用するレベルではあるが『光の翼』のようなA級パーティーではほとんど役に立たないレベルだ。しかし彼女は戦場を上から見下ろすように戦況を的確に把握出来る空間把握能力と高い指揮能力を持っている。戦闘は出来ないが『光の翼』の心臓なのである。
だが状況は悪い。魔物の数が多すぎる。ルーアの魔法とフピテルの剣、少年の治療を終えたエレナの弓矢から逃れた魔物たちは簡易砦に取り付いた。王都の騎士の『女王蜂』の異名を持つ女性は1万の兵士を魔法1発で敗走させたと新聞で読んだ。そんな広域殲滅魔法はきっと風魔法の『大竜巻』だろう。魔法展開数ではきっと勝っているだろうが、殲滅能力は負けてるなぁ。ルーアはそんなことを思いながら真下に向かって光の弾丸の雨を降らせていた。
ルーアが砦に取り付いた魔物に攻撃を集中すると言うことは最前線で戦うフピテルへの援護がなくなると言うこと。エレナの矢はとっくに尽き、ロサと二人で投石にて応戦しているが効果は薄い。フピテルは魔物に取り囲まれていた。盾と剣でなんとか凌いでいるが時間の問題かもしれない。
「ポンちゃん、コンちゃん、フピテルを助けて。」
ルーアは2匹の魔法生物に願った。2匹は瞬く間にフピテルの元に駆け付けフピテルの援護に回った。このルーアの判断がフピテルの命運を分けるのであった。