聖女、帰り道で無双する1
夕方、ガジーナの村を出発した『光の翼』一行は、ガジーナの村から少し進んだところで夜営をすることになった。
「ごめんね、みんな。私がわがまま言ったから。普通に考えたらガジーナで一泊させて貰えば良かったね。」
馬車から荷物を下ろしながらルーアが謝る。
「いいっすよ。お兄ちゃん様に早く会いたかったんすよね?うちも早く会いたいっす。」
「そうだぜ。それでなくてもこのパーティーはルーアとフピテルの負担が大きいんだ。夜営はあたしらの仕事の場っと。」
ロサとエレナが答える。『光の翼』は剣士で盾役のフピテルと魔法使いのルーアが戦闘においては主力を勤める。特にエルフであるルーアの魔力は絶大で、一撃で勝敗が決する破壊力を有する。戦闘以外でもルーアは馬車に風の抵抗を無くす魔法を掛け続けているので、馬車は従来の3倍の速度で走ることが出来るのだ。
対するロサとエレナ。ロサはサポーターでエレナは弓使いであるが厳密には狩人。弓より罠や斥候を得意とする。サポーターとは戦闘に参加せず、荷物持ちや戦闘外の雑用、アイテム投擲、周辺警戒、戦闘指示なんかを行う。
まあ、A級相当の固さを持つフピテルと伝説のS級も各やという破壊力を持つルーアがいるのだから、サポートに徹せられるロサとエレナがいることでバランスはとてもいいのだが、二人はどうしてもルーアとフピテルに負い目を感じてしまうのだ。
「じゃあ、結界張るね。対魔物結界『サンクチュアリ』っと。」
ルーアが魔物避けの結界を張る。ルーアは光魔法以外にも多種多様な魔法を操る。
「それじゃあ、私がテント立てるから。」
フピテルはテント設営を開始する。パーティーで1番力の強いフピテルが力仕事を担当する。
「んじゃ、うちが料理っすね。」
ロサが火を起こし料理の準備に取り掛かる。ルーアも料理が上手だがロサには敵わない。手際も含めて。
「あたしは来るとき仕掛けた罠見てくるよ。」
エレナは獲物の獲得に動く。帰り道を見越して来る途中に仕掛けた物だ。いつもの役割分担だ。
「エレナー。もう暗いからあまり結界から離れないでね。」
「了解ー。」
ルーアの注意にエレナが元気に答え走り出した。
結界を出て仕掛けたトラバサミを確認する。1つ目、2つ目。スカのようだ。トラバサミ回収する。3つ目、4つ目。またスカだ。5つ目は結界から少し離れたところにある。
(ルーアは注意してたけど大丈夫だよね?スカは寂しいから…)
エレナは木々の間を通って5つ目の罠へ。罠にはウサギが掛かっていた。
「やった。」
エレナはサクッとウサギの息の根を止め、血抜きを始める。普段なら結界内で行うのに今回は油断していた。
エレナは不意に違和感を覚え、身を屈める。すると頭上を何かが通り過ぎた。そしてガサッと微かに木の枝が揺れる音。エレナは持っていたランプをそちらに向ける。
良く見えない。良く見えないが何かいる。恐ろしく強い何か。また違和感を覚え、今度は地面を転がる。また上を何かが通り過ぎた。
(ヤバいヤバいヤバい。)
『光の翼』のメンバーになってからは感じたことのない死の恐怖が全身を駆け抜ける。まあ、『光の翼』に入る前はクエストの度に感じていた感覚であるが。ずいぶん鈍ったもんだ。大声を上げようか。いや、悪手な気がする。
自分より圧倒的強者である何かに対して、生き延びる手段は何か。エレナはおでこのゴーグルを目に装着しポケットの中をまさぐる。そして閃光弾を地面に叩き付けた。
激しい閃光。エレナはさっき枝の音がした方へ視線を送る。そこには巨大な真っ黒の梟が止まっていた。
「シャドウオウル…」
A級の魔物である。夜の暗殺者とも言われている。厄介な魔物に遭遇してしまった。シャドウオウルは閃光弾が効いたのか動こうとはしない。エレナはまたランプだけの灯りに戻った闇を結界に向かって後退る。
シャドウオウルが閃光弾の光から復活したらヤバい。何回も運良く躱せる攻撃ではない。全く羽音がしないのだ。
と、そのときであった。結界の方向から光の弾丸が放たれた。それは確実にシャドウオウルを捉えた。シャドウオウルは木の枝から落下する。
エレナは安堵でその場にへたり込む。気付いてくれたのだ、ルーアが閃光弾の光を。そして気配だけで離れた位置から的確にシャドウオウルを狙い撃ったのだ。同じパーティーながら毎度思う。ルーアは化物だと。
「エレナ!大丈夫?」
ランプを持ったルーアがエレナの元に駆けてきた。
「あ、うん。ありがと。ルーアはほんま天使やわぁ。」
エレナはルーアが助けてくれたことが嬉しくてルーアに抱き付く。
「もう。あまり離れないでって、言ったでしょ。」
「ごめんよぉ、ルーア。」
ルーアはエレナを強引に引き離す。そしてシャドウオウルの亡骸の元へ。
「シャドウオウル?」
「みたいだね。」
「ここら当たりってそんなに危険な場所だっけ?」
「ガジーナの村、魔物避けの柵もなかったでしょ。この辺りは安全だっていう証拠。」
「でも、コカトリスにシャドウオウル…」
「A級が2連続…」
「南の方で何か起きてるのかな?」
「南っていうと…」
「水の国、マール王国…」
ランパーラ王国の南側は水の国とも呼ばれるマール王国と接している。南に海、中央に湖、西に大河があるためそう呼ばれている。大河でランパーラ王国と繋がっていて貿易も盛んに行われている。
「このままにしておくのは危険な気がする。」
「じゃあ、どうするの?」
「見てて。『女神の伊吹』。」
ルーアがシャドウオウルに向かって光の最上位魔法『女神の伊吹』を掛ける。『女神の伊吹』。術者にもよるが、死者の蘇生や欠損部の回復が出来る。この大陸で使える者が5人といない回復魔法だ。
「な、何やってんの!」
「見ててってば。『テイム』。」
息を吹き返したシャドウオウルに向かって今度は魔物捕獲の魔法を掛ける。すると、大きかったシャドウオウルは普通の梟サイズになり黒かった羽は白く変化する。そして光を放ち始める。
「いつ見てもルーアの『テイム』はおかしいよね。」
「そうなのかな?」
「絶対そう。」
普通はこんな現象は起きない。姿が変わるなんてことはない。そもそもA級の魔物をテイム出来るのがおかしい。普通はD級くらいの魔物が限界だ。エレナも『テイム』は使えるが、魔力が低いので中型犬が精一杯だ。
白く輝くシャドウオウルの首もとをルーアが擽るとシャドウオウルは気持ち良さそうに身を委ねている。テイム成功のようだ。何故か小さくなったが内包している魔力量は上がっている。まさにS級相当だ。S級とは国が対応出来ないレベルという意味だ。
「オウちゃん。この一帯の村を魔物の脅威から守ってね。」
ルーアはそう言うとシャドウオウルを空に向かって放った。オウちゃんことシャドウオウルは羽を広げて空高く舞い上がったのである。エレナの「また安易な名前を。」という声はルーアには聞こえなかったのであった。